表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第四章 発展
254/347

執事

「どうなっている……」


 唖然と呟くアドリアーノは、目前の光景が信じられなかった。ほんの僅かな敵兵に、取り囲んでいるはずの味方の軍勢が押されているのだ。


「戦いは数! 多少の実力差さえ、数の前では無意味!……ですが、これは……」


 遅れて来た副官は、目を見開いて茫然と立ち竦んだ。


「こんな動き……何時までも続けられるはずはない」


 更にアドリアーノが呟くと、確かに一部の兵達は次第に動きが衰え出したのが見えた。その瞬間、アドリアーノの”マイナス”の思考は一気に”プラス”へと転化された。


「あそこだっ! あの部分に集中攻撃だっ!」


 思わず大声で叫ぶと、部下達も慌てて号令を出した。兵達の”塊”が一斉に弱い部分へと傾れ込み、形勢は一気に逆転するはずだった。


 だが、それを阻んだのは十四郎だった。素早く動きの衰えた者の傍に行き、直ぐ様付いて来たツヴァイに言う。


「ツヴァイ殿、皆を円形に。傷付いた人や疲れた人は中に、周囲は元気のある人で」


「承知しました!」


 ツヴァイが味方を防御に有利な円形陣にすると、十四郎は切り崩しに向かって来る敵に一人で正対した。


「十四郎、私も……」


 しかし、その横では既にビアンカが刀を構えていた。


「ビアンカ殿、疲れてませんか?」


「大丈夫」


 微笑むビアンカを見た十四郎は笑顔を返すと、ゆっくり刀を抜く。


「十四郎! 飲め!」


 リルが酒瓶を投げる。受け取った十四郎が一気に飲むが、思い切り吐いた。


「リル殿、私はお酒は……」


 振り返った十四郎が苦笑いすると、今度はノインツェーンが瓶を投げた。


「お前は! 十四郎様がお酒が苦手なの知ってるでしょ!」


 今度は水で、十四郎は一気に飲むとビアンカに手渡した。


「これ、十四郎が飲んだやつ……」


 真っ赤になるビアンカだったが、ノインツェーンが嬉しそうに近付いた。


「ビアンカ様がいらないなら、私が……」


「お前は川の水でも飲んでろ!」


 そこにリルも加わり何時ものケンカが始まるが、ビアンカは頬を染めたまま一気に飲んだ。


「あ~」


「あらっ?」


 リルとノインツェーンが顔を見合わせる中、ビアンカは真剣な顔に戻る。十四郎はその様子を見届けると、一気に敵に向かった。十四郎は敵の目前で立ち止まると、迫り来る大軍を迎え撃つ。


 その動きは目にも止まらず、刀など刀身は全く見えない程だった。敵は成す総べなく、瞬間に倒されて行く。


「ビアンカ様……」


 ノインツェーンは思わず呟く。ビアンカは十四郎の背後から、同じ様に敵を瞬殺していた。


「やっぱり、ビアンカ……十四郎みたい」


 リルでさえ、唖然と呟く。ビアンカの腕が上達しているのは知っていたが、知り得る”強さ”を完全に凌駕した動きだった。


____________________________



 弱点を突いたはずの敵は、たった二人に殲滅された。


「あれが……魔法使い……だが、あの女は?……」


「あれはイタストロア近衛騎士団のビアンカ:マリア:スフォルッア……ですが、あんなに強いなんて、聞いてません」


 目を見開くアドリアーノの傍で、副官が茫然と言った。


「確かに強い……だが、何なのだ?」


 遠目でも、その動きの素早さと強さは分かる。だが、それ以上にアドリアーノの目を奪ったのはビアンカの美しさだった。顔が判別出来る程の距離ではないが、全ての見る者を魅了する身体の線、その黄金比率はアドリアーノを違う意味で興奮させた。


 女としての究極の美、そして至高の強さ……それを言葉で表現するなら”女神”としか出来なかった。


 女神と魔法使い……人では到底抗えない存在。アドリアーノの思考と体は、棘の鎖で完全に絡まれて動きを止めた。


______________________________



「ロメオ殿……あれが、魔法使い……そして、その仲間……」


 初めて見る戦い、命の遣り取りのない戦い……それは、ランスロットにとって驚きでしかなかった。そして、目前で繰り広げられる戦いにランスロットは興奮した。


「数など問題ではない。敵将を落とせば、勝利は確実だ」


「相手がアドリアーノ以外なら、そうなのですが……」


 声を上げるランスロットに対し、ロメオは少し声を落とした。


「敵将は、そんなに凄いのですか?」


 十四郎達の戦いを見て興奮の絶頂だったが、ロメオの言葉にアドリアーノは息を飲んだ。


「確かに将としてアドリアーノは優秀ですが、側近に侮れない者がいるのです」


「有名な騎士ですか?!」


 答えるロメオの声に興奮したランスロットが大声を被せた。


「いえ、執事です」


「執事?」


 意外な答えに、ランスロットは困惑する。


「はい。アドリアーノはイタストロア有数の貴族です。その執事は先代領主から仕えている者で……」


「どれ程強いのですか?!」


 ランスロットの中では”執事”は魔法使いに匹敵する勇猛果敢な”騎士”になっていた。


「いえ、ただの執事ですから、剣などは使えません」


「……言ってる意味が分からないのですが」


 ロメオの言葉はランスロットを少し苛立たせ、声を押し殺ろさせた。


「……強さとは、剣の腕だけではないと言う事です」


 だが、ロメオも強い視線でランスロットを見返す。その傍で、ラナは呟いた。


「分かる気がします……槍を持てばバンスは強い……ですが、武器など持たなくてもバンスは強いのです」


「失礼ですが、バンス殿は御老体。武器無しでは……」


 怪訝な顔でランスロットはバンスを見るが、バンスは穏やかに微笑んだ。


「ラナ様をお守りするの槍や武器などではありません……”心”なのです」


 静かで優しいバンスの言葉だったが、ランスロットは訝しげにするだけだった。


___________________________



「ご当主様、お帰りの準備が整いました」


「……何だと?」


 動けなかったアドリアーノは、その一言で我に返った。そこには、穏やかな顔の老人が戦場であるはずなのに、鎧どころか剣さえ持たずに低頭していた。


「セバス殿、お下がり下さい。ここは最前線ですぞ!」


 直ぐに副官が詰め寄るが、セバスは一瞬視線を強める。その視線は、勇猛な副官を瞬間に黙らせた。


「ご覧になってお分かりと存じますが、魔法使いは本物でございます。ここは、一度引かれて態勢を立て直すのが宜しいかと」


「当主である私に指図するのか?」


 体を震わせ声を押し殺し、アドリアーノはセバスを睨んだ。


「先代ご当主様より、アドリアーノ様をお守りしろとの命を受けております」


「逃げろと申すか? この私にロメオを前にして……」


 怒りの非情はアドリアーノの血を沸騰させ、今の危機的状況さえ忘れさせた。


「逃げるのではありません、一旦引くのです。相手の情勢は分かりました、今はそれで十分だと心得ます」


「だが、あの魔法使いはどうする?! 直ぐに追って来るぞ!」


「ご心配なく。このセバスにお任せ下さい」


 セバスは頭を下げたまま、そう言うと十四郎の方に向かってゆっくりと歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ