剣と馬
「何時から、そこにいた?」
全く気配に気付かずにいた七子は部屋の隅に立ちすくむアウレーリアを睨むが、アウレーリアは視線を合わせようとはしなかった。
「少し前から……」
俯いていた顔を上げ、アウレーリアは消えそうな声で呟いた。そこにドライが報告にやって来て、アウレーリアと鉢合わせした。
「ア、アウレーリア……」
驚くドライは思わず後退った。
「用件は?」
そんなドライの様子を横目で見て、七子は薄笑みを浮かべた。
「教えて欲しい……魔法の剣は何処にあるのか?」
俯いたまま、アウレーリアは消えそうな声で言った。
「魔法の剣だと?」
「ええ、十四郎は私の魔剣を切った……だから、十四郎にも切れない本物の魔法の剣が欲しい」
「その剣を手に入れてどうする?」
「……分からない」
七子の問いにアウレーリアは、また小さな声で答えた。
「……お前は十四郎の敵なのか? 味方なのか?」
「……分からない」
更に声は消えそうになる。
「お前には何も無い……空っぽだ……胸の中の空洞を埋める為、十四郎を求めている」
七子の言葉はドライを凍らせる。次のアウレーリアの行動を予感すると、息が止まった。
「……そう、なの?」
だが予想に反してアウレーリアは縋る様な目で七子を見た。
「そうだ」
七子は言い切った。そして、黙って俯くアウレーリアから、ドライに視線を向けた。
「私が魔剣の在処など知る訳はないだろ。直ぐに調べろ」
「はっ」
一礼したドライは直ぐに部屋を出て行った……額を、ずぶ濡れにした汗を拭きながら。
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ドライが調べて来たのは、イタストロアの北方にある霊山の山頂に魔剣があると言う事だった。その魔剣は山頂に突き刺さり、その行く手には数々の魔物が待ち受けているとの事。
「まるで天逆鉾だな」
「アマノサカホコ?」
呆れ顔の七子の言葉に、ポカンとドライが聞き返した。
「私の世界にあった……神剣だ」
「確かに魔剣の様ですが、数百年の間風雨に晒されている様です」
「数百年か……既にボロボロかもしれないな」
溜息交じりの七子だったが、アウレーリアは瞳を輝かせた。
「どんな魔剣ですか?」
「神が大地を切り裂き、イタストロアを創造した剣らしい」
「大地が斬れるなら、決して折れないですよね」
ドライも聞き及んだ事を簡素に述べるが、アウレーリアは更に身を乗り出した。
「神話の部類か……望み薄だな……で、どうする?」
「行ってみます」
目を輝かせたまま、アウレーリアは即答した。
「そうか……アウレーリアに、あの馬を」
「七子様。如何にアウレーリアでも、あの馬は」
頷いた七子はドライに視線を向けた。
「大丈夫だろう……多分」
薄笑みのまま、七子は呟いた。
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「この馬だ。名はバビエカ」
ドライが指差す方向には漆黒の馬体があった。アルフィンより一回りは大きく、輝く漆黒は筋肉が躍動している。そして、長いたてがみは猛獣の様に猛々しい印象だった。だが、アウレーリアはまるで興味などなさそうに、広い牧場を眺めていた。
「バビエカとはエスペリアム語で”愚か者”を意味する。速さだけならアルフィンやシルフィーと遜色はないが、なんせ”暴れ馬”だからな」
「アルフィン? シルフィー?」
違う所にアウレーリアは喰い付いた。
「アルフィンは魔法使いの馬で”天馬”と呼ばれ、神速のシルフィーはモネコストロ近衛騎士団ビアンカの愛馬だ」
一応ドライは説明する。
「ビアンカ……」
無表情に近いアウレーリアの表情が変わる。それは怒りに歪むと言う事ではなく、瞳が輝き美しさを増すと言う事に近かった。ドライでさえ、その表情に魅入られ胸の鼓動が早くなるが、その動悸は直ぐに違う動悸に変わった。
アウレーリアは柵を潜ると、バビエカの方に真っ直ぐ向かう。その瞬間バビエカは、前脚を高々と上げると、アウレーリアの頭を目掛け振り下ろした。だが、最小限の動きで躱したアウレーリアはバビエカに顔を近付けた。
「あなたは速いのですか?」
「……お前、言葉が……」
氷の様なアウレーリアの瞳が、バビエカを圧倒する。
「……速いだと?」
「ええ、アルフィンやシルフィーより」
その名前を出した途端、バビエカは鼻息が荒くなった。
「奴らは有名なだけで、実際は……」
「私は見ました。アルフィンは風より速く、シルフィーも同じ位に速い」
バビエカの言葉を遮り、アウレーリアは更に顔を近付けた。
「俺は!」
思わず叫ぶバビエカだったが、次の瞬間アウレーリアはバビエカに飛び乗った。
「何をっ!」
「見せて下さい、あなたの速さを」
「振り落としてやる!」
バビエカは猛然とダッシュする。当然鞍など付けてはなくてアウレーリアは、たてがみを掴んだ。流れ景色が今までとは全然違う、正面以外の視界は矢のように後方に消え、正面の視界さえ速度の増加に比例して狭くなった。
しかも顔や体にぶつかる風は呼吸さえ困難にし、空気中なのに水中にいる様な錯覚さえ感じられた。
『なんだコイツは?……』
バビエカは全力で走っても振り落とされないアウレーリア戦慄した。だが同時に、たてがみを掴んで絶妙に進路を誘導する感覚は、人を乗せ全力で走った事の無いバビエカに新鮮な感覚をもたらせた。
「あなたなら、アルフィンやシルフィーと互角以上に速いかも……」
「当たり前だ!」
伏せたアウレーリアが耳元で囁くと、バビエカは大声で言い返した。バビエカはそのまま速度を落とし、丘の頂上付近で止まった。素早く降りたアウレーリアは、バビエカの顔の前に来た。
「何者なんだ?」
「私はアウレーリア。バビエカ、私の馬になって下さい」
「……」
即答は出来ないバビエカだったが、アウレーリアの逆さ十字の紋章は聞いた事があった。
「お前は黄金騎士なのか?」
「はい」
「何故俺を選ぶ?」
「七子が、そうしろと言ったから。あなたと、魔法の剣を探しに行けと……」
「七子? 魔法の剣?」
「七子はアルマンニの魔法使いです。そして、十四郎の剣に切られ無い様な剣を探す為です」
「……魔法使い?……十四郎?……」
状況が飲み込めないバビエカが呟くが、アウレーリアの怪しい微笑みに背筋が冷たくなった。”魔法使い”その言葉はバビエカの心臓を鷲掴みにする。そして、更にアウレーリアは言った……今度は魔女の様な瞳を輝かせながら。
「十四郎は、モネコストロの魔法使いなんですよ」




