理由
十四郎は用意された部屋に入ったが、ビアンカはずっと窓辺に佇むライエカと向き合っていた。
「あなたは十四郎の為に来てくれたのですね」
「だって、このままじゃ……」
ライエカには剣を失った十四郎の結末が見えていた。
「ありがとう」
俯くライエカに、ビアンカはそっと頭を下げた。
「……まだ、何もしていない」
真っ直ぐなビアンカの視線を、ライエカは見詰め返す事が出来ずに視線を逸らす。
「大丈夫です。もしもの時は、私が盾になります」
微笑んだビアンカだっが、ライエカは声を荒げた。
「瞬間! 瞬間で、あなたの命は消える!……十四郎にとっては何の役にも立たない……」
「……そうですね……でも、一瞬でもいいんです」
そう言い切るビアンカ。ライエカには全く分からなかった……ほんの一瞬だけ守る事に、何の意味があると言うのか?。
「わからないだろ? 人とは本当に分からない」
気付くと、ローボが薄笑みを浮かべていた。
「……本当」
ライエカはビアンカの微笑みを不思議な気持ちで見ていた。
「さて、行くか……」
「何処に?」
ローボは薄笑みを浮かべると背中を向ける。ライエカは、その背中に疑問を投げた。
「手段が無い訳ではないからな……」
意味深な言葉にライエカは首を捻るとビアンカを見るが、その表情には一欠けらの曇りもなかった。
「何故なの? 危険が迫ってるのよ」
「そうかもしれませんね」
「他人事みたいに……」
それでも微笑むビアンカに、呆れ顔のライエカが呟いた。
「信じてますから……十四郎は、誰にも負けません」
「……そうなら、いいけど……」
ビアンカはそう言うが、ライエカは溜息しか出なかった。そして、顔を上げると決心した様に大空に向けて飛び去った。
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馬小屋で並んで休んでいたアルフィンとシルフィーの元に、ローボがやって来た。開口一番、ローボはアルフィンに言った。
「あの女が来たら、十四郎を乗せて逃げろ」
「えっ? どう言う事ですか?」
驚いたアルフィンが、ローボを見詰めた。
「あの女は魔剣を手に入れた。戦えば十四郎は必ず負ける、それは全ての希望を失うのと同義だ……今、残された手段は逃げる事しかない」
「そんな、十四郎は負けないよ!」
アルフィンは食い下がるが、ローボは瞳を伏せた。
「残念だが事実だ」
「他に方法は無いのですか?」
瞬時に悟ったシルフィーが聞いた。十四郎が仲間を残して逃げるなんて、考えらえれなかったから。
「一つだけある……それはあ、十四郎の剣とライエカが同化する事だ……」
ローボは強くシルフィーを見詰めた。
「同化したら、ライエカはどうなりますか?」
「二度と元の姿には戻れない」
静かなシルフィーの質問に、ローボは声を落とす。
「それなら、十四郎は絶対にやらないね……でも、逃げるかなぁ……十四郎」
「そうね……十四郎が逃げるはずはない」
溜息交じりのアルフィンに、シルフィーが言葉を重ねた。
「だから、お前に頼んだのだ」
「無理矢理逃がすのね」
ローボがアルフィンを見詰めると、アルフィンは大きな溜息を付いた。
「お前に追い付けるとしたら、シルフィーしかない……シルフィーは絶対動くな」
「……分かりました」
「えっ、どいう言う事?」
小さく頷くシルフィーの顔を、ポカンとアルフィンが見た。
「ビアンカだよ」
「あっ、そうか」
ボソッとローボが呟くと、アルフィンは納得した。云うまでも無く、必ずビアンカは十四郎の後を追うだろうと確信した。
「……でも、ビアンカの頼みを断れるかしら……」
泣き顔のビアンカを思い出し、シルフィーは俯いた。
「……最悪、お前が押し切られ、後を追ったとしても大丈夫だ……速さでは対等でも、お前とアルフィンには最大の違いがある……アルフィンは疲れないのだ」
「はっ……」
ローボの言葉を受け、シルフィーは直ぐに気付いた。速さだけななら引けは取らないが、天馬アルフィンの桁外れの耐久力を……。しかし、自覚の無いアルフィンはキョトンとしていた。
「疲れる? どんな事?」
「あなたは特別なのよ、アルフィン」
ポカンとするアルフィンに、シルフィーは優しく笑った。
「特別?」
「そう、あなたは十四郎の馬。二人は”最強”なんでしょ?」
「そうだった」
シルフィーが優しく微笑むと、アルフィンは嬉しそうに笑った。
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「少し休ませろよっ!」
全力で走るバビエカが叫ぶと、アウレーリアは手綱を緩めた。
「少しだけなら」
道端の泉に、バビエカは顔を突っ込んでガブガブと水を飲んだ。
「お前は飲まないのか?」
「平気……」
アウレーリアは立ったまま、遠くを見ていた。
「そんなに急がなくても剣も手に入れたし、魔法使いなんて……」
息を弾ませるバビエカは、途中で言葉を途切れさせた。それは、アウレーリアの横顔が太陽の光を受け、息を飲むほどに輝いていたから。
水分の補給で一息付いたバビエカは、立ち尽くすアウレーリアの背中に聞いてみた。
「魔物さえ一撃で倒すお前が、戦いたい魔法使いってどんな奴なんだ?」
「……十四郎は強い……」
「お前よりもか?」
ポツリと呟くアウレーリアだったが、バビエカにはアウレーリアに匹敵する奴が存在するなど、信じられなかった。
「……分からない」
「それを確かめに行くのか?」
「……」
アウレーリアは答えなかった。
「……違うのか?」
「……」
背中を向けたアウレーリアの髪が風に揺れる。目の前に存在する、神や魔物でも簡単に切り捨てる”女”のココロが揺れているのを、バビエカは不思議な気持ちで見ていた。そして、思わず口に出た……。
「会いたいのか?」
「……」
その問いにもアウレーリアは答えなかった。ただ、ほんの微かにアウレーリアの顔が頷いたのを、バビエカは確かに見た。そして、大きく深呼吸するとアウレーリアの前に行った。
「乗れよ、今度は休憩無しだ」
「……はい」
小さく頷いたアウレーリアは、バビエカに跨る。バビエカは走り出した……今なら、アルフィンやシルフィーにだって負けないと思った。その速さは、既に風さえ追い越していた。




