新たなる仲間
「報告、所属不明の軍団が接近して来ます!」
「所属不明? 旗は?」
報告を受けたロメオは、怪訝な顔をした。
「真紅の十字に白い竜です……その竜は、何やら背中に乗せていて……」
「白い竜? 確かアングリアンの紋章は赤い竜のはずだが……」
記憶を辿っても、ロメオには心当たりは無くて首を傾げた。
「まさか……」
リズには分かる気がした、アングリアンと聞いただけでラナの顔が思い浮かんだ。ラナは今、洞窟の奥で傷付いた兵士達の介抱をしたいた。
「私も、そう思います」
リズの方を向いたロメオは、全てを察したかの様に微笑んだ。
「報告、不明の軍団より開門の要求です」
「話すしかない様だ」
更なる報告にロメオは門へと向かい、リズも後を付いて行った。
「貴軍はどこの所属ですかな?」
「我等、アングリアン近衛騎士団。ライア姫殿下をお助けに参った」
城門から見下ろすロメオの問いに、壮年の騎士は野太い声で返答した。
「ラナ、いえ、ライア様を助けて下さるのですか?」
「如何にも! その為に遥々参った!」
リズの問いにも、壮年の騎士は即答した。
「リズ殿、ラナ様をここへお願いします」
ロメオに促され、リズは直ぐにラナを呼びに行くがラナの態度は落ち着いていた。アングリアンから助けが来たと告げても、微かな笑みを浮かべるだけで、兵士の手当を終わらせてからゆっくりと門へ向かった。
「姫殿下!!」
ラナが城門の上に姿を現すと、軍団は壮烈な喚声に包まれた。そして、歓声が止むとラナは静かに口を開いた。
「お久しぶりです、ランスロット卿」
「姫殿下! このランスロット、お助けに参りました!」
満面の笑みのランスロットは、間に合った事を神に感謝した。
「叔父上!」
遅れて来たランスローは、叔父の姿に驚いた。
「ランスローよ、よくぞ姫殿下をお守りした。お久しぶりですな、バンス殿」
感慨深く頷くランスロットは、隣で微笑むバンスに会釈した。だが、ラナは凛とした表情で言った。
「この様な遠くまで、ご苦労でした。ですが、今の私は”ラナ”……もう、第三皇女ではありません。その様な者の為に、命を投げ出す事はないのです……どうか、このままお帰り下さい」
驚くランスロットは、次の言葉が中々出なかった。何よりラナの態度は、ランスロットを驚愕させた。お転婆で高飛車だったラナの清楚で落ち着いた出で立ちは、感動にも値した。
「それは承知の上! 我は自身の意志で姫殿下を、お助けに参ったのです!」
「あなた方にも守るべき人や、愛する人がいるはず。私などの為に……それに、私は国を捨てた身……私を助けるなど、国王陛下が許すはずはありません」
俯くラナは、悲しそうに言った。だが、ランスロットは胸を張る。
「私は姫殿下が心配でなりませんでした……明るくて活発で、少しお転婆ではありますが……そこで私はアーサー様に相談に行きました」
「兄上に?……」
「はい。アーサー様は、私が来るのを待ち望んでいたと仰い、手を握って懇願されました……ライアを守ってくれと……私はその足で国王陛下の元に参り、伏してお頼み申し上げました」
「国王陛下は……何と?」
「一言”頼む”と……」
「お父様……」
ラナは胸が熱くなった。身勝手で国を飛び出した自分を、まだ思っていてくれたのかと。
「姫殿下は国を捨て、普通の人になったとお思いでしょうが、それは違います。国王陛下も、アーサー様も、お二人の姉上様も、そして王妃様も姫殿下にとって決して縁など切れない肉親なのでございます」
「ですが……ここは狙われています……私は、あなた方に傷付いてほしくはないのです」
嬉しさの反面、ランスロットを先頭にした母国の軍勢がラナの心を痛めた。
「あの御旗をご覧ください。あれこそアングリアン第三皇女、ライア:エリザベート:スライヤー様の旗。我らは姫殿下の騎士団なのです。姫殿下をお守りする事即ち、我等に与えられた使命なのです」
ランスロットは後方にはためく旗を指差す、軍団からは鬨の声が上がった。それでも、尚ラナは俯いた顔を上げる事が出来なかった。その横でロメオは大きく息を吸うと、静かにランスロットに向かって言った。
「それではお伺い致します。我らは戦いの無い平等な世界を作る為に戦っています。ラナ様も、その一員です……ならば、我々の仲間になりますか?」
「姫殿下の、ご意志ですか?」
ランスロットは直ぐにラナに視線を向ける。その眼は輝きに満ちていた。
「……はい」
小さな声でラナが呟くと、ランスロットは剣を抜いて軍勢に振り返り叫んだ。
「姫殿下は、戦いの無い平等な世界を作る為に戦いっておいでだ! お前達はどうする?!」
「我が身は姫殿下と共にっ!」
先頭の騎士が剣を抜いて叫び返すと、軍勢はまた鬨の声を上げた。ラナに向き返ったランスロットは、剣を後ろ手に引き跪いたまま顔を下げた。
「ご覧の通り、我が軍勢は姫殿下と共に戦います」
「ランスロット……」
それでもラナは笑顔を向ける事は出来なかった。多くの傷付いた兵士を手当し、戦いの恐ろしさを嫌と言う程に味わっていたからだった。
「それでは我らが先陣を切り、活路を切り開いてご覧に入れます」
「待って下さい!」
「そうです。お待ち下さい」
思わずラナが叫ぶ、そしてロメオもランスロットを止めた。
「しかし、お見受けした所、砦に追い詰められた状態。まずは、この場から撤退する事が肝要かと」
「我等は援軍を待っているのです。貴軍が我々に加わって事で、時間が稼げます」
「援軍ですか?」
「はい……我々にとって最大の援軍”魔法使い”十四郎殿です」
「何ですと?」
驚くランスロットだったが、十四郎と言う言葉にラナの胸は張り裂けそうになった。
「どうぞ砦の中へ。貴軍が砦に入れば、敵は手出し出来ません」
「何もするな、と言う事ですか?」
ロメオの進言に、ランスロットは怪訝な顔をした。
「アングリアンの参戦は、敵にとって都合が悪い……だから、直ぐには襲って来ないでしょう」
「それでは……」
「中に入って下さい……十四郎が来ます」
ランスロットの言葉を遮り、ラナが静かに言った。ランスロットは仕方なく、砦の中に入った。
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「所で魔法使い殿は、いつ来るのですか?」
「それは……」
砦に入ると直ぐランスロットはラナに聞くが、ラナは言葉を濁す。
「指揮官殿……お名前は?」
「申し遅れました。イタストロアのロメオです」
「ほう、あのロメオ殿ですか……」
振り返ったランスロットが、ロメオに向き直る。ロメオの名は、遠くアングリアンにも響き渡っていた。
「実は、十四郎殿が来る確証はありません……正直に申し上げると、我等の願望でもあります」
「これは否こと、向かっていると連絡があってのではないのですか?」
怪訝な顔を通り越し、ランスロットは言葉に怒気を込めた。
「いいえ……」
返答するロメオだったが、その顔には微塵の後ろめたさも無かった。不審に思うランスロットだったが、ラナと眼が合うと不信感は不思議と消えた。疑いや疑問など全く無い穏やかな表情、その柔らかい雰囲気はランスロットを包み込んだ。
「ランスロー。お前は、どうなのだ?」
怒気の抜けたランスロットは、ランスローに目を向ける。
「さあ、掴み所の無い男ですから……でも、来ると思いますよ」
「何故そう思う?」
他人事みたいにランスローは言うが、ランスロットは強い視線で聞き返した。
「だって、皆そう思ってますから」
答えはそこにある様な気がしたランスロットは、改めて周囲を見回した。そこにはランスロー同様、信頼の表情が満ち溢れていた。
「十四郎は来ます……」
ラナの瞳も”信頼”という光に満ち、その笑みはランスロットを包み込む。
「そうです。十四郎様は来ます……多分、来るなと言っても来る人ですから」
隣のリズも笑顔を浮かべた。
「……そうですか……それでは、待ちましょう」
大きく息を吐いたランスロットは、遠く戦場に目を流した。
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「十四郎! シルフィーが付いて来る!」
「その様ですね」
叫ぶアルフィンに向かい、十四郎は優しく笑った。
「物凄い数だ!……砦は取り囲まれている!」
大鷲が二人の会話に割り込む。
「アルフィン殿! 敵の中を駆け抜けます!」
「分かった! 任せてっ!」
十四郎の叫びにアルフィンが答える。そのまま加速するアルフィンの速さに、大鷲は目を疑った。大鷲の常識を覆す速さは、例えるなら瞬間移動にも似た速さであり、手前のき木々から一瞬消えたアルフィンの肢体は、次の瞬間には遥か彼方にいた。
「あれだけ走ってるのに、何て速さだ……」
呆れるしかない大鷲は、薄笑みを浮かべながら呟いた。
「後方より騎馬! 真っ直ぐ来ます!」
最後尾の集団に、十四郎とアルフィンが稲妻みたいに迫った。後方を警戒していた見張りが叫ぶ!。
「単騎だと……何だ?……」
驚く指揮官、アルフィンの速さは砂煙さえ追い越す。つまり、走り去った後から砂煙が起こり、走ってると言うより”飛んでる”と言う表現の方が相応しかった。
そして次の瞬間には、アルフィンと十四郎は唖然とする騎士達の前から消えていた。
「一気に行きます!」
「行くよっ!」
十四郎は手綱に力を込め、アルフィンは更に速度を上げる。その風圧は、傍の兵士達を吹き飛ばした。
「普通はブツかるけどな……」
空から見ていた大鷲は、更に大きな溜息を付いた。
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「敵陣に乱れ! 何かが迫って来ます!」
砦の見張り台から、叫び声が上がった。
「……来た……」
呟いたラナは全身に鳥肌が立ち、涙が自然と溢れた。同様にリズも鳥肌に包まれる。
「何だ? あの敵の慌て様は……」
塀に駆け上がったランスロットは、敵の慌て方に驚いた。
「やはり、来たな……それも、思ってたより早い」
「あれが、魔法使いだと言うのか?」
呆れた様に呟くランスローの胸ぐらを掴み、ランスロットが興奮した顔を向けた。
「そうですよ……叔父上、今から本物の魔法が見れますよ」
「……魔法使い……」
まだ見えぬ姿を、ランスロットは震えながら凝視した。だが、ふと視線を向けたラナの顔は頬を染め、嬉しさに満ちていた。
「まさか……」
ランスロットはハッとした。何故ラナが祖国や王族の身分まで捨てかのか? その答えはラナの表情が語っている様に思えた。




