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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第四章 発展
235/347

逆さ十字架の紋章 ※

 その紋章には、見覚えがあった。


「初めて、お目に掛かりますね」


 初老の男は、顔中の白い髭を触りながらアウレーリアを出迎えた。


「解毒薬を探しています。あなたなら、どんな解毒薬でも調合出来ると聞きました」


 男の名はゼンダー……アルマンニ屈指の毒薬の大家だった。


「ここに来るまで、何人死にましたか?」


「何人? さぁ、覚えてません」


 ゼンダーの問いに、アウレーリアは全く表情を変えずに答えた。


「私は直接手を下す訳ではありませんが、私の毒薬で数えきれない程の人が死に至りました……」


「失明させる毒です……」


 ゼンダーの話など全く聞いてないアウレーリアは、一言だけ言った。その後は静寂が空間を支配し、時間が息詰まる程にゆっくり流れた。


「私を殺せば、解毒薬は手に入りませんよ」


 長い沈黙の後、アウレーリアの唇が動く一瞬前にゼンダーが先に言った。


「どうすれば?」


 瞬間にゼンダーを真っ二つに引き裂く光景が、アウレーリアの脳裏を霞める。だが、同時に十四郎の声が耳の奥に蘇った……”アウレーリア殿を見てみたい”……。


「余程、解毒薬が欲しいのですね……私が聞き及んでいる、あなたであれば私はもう死んでますね」


「欲しい……です」


 小さく呟いたアウレーリアは、暗い部屋の中でも分かるくらいに頬を染めていた。


「分かりました……毒を受けた人の特徴はありますか?」


「……瞳が銀色になりました」


 頷いたゼンダーは奥の部屋に行って、解毒薬のレシピを持って来た。


「これらの薬草に、白い狼の血を混ぜて下さい……出来れば狼は、雌の方が良いでしょう」


「白い狼ですか?」


「モネコストロに聖域の森があります。そこに、雌の白い狼がいると聞きます」


 レシピを受け取り、背中を向けるアウレーリアにゼンダーが言った。


「本当は普通の人なのかもしれませんね……あなたは……」


「そうですか?」


 振り向いたアウレーリアは、自然な笑顔を向けた……それが、ゼンダーの見た最後の映像だった。


___________________________



 多くの人々に取り囲まれ、ビアンカ自身も唖然とするしかなかった。途中からは何も言わなくても人々は集まって来た……それはとても不思議な感じで、自分を見てる多くの顔が笑顔だと言う事もビアンカを困惑させた。


「……十四郎……」


 多くの笑顔は急に十四郎の事を思い出させる。そして、ビアンカは大切な事を思い出した。


「それでは、自分達はどうすればいいんですか?」


「何から始めれば宜しいか?」


「取り敢えず、如何致しますか?」


「えっ……それは……」


 矢継ぎ早の質問。言葉がでなかった……そう、ビアンカはこれから、と言うより今から何をすればいいのかなんて、見当もつかなかった。


 質問は数を増すばかりで後退るだけのビアンカだったが、助け舟はロメオが出してくれた。


「私は魔法使い十四郎様の名代を務めるロメオだ。戦いのない世界を作る為に協力してくれる事に感謝する。まずは、我々の本拠地に移動、その後に今後の事を皆で議論する。意見は存分に出して欲しい、我々には身分の上下などない……全てが平等なのだ」


 周囲から歓声が上がった。


 結局、フランクル軍の大半も加わり、総勢は数千名になった。ロメオは軍団を率いて、アリアンナが用意した本拠地に移動を開始し、先回りして体制を整える為にアリアンナやダニー達、リズやラナ達も先行して出発した。


「十四郎は?」


 騒ぎが落ち着くと、ビアンカは当然聞いて来た。


「十四郎は、急用が出来て……」


 ビアンカの瞳は潤みを帯びていて、思わずマルコスは口籠った。


「ビアンカ様、大切な用事なのです」


「そうです、とても大切な……」


 ツヴァイも慌てた口ぶりで、ココも言葉を詰まらせた。


「私も行きます……シルフィー!」


 静かな声でそう言うと、ビアンカはシルフィーを呼んだ。シルフィーは直ぐにやって来たが、皆と同じ様に言葉を濁した。


「ビアンカ、行かない方がいいよ……」


「どうして? どうしてなの?」


 シルフィーの首に縋り、ビアンカは泣きそうになる。


「行ってはダメです……十四郎様の行く手には、あの女がいます……」


 俯きながらノインツェーンはビアンカの袖を取った。


「ごめんなさい……それなら尚更行かないといけません」


 優しくノインツェーンの腕を解き、涙を我慢したビアンカは掠れる声で言った。


「どうしても行くのか?」


 リルはビアンカの顔を強い視線で見詰めた。


「はい……私は十四郎の為に……戦ってる……ので……」


 唇を噛んだビアンカの瞳から、宝石の様な涙が流れた。その美しい涙とビアンカの様子は見ている者全てを切なくさせた。


「そう、言われると思ってました……済まないが皆……」


 マルコスはツヴァイ達の方に頭を下げた。これまで何度もビアンカは十四郎の元に駆け付けた、記憶を失う前も失ってからも……それを止める事は誰にも出来ないと、マルコス自身も分かりきっていた。


「お任せ下さい」


 ツヴァイを先頭に、全員の顔には決意があった。


「ですが、ビアンカ様……これだけは覚えて置いて下さい。今のあなたは十四郎と同じくらいに大切なお体です……今度の数千名は、あなたに従ったのですよ、くれぐれもその期待を裏切らぬ様にお願いします」


「はい……」


 ビアンカの脳裏に笑顔の数千名が浮かんだ。


「師匠、ビアンカにあまりプレッシャーを与えないで!」


「そうですよ。リルなんかと違ってビアンカ様は繊細ですから」


 リルはマルコスに本気で頼むが、例によってノインツェーンに茶化された。


「何だと? もういっぺん言ってみろ……」


「おう、何度でも言ってやる……」


 当然いつものケンカが始まり、慌ててツヴァイとココが仲裁に入った。


「ビアンカ大丈夫……」


「ええ、大丈夫」


 シルフィーは優しく鼻を寄せ、ビアンカは小さいが決意のこもった声で返事した。


___________________________



「七子様……決着がつきました」


「そうか……」


 報告するドライだったが、七子は平然と一言だけ言った後は何も言わなかった。


「どちらが勝ったか、聞かないのですか?」


「魔法使いに決まってる……戦場の多くは、魔法使いに従ったんだろ?」


 少し声を落としドライは聞くが、七子は平然と即答した。


「何故、お分かりに?」


「そうでないと、困るからな……」


 七子は口角を上げ、口元だけで笑った。


「と、仰いますと?」


「お前は、どう思う?」


 反対に七子が聞いた。


「アルマンニの兵力を削ぐ事は、我等の計画に都合が良い……ですか?」


「王直属の軍勢は今だ強大だ……その中でも、アールザスに派遣されていたのは一二を争う強力な軍勢だ。これが無くなるのは、我らには都合がよいのだ」


「はっ……」


「アルマンニを取る……それが、計画の第一歩だ」


 七子は壁一面の大陸図を見ながら、怪しく笑った。


_____________________________



「陛下、アールザスに派遣した軍勢が消えました」


「消えた?」


「はい、跡形もなく……」


 大司教ガーランドの報告に、ヴィルヘルム3世の顔色が変わった。


「敵はどうした?」


「それが、敵の大多数も消え、残りも撤退した模様です」


 ガーランドの声は少し震えていた。


「リヒトはどうした?」


「それが……」


「言ってみよ」


「帰還後に姿を消しました……黄金騎士も一人を失いましたが、帰還の後に同じ様に姿を……」


「全てか?」


「はい……」


「敵はフランクル軍だけではなかったのか?」


「はっ、モネコストロの魔法使いが参戦したとの報告があります……それに……」


「続けよ」


「戦場にはアウレーリアも現れて、敵味方区別なく惨殺を繰り返した……と」


 ヴィルヘルム3世は、手にした王笏を小刻みに震えさせた。脳裏には、逆さ十字架の紋章が血のように赤く投影された。


「我が魔法使いに付けた監視は?」


「それが、何の動きも報告して来ません」


「監視を強化せよ。リヒトや黄金騎士も探し出せ」


「御意」


 胸騒ぎがヴィルヘルム3世を包み込む。今までは七子の言う通りに運んで来た、皇帝と言う野望が近付いていると信じて来た。そして、用心深く細心の注意を払い七子の事は警戒しているつもりだった。


 ここに来て、動かなくなった七子の事にも不安を募らせるが、何よりモネコストロの魔法使いの存在が静かに、ゆっくりとヴィルヘルム3世を圧迫し始めていた。


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