帰還
「ライエカ、そろそろ出て来なさい」
「ブランカには敵わないな、何時から気付いてた?」
アウレーリアが去り、周囲に平穏が戻ると空に向けブランカが言う。すると、どこからともなくライエカが現れ十四郎の肩にとまった。
「ライエカ殿、何処にいたのですか?」
完全にライエカの事を忘れていた十四郎は、ポカンと言った。
「ブランカに見つかりたくなかったから、気配を消してたの……それより十四郎、目は治ったみたいね」
「はい、ブランカ殿とアウレーリア殿のおかげです」
「ライエカはブランカと仲が悪いんですか?」
顔を近付けたビアンカが微笑んだ。
「そう言う訳じゃないけど……ブランカは亜神でもないのに、何でも知ってるから」
ブランカの方を見たライエカは、気まずそうに羽根をパタパタと動かした。
「全く、何しに付いて来たんだか……」
「失礼ね、十四郎が心配だからに決まってるじゃない」
呆れ声のローボの言葉に、ライエカは少し怒ったみたいに言った。
「そうですよ、ローボ。ライエカは何時でも出て来れる様にしてましたから」
「お見通しか……」
ブランカのフォローに、ライエカは苦笑いした。
「役立つのか?」
また呆れ声のローボが、ブランカを見る。
「ライエカが本気を出せば……」
「いいよ、ブランカ……それより、あの女は危険ね……十四郎、どうするの?」
ライエカはブランカの言葉を遮り十四郎を見るが、十四郎は苦笑いで頭を掻いた。
「えっ、別にどうも……」
「あの女が本物の魔剣を手にしたら……恐ろしい事になる……一番危険なのは、ビアンカ」
「それは……」
「大丈夫よライエカ。十四郎は大丈夫……」
言い掛けた十四郎の横から、ビアンカが微笑んだ。
「十四郎もそうだけど本当に危ないのは、あなたなのよ」
「私は、大丈夫です……」
真剣な顔を向けるライエカに、ビアンカは微笑んだ。
「不思議な娘でしょ……この娘だけは、私も分からないの……勿論、良い意味で」
ブランカもビアンカを見ながら微笑んだ。
「ビアンカは良い娘です! 私が保障します!」
「そうよ! ビアンカは最高なんだから!」
傍に来たシルフィーとアルフィンが、鼻息も荒く声を上げた。
「そうみたいね……ところで十四郎、剣を見せて」
「あっ、はい」
シルフィーとアルフィンの様子に微笑んだライエカは、そう言うと抜いた刀を見る為に十四郎の手首にとまった。そして、暫く刀身を見た後に不思議そうに聞いた。
「あなた、何ともないの?」
「はい……別に」
平然とした顔で、十四郎は首を傾げた。
「ふ~ん、そうなのか」
「何なんだ?」
溜息交じりのローボに、ライエカが説明した。
「この剣も魔剣よ。遠い国で造られた……この剣は、使う者を虜にして生気を吸いながら、それを糧にして凄まじい切れ味を生む……やがて、その者の命まで吸い尽くす」
「そうは見えないがな」
平然とする十四郎を見て、ローボは苦笑いした。
「十四郎を見る限り大丈夫そう……多分、この剣も十四郎が好きなんだ」
「……そうだな」
ライエカの言葉が、ローボには分かる気がした。
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「今度は、あなたの剣を見せて」
ビアンカの肩に移ったライエカが耳元で言うと、ビアンカもゆっくり刀を抜いた。
「魔剣ではないけど、造った人以外にも大勢の願いが込められてるね」
「大勢の人?……」
ライエカの言葉を受けたビアンカの脳裏に、見覚えの無い顔達がフラッシュバックした。それは真桜や小夜、勇之進や士郎、国定の笑顔だった。
「……どんな願い、ですか?」
「この人を守って下さい、と言う強い願い」
その言葉はビアンカの胸を暖かい気持ちで一杯にした。記憶は霞んでいるが、浮かんだ笑顔の願いは確かにビアンカに届いた。
「仕方ないなぁ……」
微笑みを浮かべるビアンカの顔を見て、ライエカは溜息を付くと大きく羽ばたいた。その瞬間、青い光が煌めいた。ビアンカは目を細め、輝きの中で刀身に刻まれて行く模様に目を奪われた。
それは稲妻の様でもあり、植物の蔦みたいにも見え、見た事も無い文字の様な美しい模様だった。
「これで、大丈夫」
「何が大丈夫なんだ?」
ふぅ、と息を吐くライエカに向かって、ローボが首を傾げた。
「この剣に刻まれた思いを増幅させたの。この剣はビアンカを守る……どんな魔剣にも負けないよ」
「ありがとう、ライエカ……」
「……いいよ、別に……」
礼を言うビアンカの笑顔が眩しくて、ライエカは照れ笑いした。
「……あのう、十四郎様……さっきから一体?……」
ライエカやローボと話す十四郎やビアンカの会話が全く分からず、代表してツヴァイが聞いた。当然、リルやノインツェーン達も茫然としていた。マリオなどは、十四郎やビアンカが動物と話すなど信じてなかったから、石像の様に固まっていた。
「ライエカ殿が、ビアンカ殿の刀に魔法を掛けてくれました。ビアンカ殿を守る為に」
「ライエカ殿?」
ツヴァイはビアンカの肩にとまる小さな青い鳥を不思議そうに見た。だが、その青い鳥はツヴァイの脳裏に記憶として存在していた。
「あの時……」
それは、ビアンカがイタストロアの兵を”魔法”に掛けた時だと思い出した。
「し、幸せの女神だ……」
「何ですか? それ」
ワナワナと体を震わせるマリオを見て、ノインツェーンがポカンと聞いた。
「イタストロアにある伝説だ……まさか、本当に……」
呟きながら、マリオはライエカに近付こうとするが、ライエカはビアンカの耳元で何か囁くと大空に消えた。
「どうしました?」
茫然と立ち竦むマリオの背中にツヴァイが声を掛けるが、マリオは振り向かずに呟いた。
「……幸せは……追えば、逃げる……イタストロアの古い言い伝えだ」
「でも、幸せはじっと待っていても向こうからは来ません……やはり、追い掛けないと」
逆光の中、ビアンカの言葉は輝きに満ちていた。
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一度モネコストロに戻りメグやケイトに会って行けば、と言うツヴァイの申し出を穏やかに断った十四郎は、ローベルタ夫人の元に急ぐ事にした。
「すみません。駆け付けて頂いて、直ぐに引き返すのは大変でしょうが……まだ、終わった訳ではありませんから」
「そうですか。それでは参りましょう」
ツヴァイは直ぐに同意した。
「え~、直ぐにですか?」
「何だ? 嫌なのか?」
ノインツェーンは大きな溜息を付くが、リルの挑発に速攻で乗った。
「嫌な訳ないだろ! 十四郎様の行く所、私はどこまでも付いて行く!」
「お前なんか、ただの足手まといだ」
「何だと?! ここで決着を着けるか!」
「お前等、その元気は帰りの道中に取っておけ……」
呆れ顔のココが仲裁に入った……まだ、茫然と立ち尽くすマリオを置き去りにして。
「行ってもいいですよ」
「私は……」
ブランカは穏やかに微笑むが、ローボは顔を背けた。
「ルーを残して来たのでしょ? ならば、迎えに行かなければ」
「それは、そうだが……」
それでもローボは、ブランカと視線を合わせようとしなかった。
「私は大丈夫です……十四郎とビアンカを見守ってやって下さい」
「……行って来る……レオ」
「御意」
顔を背けながらローボが言うと、ブランカは優しい笑顔を向けた。そして、レオは深く頭を下げた。
「シルフィー、競争だよ!」
「今度は負けないから!」
アルフィンは風の様に走り、シルフィーも神速で後を追う。続くローボも稲妻の様な走りだったが、後から追い掛けるツヴァイ達は、全員が同じ様な悲鳴を上げた。
「付いて行ける訳ないだろ~!!」




