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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第四章 発展
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邪剣

 獅子王の全身から、漆黒の闘気が湯気の様に湧き出す。怒りに満ちた口元からは、鋭い短剣の様な牙が、吐き出す蒸気の様な吐息の間から見え隠れする。


 一瞬の怯えも、更に強大な怒りに凌駕される。それは、自分など完全に無視して微笑むアウレーリアの姿だった。


 バビエカの全身が悪寒に包まれるのは、獅子王の姿ではなくアウレーリアの様子だった。身も凍るほどの怪物を前に、剣を見詰め微笑む横顔は”美”を通り越していた。


「眼中にさえ、無いのか?……」


 震える声で老猿が呟く。


「……出会って、しまったのかもしれないな」


「何だと、言うのだ?!」


 抑揚の無い声で呟くバビエカに向かい、老猿が牙を剥いた。


「この世で一番、恐ろしいモノに……」


「一番、恐ろしいモノ……」


 バビエカの言葉に、老猿が輪唱みたいに続けた。


「ユルサナイ……」


 噛み締めた牙から闘気を滲ませた獅子王が怒りを口にした瞬間! 獅子王の右腕が地面に落ちた。


「何をした?……」


 老猿には何も見えなかった。アウレーリアが剣を見詰め微笑んでるだけにしか……。獅子王は落ちた右腕を拾うと、切断された部分に宛がう。しかし、右腕はだだの”木片”みたいな感覚で全く接合出来なかった。


「普通は引っ付くのか?」


「獅子王は”魔”の集合体……切断など、何でもないはず……直ぐに合体して……」


 バビエカの問いに、老猿は声を震わせた。だが、その瞬間! 今度は左腕が地面に落ちた。


「また……」


 バビエカは目を疑う。確かにアウレーリアは、動いていなかった。だが、剣を下げたアウレーリアは、ゆっくりと獅子王を見た。


「あなた……」


 呟いたアウレーリアは今度は、ゆっくりと剣を振りかぶる。逆さ十字の紋章が、周囲の光を反射して鈍く輝いた。


 獅子王は雄叫びを上げると、全身から漆黒の霧を出した。そのまま身体が闇と同化すると、黒い粘度のある人の様な形に分裂した。


「これなら、斬れないだろう」


 老猿が口元を緩めるが、バビエカは振り向くと呟いた。


「あいつには、関係ないかも……」


「分裂体に実体はない。そんなモノを斬れるはずは……」


 老猿の視界に切り裂かれる黒い何かが映った。それはまるで糸の切れた人形みたいに、地面に落ちて土に吸い込まれた。


 アウレーリアは無数の黒いモノの間を駆け抜ける。その横顔は微笑みを浮かべ、限り無いはずの殺意を抹殺した。


 後には地面に残る染みだけで、老猿は立ち尽くすしか出来なかった。


「これだけの魔を一瞬で……あれは神なのか?」


「違うね……神などではない……多分、最強の魔さえ凌駕する”真の魔”だ……」


 バビエカの声が老猿の耳に掠れて聞こえた。そして、アウレーリアがゆっくり近づいて行く……それは誰にでも分かる、終わりの瞬間だった。


___________________________



「約束通り、あなたに味方致します」


 ローベルタ夫人はそう言って微笑むが、ビアンカは傍で深刻な顔をするマルコスが気になった。そしてまた、アリアンナの表情も暗かった。


「ありがとう、ございます」


 深々と頭を下げる十四郎に、ローベルタ夫人は穏やかに言った。


「今日はゆっくり休んで下さい。後の話は、明日にでも」


「分かりました」


 一礼して部屋を出る十四郎に続き、ビアンカも部屋を後にした……胸に引っ掛かる違和感と共に。


「十四郎。マルコスさんや、アリアンナさん、様子が変でしたね」


「そうですか?」


 廊下で十四郎の背中に問い掛けるが、振り向いた十四郎は笑顔だった。


「十四郎」


「十四郎……」


 そいて、後を追って来たマルコスとアリアンナが深刻な表情で呼び止めた。


「どうしました?」


「実は……」


 笑顔の十四郎にマルコスは言葉を詰まらせる。中々言葉を発しないマルコスに代わり、アリアンナが重い口を開いた。


「十四郎……大お婆様の援軍は……僅かです」


 アリアンナの言葉の後、マルコスも意を決した様に話し出す。


「ローベルタ夫人の求心力は既に過去の物だった……話は聞くが、付いて来る者は少ない……数名の貴族や十数名の騎士団長くらいのモノだ……庶民などには今だ人気はあるが、所詮兵力ではない」


「……そんな……」


 事実はビアンカを凍らせる。今までの苦労が、重しとなって両肩に圧し掛かった。だが、話を聞いた十四郎は屈託のない笑顔を、俯くマルコスとアリアンナに向けた。


「そんなに応援があるんですか?」


「何をバカな……総勢でも数千だ。既に集まった軍勢を合わせても二万に満たない」


「凄い数じゃないですか?」


 吐き捨てるマルコスに、十四郎は更に笑顔を向ける。


「十四郎、イタストロアだけでも敵は数万……アルマンニを合わせると数十万を遥かに越えます」


 声を落とすアリアンナ。だが、十四郎の笑顔は消えなかった。


「元は私達だけで始めた事です。まだ、始まったばかりですよ」


「それはそうだが……私の考えが甘かった……」


 顔を上げられないマルコスは、自分の策を卑下した。


「マルコス殿、顔を上げて下さい……」


 十四郎が穏やかにマルコスに微笑んだ時、言葉を遮る様に廊下の窓に青い鳥が舞い降りた。


_______________________________



「ライエカ殿」


「十四郎、伝えたい事がある」


 ライエカは十四郎だけに分かる様に話した。


「どうしました?」


「あの女が魔剣を手に入れた」


「そうですか」


「十四郎の剣も確かに異国の魔剣……でも、あの魔剣は桁が違う」


「それは、今のままでは十四郎は負けると言う事ですか?」


 当然マルコスやアリアンナには話の内容は分からないが、ビアンカは身を乗り出してライエカに顔を近付けた。


「そう……」


「ライエカが魔法を掛けてくれた私の剣なら……」


 声を落とすライエカに、ビアンカは更に顔を近付ける。


「土台が違う……幾ら魔法を掛けても」


「大丈夫ですよライエカ殿、何とかなります」


 俯くライエカに、十四郎が微笑むがライエカは声を上げた。


「無理! あれは邪神が剣に姿を変えたモノ……普通の魔剣では太刀打ちできない。十四郎の剣は一瞬で折られる」


「ですが……」


「無理な物は無理!」


「……」


 食い下がる十四郎に更にライエカは叫び、十四郎は黙り込んだ。


「方法が無い訳じゃない」


「どんな方法ですか?!」


 思わずビアンカが叫ぶが、その声は低い声に遮られた。


「止めておけ」


「ローボ殿」


 気付くと、ローボが窓から飛び込んで来た。十四郎は小さな溜息で、銀色の狼を見た。


「お前の剣とライエカが同化すれば、あの邪剣に勝るとも劣らない剣になる……だが、同化は即ち……」


「ダメですよ。そんな事」


 ローボの言葉を遮り、十四郎が微笑んだ。


「十四郎分かってるの? 方法はそれしかないのよ……」


「ライエカ殿。方法がそれしかなくても、私は嫌ですよ」


 ビアンカは決して十四郎は頷かないと思った。それは、十四郎の優しい笑顔が物語っていた。


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