進むべき道
「どうやら、手に入った様だな」
バビエカに鞍を付けているアウレーリアに、七子が声を掛けた。
「はい」
「これを持って行け。幾らお前でも、丸腰では魔物に後れを取るかもしれないからな」
剣を手渡す七子は、本当は少しも心配などしてなかった。
「これは?」
「魔剣とは違うが、この国で最高の剣だそうだ」
黙って受け取ったアウレーリアは、ゆっくりと腰に差すと七子を見た。
「どうして?」
「理由が必要か?」
薄笑みを浮かべた七子が逆に聞いた。
「……別に……」
視線を逸らせたアウレーリアは小さく呟いた。七子はその様子を見ると口元を緩め、今度はバビエカの方に近付いた。
「お前なら、アルフィンやシルフィーに勝てるかもしれないな」
「……お前も言葉が分かるのか?」
少し声を震わせたバビエカは、漆黒の馬体を輝かせた。
「どうなんだ? 勝てるのか?」
「当たり前だ! 俺はどんな奴にも負けない」
「それは頼もしい」
鼻息を荒げるバビエカが叫ぶが、七子は強い視線で睨み返した。バビエカの背筋に悪寒が走る、その目はアウレーリアとは少し違う威圧感があった。七子はそのまま後ろを向くと、その場を去った。
「あいつが、アルマンニの魔法使いか……」
「はい」
「モネコストロの魔法使いも、あんな感じなのか?」
「……いいえ、違います」
「なら、どんな感じなんだ?」
「……十四郎は……」
七子の感じに驚くバビエカが十四郎の事を聞くが、アウレーリアは答えられなかった。
「どうした?」
「……自分で、感じて下さい」
不思議そうに聞くバビエカに対し、アウレーリアは消えそうな声で答えた。
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「何をしてるんだ?」
驚いた声を上げるベレス村の男達は、倒れた剣闘士達を手当する様子を見て愕然とした。
「矢が刺さった奴は止血しないとな」
マリオは剣闘士の脚に刺さった矢を抜いて、止血しながら笑った。
「……敵だぞ……そんな事してる暇があったら逃げないと」
「そうだ、気絶してる奴なんか放っとけ」
ベレス村の男達は口々に言うが、マリオはもう一度笑顔で言った。
「俺もそう思う。だが、見ろよ」
マリオが指す方向では、十四郎を先頭にツヴァイ達が手当てをしていた。
「お前は射過ぎだ。何も両手両足を射なくても……」
「だって、中々動きが止まらないから」
呆れ声のノインツェーンは手当しながら溜息を付き、リルは小声で呟く。
「ツヴァイも、もっと手加減しろ。コイツなんか前歯が全部無くなってるぞ」
「……すまん。手加減したつもりなんだが」
完全に気を失っている剣闘士を見ながらココは溜息を付き、ツヴァイは済まなそうに謝った。
「十四郎、この人腕が折れてます」
「そうですか。これで添え木をします」
ビアンカは腕が折れてる事を確認すると、十四郎は木切れで素早く添え木をした。その光景は新鮮でもあり、とても不思議な感覚だった。素早いが丁寧な手当が終わるとベレス村の男達は、おずおずと十四郎に聞いた。
「どうして敵兵を手当するのですか?」
「止血をしないと死んでしまいますし、腕が折れたままでは治りが遅くなりますから」
十四郎は普通に言うが、戦いに於いて敵を手当するなど普通では考えられない事だった。
「それは分かりますが、敵なんですよ」
「そうですが、怪我人を放っとけませんから」
ベレス村の男は強い視線で十四郎を見るが、十四郎は穏やかに笑った。
「手当てしたその男は、傷が治ればまた敵として挑んで来る」
「敵を削るのが戦いなのに、倒した敵を手当なんかすれば、永遠に戦いは終わらないじゃないですか」
興奮するベレス村の男達は次第に声を荒げるが、困った表情の十四郎の横からビアンカが微笑んだ。
「戦いは終ったんです。今はただの怪我人です」
そう微笑みながら手当するビアンカの姿は、頭に血が登ったベレス村の男達の興奮を穏やかに沈めた。
「またか……」
「十四郎! 大丈夫だった?!」
「ビアンカ! 怪我は無い?!」
そこに呆れ顔のローボやアルフィン、シルフィーが現れた。やっと、興奮の収まったベレス村の男達にまた緊張の呪縛が訪れる。
「……あなた様は、神獣ローボ様ですか?」
「……そう呼ぶ奴もいる」
一人のベレス村の男が跪いてローボに聞くがローボは、ぶっきらぼうに答えた。
「お教え下さい。どうして魔法使い様に、お味方するのでしょうか?」
「どうしてだと?……」
頭を地面に擦り付け聞く男を、ローボが牙を光らせ睨んだ。男達は後退りして、恐怖に慄いた。
「それは、ローボが十四郎を好きだからです」
震える男達の前に、ビアンカが微笑みながらやって来てローボの背中を撫ぜた。
「なっ、何を言うんだ」
「そうなんでしょ?」
慌てるローボが口籠る。その瞬間、神獣がとても身近に感じられ、ベレス村の男達は何故が穏やかな雰囲気に包まれた。そして、ビアンカは微笑みながら、ローボに顔を近付けた。
「まっ、まあ嫌いではない……」
「どうしたんですか? ローボ殿」
ローボは照れた様に顔を背けるが、ふいに十四郎が笑顔を向けた。
「何でもない。早く手当を終わらせろ、敵が戻ってくるかもしれない」
「あっ、はい」
コホンと咳払いしてローボは十四郎に言う。十四郎は素直に返事すると、手当を続けた。
「怪我人だよな」
「ああ、辛そうだ……」
一人のベレス村の男が手当てを始めると、次々に男達は手当を始めた。
「これも、魔法なのかもな」
「……そうかもな」
笑顔を浮かべ手当てする十四郎やビアンカ達を見ながら、同じ様に笑顔を浮かべるマリオにつられ傍のベレス村の男も自然と笑顔になった。獣神ローボでさえ、十四郎の事が好きなのだ……ベレス村の男達は、十四郎の背中がとても大きく見えた。
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「遅い……」
苛立つマルコスは、窓の外を凝視した。
「遅いですね」
傍に立つアリアンナは言葉とは裏腹に、笑みを浮かべていた。その横顔は、沸騰するマルコスの苛立ちを穏やかに鎮めた。
「アリアンナ殿、今状況はどうなってますか?」
マルコスは落ち着きを取り戻すと、イアタストロア全体の動きが気になった。
「私達に賛同する勢力は大叔母様の後ろ盾もあり、かなりの数になってます……ですが、過半数には及んでません。国王を指示する有力貴族や従う騎士達は王都に結集しています」
「我々は王に反旗を翻す、反逆者ですね……征伐の大義名分は向うにある」
確かに状況は予断を許さない。マルコスは胃の辺りが少し痛んだ。
「それに、私達に味方する勢力も一枚岩ではありません。内部に入り、動向を探る動きもあります……特にルッキーニ伯爵は要注意ですね」
「ルッキーニ伯爵と言えば武闘派の家柄、味方なら百人力だが……もしも敵になれば……」
アリアンナの言葉が更にマルコスを驚愕させた。そして、更にアリアンナは追い打ちを掛ける。
「武闘派と言う事だけではありません。ルッキーニ伯爵は、知略に優れた人……」
確かに噂はマルコスの耳にも入っていた。その優れた知略は単なる貴族の枠を通り越し、強大な戦闘指揮官として名を馳せていた。
「もしも内部から攻められたら……」
”崩壊”と言う言葉がマルコスに大きく圧し掛かった。
「でも、それだからこそ十四郎に会えば、分かってくれると思います」
アリアンナは微笑みを浮かべた。十四郎の笑顔がマルコスの脳裏に浮かぶと、今までの心の靄が嘘のように晴れた。
「そうだな……」
マルコスは大きく頷くと、自然と笑顔になった。
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「何時、合流するのだ?」
「……」
黒いフードで顔を隠した男が聞くが、ゼクスは何も答えなかった。目の前の男を斬り捨てたい衝動が、ゼクスを覆うが拳を握り締めて耐えた。
「報告がある。早く答えよ」
「……ローベルタ夫人の所に着いてからだ」
返答を迫られ、ゼクスは小さく答えた。だが、身体は震え続け後悔と呵責が頭の上から滝の様に流れた。
「次の接触は、こちらから指示する」
男が去った闇の方に視線を向けたゼクスは、跪くと拳で地面を何度も殴った。




