続く試練
「お前は……何者なんだ……」
周囲には夥しい死体の山、バビエカは死臭に顔を歪めながら呟いた。
「……私はアウレーリア……」
振り向いたアウレーリアの顔は穏やかで美しく、それがギャップとなってバビエカを圧迫した。
アウレーリアは背を向けると、村の中へと入って行った。仕方なくバビエカも付いて行くが、村の住人達は、物陰から魔物でも見る様な目で無言のまま見詰めていた。
「宿はどこですか?」
窓から覗いている村人にアウレーリアが聞いても、直ぐに窓を閉じて隠れた。
「お前が派手に暴れるからだ、皆恐れている」
「どうして恐れるのですか?」
呆れ顔のバビエカがアウレーリアの背中に溜息を付くが、アウレーリアは振り返り平然と言った。
「まあ、いい……それより、どうするんだ? こんな状態じゃ宿なんか見つからないぞ」
話が咬み合わないアウレーリアに、バビエカは更に大きな溜息を付いた。
「馬の言葉が分かるのですか?」
人気の無い通りで、アウレーリアの前に老人が出て来た。その顔は深い皺が刻まれ、声は古い蝶番の様に掠れていた。
「はい」
「何処に行くのですか?」
微笑むアウレーリアの返事は、その外見と相まって女神の降臨と言う感じだったが、老人は鋭い目で言った。
「魔剣を探してます。この付近の山にあると聞きました」
「そうですか……しかし、あの山は魔物の巣窟です」
「知ってます」
老人が顔を顰めるが、アウレーリアは薄笑みを浮かべた。
「……あなたは、魔法使いですか?」
「多分、違います……」
更に強い視線で老人は聞くが、アウレーリアは笑みを浮かべて普通に言った。
「あなたは、この村の害虫を駆除してくれた……宿をお探しなら、付いて来なさい」
老人はそう言うと背中を向けた。アウレーリアは、小さく頷くとその後を付いて行った。
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「七子様。魔法使いの仲間ですが、居所を掴みました」
「数は?」
部屋に入って来たドライに、視線を向けずに七子は呟いた。
「パルノーバの残党と、ミランダ砦の生き残り、そして盗賊。それに、フランクルやイタストロアの兵も合わせると数千に膨れ上がっています……」
「そうか……指揮官は?」
「パルノーバの将、ロメオです」
「軍勢を向かわせろ」
「既に向かわせております。数は一万七千、将はアドリアーノです……ロメオとは宿敵の関係です」
即答するドライを、七子は怪しい瞳で見た。
「宿敵?」
「はい。アドリアーノは没落貴族出身ですが筋金入りの保守派、リベラル派と呼ばれるロメオとは昔から犬猿の仲です。お互い将としての名声得てますが、アドリアーノは兵を”道具”として扱い、ロメオは”人”として扱っています……」
簡単に説明するドライだったが、七子は薄笑みを浮かべて見た。
「私と十四郎みたいだな」
「……」
その言葉に対し、ドライは返答しなかった。
「それで、敵の様子は?」
七子は笑みを浮かべたまま聞いた。
「砦を築いていた様ですが、想定外の人員増加に苦慮している模様です」
「それは都合がいい。負け戦は混乱から始まる……それに、少し前までは敵兵同士だったのだ、連携を取るのには時間が掛かる……例え、名将ロメオでもな。芽は若いうちに摘むモノだ。ローベルタとの合流も、やっと揃った味方の損失で振り出しに戻る」
「御意……」
不敵な笑みの七子は遠くを見詰めて言った。表情こそ変えないが、ドライは七子の意図に沿えて満足だった。
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「ロメオ様、良くない知らせが……」
「その様だな」
ロメオやリズ達が集まる場所に、やって来たナダルの表情でマリオは瞬時に察した。
「敵が近付いています。この場所では応戦は可能でも、撤退の道がありません」
「確かにな……」
洞窟を中心に築く途中の砦は後方や左右の攻撃に対し盤石で、正面だけに防御を集中出来るが、その分退路は無かった。
「本当ですか?」
傍にいたリズが顔色を変えるが、ロメオは穏やかに微笑んだ。
「防御面では、パルノーバ以上の砦ですよ」
「水は洞窟の奥に湧き水がありますが、食料は備蓄分も合わせても……」
リズはダニー達が食料の調達から戻らない事を思い、視線を落とした。
「援軍は?……」
今度はラナが声を落とす。
「援軍? ラナ様、今この場所にいる兵達が我々の全てですよ」
溜息交じりのランスローも声を落とす。
「強力な援軍がいるではないですか」
「それって……」
だが、ロメオは俯くラナに微笑むと、ラナの表情が変わった。
「そうですよ。十四郎様が来てくれますよ」
そう言いながらラナの肩を抱くリズも、ロメオの言葉で体の内側から勇気と元気が湧き出して来た。
「防御に集中する。前面に出た兵が疲労すれば、直ぐに後方の兵との交代を繰り返す。とにかく時間を稼ぐのだ、援軍の到着まで」
「しかし、時間を稼ぐには食料が……」
皆に向き直り、作戦を述べるロメオにナダルが声を落とした。
「何か月も籠城する訳ではない、少しの辛抱だ……直ぐに十四郎殿が来てくれる」
ロメオの言葉にナダルや他の者達も希望を取り戻すが、ロメオの心境は違っていた。士気を高める事がロメオの仕事であるが、それは十四郎がいてこその事だと思った。
脳裏には十四郎の神憑りな強さが蘇る。だが、それと相反する優しさこそが、皆を惹きつけるのだとロメオは改めて思った。
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「アドリアーノ様、敵の砦を包囲しました。蟻の這い出る隙もありません」
「そうか……」
副官の報告に、アドリアーノは素っ気無い返事だった。
「敵は準備が整っていません。直ぐに攻撃を開始して宜しいでしょうか?……」
「待て」
開始を進言する副官だったが、アドリアーノは厳しい表情で言った。
「直ぐには攻撃しないのですか?」
「相手はロメオだ……迂闊な攻撃は、奴の思う壺だ」
アドリアーノはの言葉だったが、副官は怪訝な顔をした。総勢でも倍以上、敵は砦の建造さえ終えていない。攻めるなら今だと思うが、普段なら豪放磊落なアドリアーノが躊躇する事に驚いた。
「それでは?」
「少しづつ戦力を削るのだ……長期籠城など、今の状態なら出来ないはずだ」
「はっ」
副官は、その場を離れるがアドリアーノは胸騒ぎと同時に、ロメオと決着を付ける機会に武者震いしていた。
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ローベルタ夫人の元に急ぐ十四郎達の前に大鷲が舞い降りた。大鷲は直ぐにローボの元に行き、耳打ちをした。
「ローボ殿、皆に何かあったのですね」
「まあ、そう言う事だ」
十四郎は穏やかな表情で聞き、ローボも普通に言った。
「私は先に行きますので、後から他の者を先導して下さい」
「道は分かるのか?」
「大鷲殿に先導してもらいます」
「……全く……」
呆れ顔のローボが溜息を付くが、事態を重く見たツヴァイが顔色を変えた。
「十四郎様、皆に何か?」
「詳しくは分かりませんが、良くない知らせです。ローベルタ殿の所に早く行きたいのは山々ですが、皆の安全が最優先ですから」
確かにいかにローベルタ夫人を味方に付けても、元からの仲間を失えば今までの苦労など何の意味も無くなる。
「私達も後から続きます」
「皆に説明をお願いします。アルフィン殿、行きましょう」
全てを察したツヴァイに、十四郎は笑顔で言った。
「任せて、鷲なんかに負けないから!」
アルフィンは嬉しそうに返事すると、疾風の様に駆け出した。その瞬間、白い風がアルフィンの後を追う。
「ビアンカ様……」
少し離れた場所で話は聞こえないはずなのに、ビアンカは何の迷いも無く十四郎を追った。溜息しか出ないツヴァイが呟くと、ローボも溜息交じりに言った。
「いつもの事だ……」




