行き詰まり
十四郎達がマリオの村の者達と潜伏場所に戻ると、丁度ココがイタストロア兵の鎧や兜を持っ帰って来たところだった。
「あの方は……」
村の者達は、ビアンカの美しさに唖然と呟く。勿論ノインツェーンやリルも美しかったが、ビアンカは格が違っていた。
「モネコストロの近衛騎士、ビアンカ殿だ」
「あの、ビアンカ様……」
マリオの説明に村の者達は茫然とした。聞くのと見るのでは大違いで、女神や天使と言う形容詞さえビアンカを目前にすると陳腐に感じた。
軽く会釈したビアンカは、自分の鎧を脱いでイタストロアの鎧を身に着けるが、そのプロポーションに男達は釘付けになった。勿論、大きさやクビレはノインツェーンの方が上回るが、黄金比と言う観点から見ると、正にビアンカは完璧だった。
「いいな、お前は……私は、こんな鎧を着けると胸が苦しくて」
胸を揺すりリルを挑発する事で、ノインツェーンは視線をビアンカに一人占めにされた溜飲を下げる。
「ここで、決着を着けるか?」
毎度のケンカを苦笑いのココが止め、ツヴァイは皆が脱いだ鎧をアルフィンとシルフィーに乗せた。
「アルフィン殿、シルフィー殿、重いでしょうが、お願いします……ローボ殿」
「大丈夫。任せて」
「十四郎、ビアンカをお願いね」
「分かった……先回りして待ってる」
嬉しそうなアルフィンに対し、シルフィーは十四郎を見詰め真剣に言った。ローボは溜息を混じらせ、首を振った。
「天馬アルフィンに、神速のシルフィー……それに、あの狼……」
「ローボです。我々、と言うより十四郎様の味方です」
唖然と呟く村の男に、ツヴァイが説明した。伝説の神獣、ローボの事はこの大陸では知らぬ者など存在せず、村の男達は身を固くしてローボの背中を見送った。
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ビアンカが髪を束ね、目だけ空いた兜を被る。その仕草でさえ優美さが溢れ、ノインツェーンやリルも同じ様な仕草だが、男達の視線はビアンカに釘付けだった。
十四郎も顔を隠す兜を被るが、小柄な十四郎には少し大きめの鎧と相まって”魔法使い”の威厳は既に無かった。
「本当に魔法使いなのか?」
「俺も最初はそう思ってた……だが、手合せして恐ろしさが分かったよ……まるで、”神”にでも挑んでる様だった」
何となく頼りなさそうな十四郎を見た男の問いに、マリオは真顔で答えた。脳裏に蘇る十四郎との立ち合いを、鳥肌を立てながら思い出す。
「そうは見えないけどな」
確かに小柄で童顔な十四郎は、相手を威圧する雰囲気など持つはずもなかった。
「直ぐに分かるさ……十四郎殿の戦いをみれば……それに、十四郎殿はアウレーリアとも互角に戦ったんだ」
「まさか……」
少し笑いながらのマリオの言葉は、男達を戦慄で縛った。この世界に於いてアウレーリアは、唯一”神”と比類する最強の騎士だったから。
十四郎達の支度は整い、見た目にはマリオ出身村の兵が少し増えただけの様に見えた。十四郎達7人を加えた、総勢三十名は大勢のイタストロア兵に紛れる為に移動を開始した。
「どうやって紛れるんですか?」
「それは、その……」
マリオの問いに、十四郎は苦笑いした。
「そんな事だと思った」
溜息交じりのノインツェーンが、腰に手を当てる。
「一応、横一列になって捜索しているフリをしましょうか?」
「そうですね。それがいい」
ツヴァイの提案に嬉しそうに十四郎が答え、ビアンカやノインツェーンは苦笑いした。そして、横一列になって直ぐ、ココが後方からの気配に気付いた……既に十四郎は気付いていたが、敢えて何も言わなかった。
「後ろから来ます。私が話しますので、上手く合わせて下さい」
ココの言葉を受け、十四郎を筆頭に一同は小さく頷いた。
「どこの者だ?」
「私達はベレス村の者です」
五十人程の騎士団を従えた指揮官は怪訝な顔をするが、ココは大袈裟に頭を下げた。事前に村の名前や、本来はもっと後方にいた事なども聞いていた。
「ベレス村? 確か後方にいたはずだが」
「えっ? ここは後方じゃないんですか? 申し訳ありません。夢中で捜索しているうちに、どこにいるのだか分からなくなって……」
更に驚きの表情と平身低頭で、ココは頭を下げた。
「まあ、いい……お前達は、我等の後ろから付いて来い」
「分かりました」
ココを先頭に、十四郎達は側面を大回りで騎士団の後ろに回った。幸い薄暗い森の中で、ビアンカ達は女とは気付かれた様子もなく、ココは胸を撫で下ろした。
「流石だな」
「問題はこれからだ。部隊は今、最前線だ……どうやって、この場を抜け出すか……」
横に来たツヴァイがニヤリと笑うが、ココは真剣な顔で言った。当然、十四郎はニコニコと付いて来るだけで、とても策が有りそうには見えず、ココとツヴァイは大きな溜息を付いた。そして、マリオは村の男達に小さく謝った。
「すまない。必ずなんとかする」
「多分、大丈夫だ……見て見ろよ、十四郎様はあんなに穏やかに微笑んでいる」
村の男達は笑顔を絶やさない十四郎を見て、安堵感に包まれていた。その笑顔はマリオにも少しの安堵を与えるが、村の者達を連れて来た手前、マリオには”責任”の二文字が重く圧し掛かっていた。
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騎士団の後ろに付き、十四郎達は包囲網の一角となった。だが、ココの心配する通り、打開策は無く、ただ付いて行くだけだった。
「どうする? あの人数なら一気に倒して、駆け抜けるか?」
「そうだな……」
「今なら一気に行けそうだ。後方に敵兵は少ない」
マリオはツヴァイに話し掛け、後方確認から戻ったココも同意した。
「十四郎様……」
「もう少し待って下さい」
ツヴァイは十四郎に判断を仰ぐが、十四郎は落ち着いた声で返答した。
「何故です? 今が好機です」
「前を見て下さい」
詰め寄るマリオに、ビアンカが穏やかに言った。マリオは気付かなかったが、よく見ると前の騎士団の半分は少年兵と老兵だった。
「気絶させるのも、可哀想だし」
「そんな事、言ってる場合か?」
苦笑いのノインツェーンに、マリオが少し声を荒げた。
「十四郎が待てと言っている」
そんなマリオに、顔を近付けたリルが低い声で言った。
「しかし……」
「もう少し、様子を見ましょう……十四郎は、ちゃんと考えてますから」
「……仕方、ないですね」
それでも渋るマリオだったが、ビアンカの優しい声に赤面してそれ以上言葉が続かなかった。
だが、時間だけが刻々と流れて行く。野営になれば、ビアンカ達の事が女とばれる可能性もある。マリオやツヴァイに焦りが出始めた時、ライエカが十四郎の肩に舞い降りた。
「ラ、ライエカ様……」
気付いたマリオが恍惚の表情を浮かべた。
「ローボ殿が神獣なら、ライエカ様は……”神”なのですか?」
ツヴァイは少し震える声でビアンカに聞いた。
「多分……そうだと思います」
優しい笑顔のビアンカの言葉は、その場の全員を直立不動にした。
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「敵兵に成りすましたのね。で、この後は?」
「それが、どうしていいものか?」
耳元で囁くライエカに、十四郎は苦笑いで答えた。
「正直ね……もう直ぐ日が落ちて、野営ね。今は捜索に集中してるけど、野営になれば正体がバレる可能性が出てくるよ」
「確かにそうですね」
ツヴァイ達の心配をライエカも心配するが、十四郎は曖昧に笑うだけだった。
「もし、そうなれば大勢と戦うの?」
「出来れば、戦いたくないですね」
それは、皆を戦いに巻き込みたくない、そして例え敵兵でも打倒したくはないと言う十四郎の本音だった。
「……仕方ないな」
一瞬考えたライエカは、大空に舞い上がった。
「ライエカは、最初から助けるつもりで来たのですね」
「そうだと、思います」
隣に来たビアンカは微笑みながら言い、十四郎も笑顔を返した。
「あの……十四郎様、お聞きして宜しいですか」
「何ですか?」
強張った顔のツヴァイが十四郎に聞いた。
「何故、神であるライエカ様とお知り合いのですか?」
「さあ、何故なんでしょう」
頭を掻きながら笑う十四郎を見て、今度はその場の全員が大きな溜息をついた。




