疑念と希望
「包囲は更に増えてます」
二度目の偵察から戻ったココは、顔を曇らせた。
「どうしました?」
その顔が見た事もない程に険しくて、心配そうに十四郎はココの顔を覗き込んだ。
「……それが、敵は我らの総数や、男女の比率さえ知ってました」
「……多分、内通者がいるな」
声を落とすココ。マリオは鋭い目で言った。
「そんな事はない!」
立ち上がるツヴァイは声を荒げるが、内心はマリオに同意していた。確かに、この場所で待ち伏せされ、人数まで知られている事は紛れも無い事実だったから。そして一瞬、一人の”顔”が脳裏に浮かぶが首を振って、頭の中から消した。
雰囲気は最悪になり、皆は言葉を失った。
「十四郎。どうしますか?」
「そうですね。どうしましょうか」
だが、ビアンカはそんな事は気にも留めない様に言い、十四郎も他人事みたいに微笑んだ。
「……十四郎様、内通者がいるとすれば……」
「十四郎は気にしてない様だ」
声を落とすツヴァイだっが、ローボはニヤリと笑った。
「しかし、このままでは……」
「マリオ殿に、お願いがあります」
ツヴァイは疑念が払拭出来ずに重い声だったが、十四郎は明るい顔でマリオを見た。
「私に?」
「敵は我らの人数を知っています。分かれて減らすのは想定内でしょうが、増やせば敵を欺けます。マリオ殿なら知り合いもいるでしょうから、お願いしたいのです」
「そうか……この場合、大人数の方が紛れられる」
唖然とするマリオに、明るい顔の十四郎が説明した。ノインツェーンはポンと手を叩き、ココも大きく頷いた……当然、リルは無表情で違う方向を見ている。
「やるしか、ないようですね」
決意を決めたかの様にマリオは頷くが、ツヴァイはまだ渋い顔をしていた。
「ツヴァイ、何て顔してるの?」
顔を覗き込むノインツェーンが、ポカンと聞いた。
「お前は考えないのかっ?!」
「何を?」
苛立つように叫ぶツヴァイだったが、ノインツェーン更にポカンとした。
「もう、よせ……」
ツヴァイの足元に来たローボは、声を潜めた。
「……」
他の者達を見たツヴァイは、それ以上何も言えなかった。自分以外に訝し気に思っている者は皆無に見えから……。
「考え過ぎだ」
ココに肩を叩かれたツヴァイは、小さく頷いた。
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マリオは協力者を得る為に、敵の中に向かって行った。遠くから敵兵の様子を窺い、知り合いの顔を探した。
「どうです? 知ってる人はいましたか?」
木の影に隠れるマリオの背中から、全く危機感の無い十四郎の声がした。
「十四郎殿、声が大きい」
「はぁ、すみません」
慌てて声を潜めるマリオに向かい、十四郎は照れ笑いした。暫く、マリオは敵兵達を見ていたが、やがて小さな声で言った。
「……私は、知り合いが少ないのです……友と呼べる者もいない……貴族でもない、名家の出身でもない……出世の為には強くなるしかなかった……その為に、脇目も振らず真っ直ぐ進んで来た……友達を作る暇などなかった」
「今は友達が出来て良かったですね」
振り向いた十四郎は、笑顔だった。
「友達……」
「はい、私やツヴァイ殿達ですよ。それに、他にも大勢」
「そうですね」
マリオも連られて笑顔になった。そして更に暫くの後、マリオは急に立ち上がった。
「あの者達、私の出身村の者です……行ってみます」
マリオの顔は微妙に引きつっていたが、一瞬の躊躇の後、近付いて行った。十四郎はその後を、笑顔を浮かべ付いて行った。
「……マリオ、マリオじゃないか」
先に相手が気付き、近付いて来た。
「……久しぶり、だな」
引きつった顔のまま、マリオは口籠った。
「お前、どうしてた?」
「都に行って以来、音沙汰無しで……」
「俺は、かなり出世したと聞いたぞ」
「どこかの砦で、警備隊長になったとか」
見覚えのある男達は口々に懐かしがるが、マリオはその中に入って行けなかった。幸い、村の者達の様な下級な兵に詳細など告げられず、上から下への命令は単に敵兵の捕縛と言う事に過ぎない様だった。
暫くは一方的に聞いていたマリオだったが、意を決して口を開いた。
「力を貸して欲しい……」
「どうした? お前らしくない」
一人が少し笑って聞くが、マリオはそれ以上言葉が続かなかった。マリオは、自分は誰より強いと言う自負と自信から、村自体を見下していた。村など、踏み台以下と考えていたから。
「で、どうしたらいい?」
「えっ?」
暫くの沈黙の後、一人が聞いた。全く予想してなかったマリオは、思わず目を見開いた。
「お前は村の誇りだ。そのお前の頼みなら、聞かない訳にはいかないからな」
「そうだ、言ってみろよ」
「まぁ、金を貸せと言う以外なら大丈夫だ」
男達は笑顔を浮かべ、次々に口を開いた。
「……すまない、俺は……」
嬉しかった。マリオは身体を震わせ感激した……十四郎は、そんな様子を笑顔で見ていた。
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「ローベルタ様が、やろうとしてる事を知ってるか?」
「ローベルタ様が?……聞いた事はないが……」
意を決してマリオが口を開くが、男達は唖然と呟く。当然、末端には情報は届いてない様だった。
「平等で自由な世界、戦いの無い平和な世界……そんな世界を作る為に立ち上がる」
「……平等で自由」
「……戦いのない世界……」
「……そんな夢のような世界……」
マリオの言葉に男達は愕然とした。それこそは、末端の虐げられた人々にとって、正に夢の様な世界だったから。
「その為に、力を貸して欲しい……一緒に戦って欲しい」
深々と頭を下げるマリオだったが、男達は緊張した顔を顔を見合わせるだけだった。
「お前は信じてるのか?」
暫くの沈黙の後、一人の男が聞いた。
「ああ、信じてる」
マリオは即答した。
「そうか……ところで、その男は誰だ?」
聞いた男が、微笑みを浮かべてる十四郎に視線を移した。
「彼は、ローベルタ様を決断させた”魔法使い”だ」
その言葉を受け、唖然と十四郎を見る男達の目に輝きが宿った。




