解放
十四郎は敵の殿軍の前で立ち止まっていた。
「十四郎……」
やや後ろで、その背中を見詰めるビアンカは十四郎の悲しそうな横顔が辛かった。
「十四郎様、悲しそう……」
ノインツェーンも、見た事の無い十四郎の顔に胸が締めつけられた。
「どうする? 敵軍と話してみるか」
ツヴァイは横に並び顔を顰めるココに耳打ちした。
「多分、無理だな……彼らは奴隷として生きて来た……自由も自ら考える事さえも奪われてきた……開放するとか、まして一緒に戦おうとか……理解さえ出来ないだろう」
ココは敵兵の死人の様な目を見て、言葉を詰まらせる。
「……ならば、倒すのか?」
リルは十四郎に近付く敵兵に、弓を向けた。
「待て」
「じゃあ、どうする?!」
止めるココに向き直りリルは声を上げるが、他の者もどうしていいか分からなかった。
「相手は奴隷の部隊だ、何を戸惑う必要がある?」
「十四郎様は憂いでいるのだ」
興奮気味のラディウスに、ツヴァイは言葉を落とす。
「だが、このまま見ているのか? 確かに戦力としては劣るが、何せあの数だ……」
「今は待て……」
目前の大軍にラディウスは危惧を隠せないが、ツヴァイは静かに制した。動きを止めた十四郎達は、迫り来る大軍をただ傍観するだけだった。
「まったく、仕方のない奴だ……」
今まで姿が見えなかったローボが、何時の間にか十四郎の横にいた。
「ローボ殿……」
「お前はどうしたい?」
「私は……」
ローボの穏やかな問いに、十四郎は俯いた。
「助けたいのだろ?」
「はい」
「それなら、助けろ」
ローボは牙を光らせた。背中を押され、十四郎は胸の内側から熱いモノが込み上げて来た。
「行きましょう、十四郎」
既に横にはビアンカの笑顔があった。
「十四郎様、お供致します」
ツヴァイもすぐ横に並んだ。
「全く、無茶苦茶だな……でも、悪くない」
ラディウスも盛り上がる筋肉の肩をグルグル回し、配下の者も同じ様に体を動かした。
「行くって、どうするのよ?」
同じく横に並ぶが、ノインツェーンは茫然と呟いた。
「一度、全部ブッ倒す……話は、それからだ」
「そんな、無茶な……」
リルは真顔で言うが、ノインツェーン目前に広がる大軍に大きな溜息を付いた。
「目を覚まさせるには、この状況を一度リセットするしかない」
弓を構えたココは、リルを見据えた。
「分かってる。狙うのは武器を持ってる奴だけだ」
言うが早いか、リルは先頭で剣を振り上げる男の右手を射抜いた。
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「何をしようとしてる?……」
セバスには、数だけで戦力とは言えない奴隷の軍団を目前にして、立ち止まる意味が分からなかった。
「知りたいのか?」
「あなたは……」
声が震えた。セバスの横には伝説の神獣が、口元を緩めて牙を覗かせていた。
「十四郎は、敵を救おうとしてる」
「分からない……相手は敵で、しかも奴隷です」
今度は身体が震えた。自分が神獣と話しているのが、信じられなかった。
「確かにな……十四郎は分からない奴だ」
セバスには、ローボが笑ってる様に聞こえた。
「……あなた様も、魔法使い様に味方するのですか?」
ローボが魔法使いに味方するなら、自分達に勝ち目はないとセバスは更に震えた。だが、意外な言葉がローボの口から零れた。
「味方か……私は見てみたいだけだ。十四郎と言う人間の事を……」
「見る?……」
「そうだ……面白いと思わないか? あいつは、自分の命を投げ出しても他人を救おうとする……しかも、敵味方関係無しにだ……私とて、同じ種族が危機なら助けるが、他の種族までは助けようとは思わない」
ローボの言葉はセバスの胸に突き刺さり、思わず俯いた。そして、更に次の言葉がセバスの胸の中心を射抜く。
「どんな命も大切に思うのは人間だけだ。だが、多くの人間は忘れている……あいつのおかげで、他の者も思い出しているのだ」
「人間だけ……」
セバスの呟きは、大軍に立ち向かう十四郎達の背中に吸い込まれた。
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戦端は切って落とされた。十四郎達は、一人で数十人を相手に戦う事となった。
「何か、勝手が違う!」
確かに剣さえ真面に使えない弱い相手だが、命を捨てた戦い方にノインツェーンが悲鳴を上げる。
「十四郎やビアンカを見ろっ!」
リルの叫びで十四郎やビアンカを見たノインツェーンは、胸の中が熱くなった。十四郎は見えない程の太刀裁きで、次々と相手を倒す。ビアンカも敵の間を縫う様に可憐に刀を振るい、敵はまるで眠る様に倒れて行く。
「まるで……導いてるみたい」
「そうだ! 十四郎様は解き放っているのだ! 全ての苦痛や運命から!!」
唖然とするノインツェーンに、ツヴァイの言葉が突き刺さる。熱い胸は更にアドレナリンを噴出して、手にした剣に勇気と元気が湧いた。
「やってみる!!」
「確かにな……」
声に元気の戻ったノインツェーンも、次々に敵兵を倒した。敵をモノみたいに投げ飛ばすラディウスも、口元を綻ばせる。
「本当に不思議なお方だ……」
ココは矢を放ちながら、微笑みを漏らした。
「ビアンカ殿! 大丈夫ですか?」
「はい!」
戦いの最中でも、十四郎はビアンカを気遣う。ビアンカは腕の感覚が無くなり掛けると、抜群のタイミングで声を掛ける十四郎に笑顔を向けた。
「不思議……」
十四郎の声だけで、無くなりかけた握力と気力が蘇る。呟いたビアンカは刀を握り直すと、目前の敵を打倒した。
次々と倒されて行く敵兵……その倒れ行く顔は、全てが安らぎに満ちていた。




