鬼斬り十四郎
国王アレクシスは、穏やかな笑みを浮かべ満足そうにしていた。隣に立つエオハネスは、逆に心配になる。
「あの者、魔法使いと呼ばれておる様じゃが?」
「はい、その様で御座います」
「エオハネスよ、心配は無用じゃ……こんなに気分が良いのは久しぶりじゃ」
久々の国王アレクシスの穏やかな笑顔は、エオハネスの気苦労を取り払う。
「そうよ、エオハネス。魔法使いは、幸せをもたらします」
王女リシェルも優しい笑顔を向ける。
「余は、この国の民とリシェルが幸せなら、それで良いのじゃ……エオハネス、そちには苦労ばかり掛けて、すまぬのぅ」
「勿体無いお言葉、このエオハネス。陛下の御為ならば……」
「エオハネス……見よ、民の喝采を……」
エオハネスの言葉を途中で遮り、穏やかにアレクシスは微笑んだ。
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最後の戦いの後、ライアは暫く動けなかった。舞う様な美しい動きの中で、十四郎は相手を倒した。並み居る強豪と戦い、傷どころか身体に触れさせもしなかった。その速さと圧倒的強さは、ライアを虜にした
「バンス、アルフィンを魔法使い殿に贈る」
「姫様、天馬はフランクル王への献上品ですが?」
一応言っては見るが、焦るバンスは汗を拭きながら献上品目録を必死で捲る。言い出したら聞かないライアだから、フランクル王への代わりの献上品を探さなければならない。
十四郎の試合はライアの胸中を複雑に攪拌していた。客観的に分析しても、苛々がつのるばかりで答えなんて分からない。だだライアの中では、今回の一番の試合は馬術だった。勿論、感動や驚嘆とは少し違う、近い言葉にするなら多分……嫉妬。
そして、シルフィーがビアンカの馬である事を知った時点で、ライアの行動と方向性が決定した。シルフィーより良い馬を十四郎に贈る、その後の事は考えてないが取り敢えずビアンカに一太刀浴びせる、それしか考えられなかった。
「後は、贈る機会じゃ……表彰式ではつまらん。バンス、何か良い機会を考えよ」
ライアの言葉に、バンスはまた頭を抱えた。
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表彰の式典が盛大に行われ、大観衆は惜しみない喝采と声援を十四郎に送った。胸の痛みは消えた訳では無いが、ビアンカの言葉が十四郎を救っていた。
「十四郎、あなたはメグちゃんやケイトさんを救いました。あなたは間違ってません、正々堂々と戦い、勝ったのです。ここで俯くと、今まで戦って来たこと全てを否定することになります……顔を上げ、何時もの十四郎に戻って下さい」
式典は盛大に終わったが、ビアンカはマントを渡すタイミングに戸惑っていた。冷や汗とドキドキ、焦りと緊張が同時に襲う。包みを持ったまま、熊の様にウロウロするだけだった。
「十四郎様、ビアンカが優勝の贈り物をお渡しします」
見兼ねたリズが助け舟を出し、背中を押して十四郎の前までビアンカを連れて行く。強引なリズに振り返り、少し微笑むと自然に言葉が出た。
「これ、良かったら……」
「ガリレウス様が仰っていたものですね」
受け取る十四郎は、何時もの十四郎に近かった。
「背中の紋章は、ビアンカの手縫いなんですよ」
「リズ!!」
笑顔のリズに、耳ま赤くなったビアンカが大声を上げた。十四郎が包みを開けると、そこには青く輝くマントがあり、その背中には十四郎の家紋があった。
「見事な品です、ビアンカが殿。家宝に致します」
深々と頭を下げる十四郎に、ビアンカの心臓が爆発しそうになる。その時、急に黒いマントに身を包んだ者が十四郎達の前に出た。仕草や身のこなし、十四郎には確かに見覚えがあった、祖国日本の孤高の集団……それは、忍だった。
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黒いフード付きのマントを外すと、緑の黒髪が現れる。涼しい瞳と、一文字に結んだ小さな口元、明らかな日本人を伺わせるその女は、まだ十代後半に見えた。
「探した……」
少し震える声で十四郎を睨む娘は、その瞳は明らかに敵対心で燃えていた。
「誰だ?!」
察したビアンカが前に出るが、その容姿に十四郎との接点を見出し、心は正直揺れた。
「そいつは魔法使いなんかじゃない」
「十四郎のこと、知ってるのか?」
剣に手を掛け、ビアンカは叫ぶ。
「鬼斬り十四郎……そいつは戊辰戦争のおり、我が会津藩を苦しめた……私は会津藩御用隠密、中里新八が妹、中里七子」
十四郎を睨み付け、七子は声を押し殺した。十四郎は曖昧な顔で、七子を見返す。
「オニキリ?……」
言葉の意味が分からなくても、前に十四郎から聞いた革命の戦いが頭を過る。ビアンカには何故か不安の様なものを感じた。
「鬼は悪魔や魔物みたいなものだ」
七子はビアンカに向き直り、鋭い視線を送った。
「ならば、悪を斬ると言うこと」
ビアンカも負けない視線を返すが、七子も睨み返す。
「戯言を……そいつに斬られた兄上が、悪だと言うか?」
「仇討、ですか?」
穏やかな十四郎の声に、ハッとなった七子は今度は十四郎を睨む。
「鬼斬りに挑む程、愚かではない。必ずや、お前を倒す者を見付ける。首を洗って待つがいい」
そう言い残し、七子は群衆の中に消えた。ビアンカは十四郎の顔色に事の顛末を占おうとするが、悲しそうでもあり、どこか遠くを見ている様でもあり、何も分からなかった。そして七子の言った言葉”オニキリ”が頭の中で反復する。
十四郎の圧倒的強さを目の当たりすれば、確かに悪魔でも斬りそうだと思う。でもそんな恐ろしい男が、あんな悲しい眼をする訳はない……ビアンカが思い浮かべるのは、十四郎のぎこちない笑顔だけだった。




