二人目の魔法使い
十四郎は賞金で井戸を直し、家の風呂を修理した。
「井戸もお風呂も……本当にありがとうございました」
ケイトは何より十四郎が無事だった事を神に感謝し、帰って来た時の二人の喜び様は十四郎を激しく揺さぶり、また心配を掛けた事を悔やんだ。
「ありがとう、十四郎。本当に凄かったね 」
膝の上に乗っためぐの眩しい笑顔が、十四郎のまだ消えぬ傷を癒す。
「やっと元に戻ったか……全く、面倒な奴だ」
大欠伸のアミラは、後ろ足で耳を掻いた。
「ご心配をお掛けしました」
笑顔の十四郎がアミラに礼を言う。
「この先、何度も同じ事が繰り返される……その時は、また悩めばいい……そしたらまた皆が助けてくれるさ」
アミラの言葉は十四郎に勇気と元気をもたらす。十四郎はガリレウスに会う為、ビアンカの屋敷に向かった。当然アミラは付いて行く、メグやケイトに言われなくても。
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「十四郎、喜んで! 国王陛下より、騎士の称号が授与されるの!」
「キシノショウゴウ?」
「貰えるもんは貰っておけよ」
不思議そうな顔ををする十四郎に、足元のアミラは他人事いみたいに言う。
「大会での武勲が認められ、騎士として称号、つまり呼び名が与えられるだけです。戦に駆り出されるとか言うものではありません」
「爵位の様に領地まで与えられる訳ではないですが、騎士の報酬は支払われます……ご心配なく、義務や責任は必ずしも発生しません」
ガリレウスに続き、笑顔のビアンアカも説明する。
「はぁ、私などが……」
口籠る十四郎に、アミラが脚を突く。
「だから、素直に貰っとけよ。メグやケイトも助かる」
「そうですね」
微笑んだ十四郎は、小さく頷いた。
「そんなに恐縮する様な額ではありませんよ、普通に食べていける金額です」
ガリレウスは微笑むと、この国の内情を説明した。
「王の財政は豊かではありません。国土の大半は貴族の領地ですし、商業が未発達なので、効率的に税金を徴集する構造が存在しないのです。王が新しく税金をかけるなどと言えば全土で反乱が起きるに決まっています。ですから、仕官を求める騎士がいても、なかなか給料を払うことが出来ないのです。そもそも給料を払えないから、土地を与えてその上がりで食べさせるという封建社会が発達したのです」
「私の国でも以前は似たような感じでした」
「ビアンカに聞きました。平等の社会……多くの民にとって、それが理想の国かもしれませんね」
目を閉じ染み染み語るガリレウスに、十四郎の気持ちは癒される”理想”という言葉が脳裏に穏やかに溶けた。
「十四郎、おじい様に何か聞きたい事があったのでは?」
お茶を出した、ビアンカが笑顔で聞く。
「大会の折り、私の国の者と会いました。この国には他にも私と同じ者は居るのですか?」
思い出した様に十四郎は聞いた。
「いえ、聞いた事はありません……ただ、最近になり他国に魔法使いが現れたとの噂を聞きました。黒い髪、黒い瞳の女性だそうです」
「他国ですか?」
ガリレウスは地図を広げ、説明する。
「このヨーロント大陸は左からフランクル公国、その下の小さい所が我がモネコストロ王国、フランクルより独立しました。その隣、上の大きい所がアルマンニ帝国、下がイタストリア皇国、一番右側がエスペリム王国、そして海を渡った所がアングリアン王国です。他にも大陸や島国は存在しますが、近隣はこういう所です」
「魔法使いが現れたのは、どちらですか?」
「こちらのアルマンニです。近隣諸国を簡単に説明しますと、アルマンニはヴィルヘルム3世が支配する軍事大国です。イタストロアは政略結婚で、国王ウンベルトはヴィルヘルム3世娘婿となり、事実上属国に近いです。エスペリムは中立ですが、強大なアリマンニに及び腰です。当然我が国も、アルマンニにからの侵略の危機はありますが、大国フランクルの王ロベールが亡くなった我が国の王妃アレクサンドラ様の兄弟ですので、今の所はなんとか平穏です。海を渡った海洋国家のアングリアンも強大な軍事国家で、大陸の覇権を虎視眈々と狙っております」
ガリレウスは明解に説明した。
「相変わらず、人は争いが好きだなぁ」
アミラは十四郎の脚にスリスリしながら言う。
「そうですね」
暗い顔になる十四郎に、アミラは溜息を付く。
「なんて顔してる。前にも言ったが、動物だって縄張り争いするし、昆虫や植物だって例外じゃない、生物が争うのは本能なんだよ」
「アミラは何と?」
首を傾げるビアンカに、十四郎はアミラの言った事を告げた。
「……戦いは生き物の本能。ですが、その本能を変えられるのは人だけです」
ガリレウスの言葉は十四郎の胸に刺さる、同時に湧くココロの奥の何かが少し熱く感じた。
「話が逸れました。十四郎様と同じ国から来たと言うのは、少し引っかかりますね」
真剣な顔のガリレウスは、僅かに首を捻る。
「はい、その者は私の事を知っている様でした」
胸騒ぎは十四郎の中で次第に大きくなり、ビアンカの胸騒ぎも同調する。七子と名乗った女がビアンカの脳裏を霞め、聞こえない位の言葉が漏れた。
「……あの者は、十四郎を仇と……」
「アルマンニでは我が国と違い、魔法使いの出現は違う意味で伝わっています……魔法使いが現れる時、その国は全ての国を支配するだろう……と」
ガリレウスの言葉の衝撃が七子の顔と重なる、その憎悪に満ちた瞳は十四郎を激しく圧迫した。でも十四郎はその事を胸に仕舞い、ガリレウスに笑顔を向けた。
「井戸とお風呂を修理しても、賞金が沢山残っています。そこでお願いなのですが、ドリトン先生にお渡し頂けないでしょうか? 薬代の足しにして欲しいのです」
「それならば十四郎様が直接……」
言い掛けたガリレウスは、照れくさそうに頭を掻く十四郎の姿に察した。
「分かりました、国からの補助金と言う事にしておきます」
十四郎はガリレウスの配慮に、深々と頭を下げた。




