魔法使いの戦い
「何て事だ……」
「そうですね……あれだけの動きなのに、一向に疲れる様子がない……剣の一振りで数人が倒れてる様に見えます……あんな数を斬って、剣は何ともないのでしょうか?」
時間の経過は更にランスロットを驚愕させ、側近はランスロットの胸の中に渦巻く疑問を代わって口にした。
「あれは斬ってはいない……ブッ叩いて気絶させてるんですよ」
唖然とするランスロットの横で、ランスローが呆れた様に言った。
「馬鹿な……一撃で昏倒させてると言うのか?」
「確かに馬鹿げていますが……その通りなんです」
驚愕するランスロットにランスローは、また呆れた様な口調で言った。
「だが、魔法使い殿だけじゃない……ビアンカ殿まで……」
「ビアンカ殿も、腕を上げられました」
十四郎と同じ様に戦うビアンカを見て、更に驚愕の表情になるランスロット。大きな溜息を付きながら、ランスローはボソっと言った。
更に時間は経過し、十四郎とビアンカの周囲には倒れる兵士達が山となっていた。しかし、十四郎達の動きは一向に衰えず、ランスロットの全身は冷や汗に包まれた。だが、同時にあれだけ倒しても、更に数えきれないくらいの敵が泉の様に湧き出て来る。
「我らも出る! 魔法使い殿をお助けするのだっ! 今こそアングリアン騎士の強さを見せる時だっ!」
剣を抜いたランスロットが叫び、味方を鼓舞する。部下達は一斉に剣を抜き、雄叫びを上げた。
「お待ちください」
「しかし、幾ら魔法使い殿でも敵が多過ぎる」
直ぐにロメオが制するが、ランスロットは視界一面に広がる敵を見据えた。
「貴軍はまだ、訓練が出来ていません」
強い視線のロメオに対し、ランスロットは更に強い視線を向けた。
「これは否事、我が軍の訓練は大陸の軍勢など及びもしない程の猛訓練を熟しています」
「いいえ、敵の命を奪わず戦力を削ぐ訓練はなされていないはず」
ランスロットの視線を跳ね返し、ロメオは声を押し殺す。
「馬鹿な……戦いに於いて手加減など」
ランスロットは吐き捨てた。
「それが十四郎の戦い方なのです……戦いの無い平和な世界を目指す者が、殺戮をしていては何の意味もありません」
ラナは穏やかな笑みを浮かべランスロットを諭すが、ランスロットには戦いの根本を覆す行為に納得がいかなかった。
「ですが、命を助ければ直ぐにまた、挑んで来ます。目標を掲げるなら異議を唱える者は排除するしかないのです……命を懸けてこそ戦いです……私には到底受け入れられない」
拳を握り締めランスロットは震えた。
「あなたがそう思うのは当然です。私とて戦いは、命のやり取りだと信じて来ました。確かに命を奪わなければ、何度も同じ戦いを繰り返すと思います……この世界に暮らす者は皆そう思うのが当然です……ですが十四郎に出逢い、十四郎の戦いを目の当たりにして……その考えは変わりました……見て下さい……あの十四郎の戦い方が、私達の戦い方です……例え何度向かって来ても、私達の戦い方は変わりません」
ラナの視線の先には、神々しく戦う十四郎とビアンカの姿があった。ラナが目指す世界……ランスロットは、一度強く目をつぶると大きく息を吐いた。
「分かりました……相手の命を奪わない戦い……やってみましょう」
「ランスロット殿、今しばらくお待ちください」
だが、ロメオはランスロットをまた止めた。
「何故です? 我らは……」
「十四郎殿にはまだ、我々以外の仲間がいるのです。もう直ぐ、到着するでしょう」
ランスロットの言葉を遮り、ロメオが言った。
「何ですと? 総数は?」
「少人数です」
驚くランスロットに、苦笑いのロメオが答えた。
「そんな、それでは……」
「ランスロット、見ていて下さい……その者達の雄姿を」
今度はラナが途中で遮り、仕方なくランスロットは十四郎達の方に視線を向けた。
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「ビアンカ殿、少し休んで下さい」
「まだ、大丈夫です」
背中を合わせると、十四郎が耳元で囁いた。当然ビアンカは否定するが、肩で息をしていた。
「交代で休みましょう。私も腕が重くなってきましたから。私が休んでる間は、ビアンカ殿が私を守って下さいね」
「十四郎……」
十四郎には嘘は微塵も感じられず、ビアンカはその言葉に意気を感じた。
「あっ、それに、来たみたいです」
「えっ?」
十四郎が微笑んだ瞬間、遠くの軍勢が空中に放り投げられるのが見えた。その波は凄い勢いで近付き、大勢の人が吹き飛ぶと、銀色の塊が視界に飛び込んだ。
「全く……アルフィンにしろ、シルフィーにしろ何を喰ったら、あんなに速く走れるんだ?」
溜息交じりのローボは、鼻で兵士達を突き飛ばしながら呟いた。
「アルフィン殿達は、牧草を食べてますけど……」
「あんなもの、喰えるか」
真面目に答える十四郎に向かい、ローボはキラリと牙を光らせた。
「ローボ殿」
「分かってる……しかし、多いな」
十四郎の目配せでビアンカの消耗を察したローボは、長い鼻息をついた。そして、大空に向け、落雷の様な遠吠えをした。
「何ですか?」
少し驚いた十四郎に、ローボはニヤリと笑った。
「ルーの奴を呼んだ。後方から削る……それに、来たぞ」
「その様ですね」
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「私達が先頭で、つっ込みます! ラディウス殿は、そのまま砦に!」
「心配するな! 心得てる! 分かってるな! 殺してはならんぞ!」
走りながらツヴァイが叫ぶが、ラディウスは全てお見通しだった。ツヴァイの心配は、ラディウス達が戦いに於いて敵の命を奪う懸念だった。だが、ラディウスは豪快に笑って、部下に合図する。部下達も、拳を振り上げ豪快に答えた。
「しかし、ラディウス殿! 殺さないで倒す訓練などしていないでしょう!」
「我等の日常は実戦だっ! 毎日が見世物としての命のやり取り! 手加減など造作もない!」
「ですが!」
十四郎の目の前で、殺戮が行われる事をツヴァイは危惧した。そうなれば、また十四郎が心を痛めてしまう。
「ツヴァイ殿、心配はない。ラディウスは大丈夫だ。殺し方を知ってる者は、生かし方も上手いものだよ」
「しかし……」
横に並んだマリオは笑いながらツヴァイの肩を叩くが、ツヴァイの危惧は晴れない。
「彼らは自らの運命を切り開き、新しい未来を手に入れる為に我らに加わった……信じてやろうじゃないか」
「……はい」
「ツヴァイ殿の懸念が晴れるまで、私が彼らに付いている……心置きなく十四郎殿とビアンカ殿の加勢を」
笑みを浮かるマリオの目は、真っ直ぐにツヴァイを見詰めた。
「そうだ、ツヴァイ。信じる事から、始まる……」
ココがツヴァイの肩を叩いた。
「ありがとうございます、マリオ殿」
顔を上げたツヴァイは、遠く戦場に心を馳せた。
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更に後方から歓声と怒号が舞い上がる。一斉に振り向いた兵士達は、瞬く間に地面に倒れた。
「十四郎様!」
「十四郎!」
ツヴァイやノインツェーン、ココやリルが兵士達を薙ぎ倒しながら、物凄い勢いで走って来る。それだけではない、ラディウスを先頭に剣闘士達や、マリオを先頭にベレス村の者達、総勢百数十人が戦場に傾れ込んだ。
数千対、百数十人……普通なら一瞬で捻り潰されるはずだが、ツヴァイ達の強さは尋常ではなかった。倒すと言うより、蹴散らすと言う勢いで敵勢力を一蹴していた。
直ぐにノインツェーンとリルが十四郎を囲み、ツヴァイとココがビアンカの周囲の敵を蹴散らした。
「ビアンカ様、少し休んで下さい」
「ビアンカ様、後は任かせてください……しばし、休息を」
「ありがとう」
ココとツヴァイの言葉に、ビアンカは素直に頷いた。
「十四郎、待たせた」
「何よ、十四郎様はアンタを待ってた訳じゃないのよ!」
「お前を待ってた訳でもない」
「何ですって!」
「これこれ……」
何時ものノインツェーンとリルのケンカに、十四郎は苦笑いした。
「十四郎様! ラディウス殿達が!」
ツヴァイは殴る蹴るで、命を奪わず敵を倒すラディウス達に驚嘆の声を上げる。
「大丈夫ですよ、ツヴァイ殿。ラディウス殿は賢明なお方、私達の戦いを分かってくれています」
「はい……」
ツヴァイは俯いた。疑った事を恥じた……十四郎は何の疑いもなく、ラディウス達を信じていたのだ。
「お前の心配性は大事だ……なんせ、アイツは疑う事をしらないボンクラだからな」
「ローボ殿……」
足元に来たローボはキラリと牙を光らせた。
「支えてやれ……奴には支え、助言する者が必要だ」
「……はい」
ツヴァイはローボの言葉を受け、全身の血が沸騰する感覚で武者震いした。




