魔の手
「何て事だ……」
副官が呟いた時には、リヒトの周りには数人しか残っていなかった。
「グラーフは死んだ……エリーゼとバラッカは生きてるが、戦闘不能だ」
ノヴォトニーは腕を押さえ、苦しそうに呟いた。
「あなた方はどうします?」
振り向いたリヒトは無表情で聞くが、ノヴォトニーは強い視線を返した。
「我等は黄金騎士、敵に下るなど有り得ない……それに、魔法使い受けた屈辱は敵のままでないと返せないからな……一度引いて、機会を窺う」
「そうですか」
「貴殿は如何する?」
リヒトは無表情のままノヴォトニーを見ていたが、質問の返答はなかった。ノヴォトニーは踵を返し、エリーゼ達を連れ数人で戦場を離脱して行った。
戦場は戦場ではなくなっていた。敵味方に分かれて戦っていた者同士が和やかに雑談していた……それは、とても不思議な光景だった。
「何だか、行く末を見てみたくなりました……」
傍に立つ副官に、リヒトは呟いた。
「私は、リヒト様に従います」
「勘違いしないで下さい……加わると言う事ではありません……ただ、見ているだけですよ」
「それでは、この後は?」
「帰りますか……取り敢えず」
「はっ……」
副官は残った兵士に号令を掛ける。そして、リヒト達も戦場を後にした。
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「夢でも見ている様だ……」
「確かにそうですな」
唖然と呟くマルコスに、アランも同じ様に頷いた。
「本当に魔法ですね」
そこにロメオ達も合流し、ロメオはアランと強く握手を交わした。
「元、パルノーバ守備隊のロメオです」
「ご高名はかねがね承っております。私はフランクル東面軍指揮官アランです」
「ほう、猛将アラン殿でしたか」
両雄の握手は続き、マルコスは不思議な感覚に包まれた。本来なら国の存亡を賭けた戦いで相見えるはずの両雄が、固い握手を交わしているのだから。
「ビアンカの傍に行かないの?」
「今は、いいです……」
アリアンナに促されるが、リズは少し笑いながら答えた。
「そう……」
遠くビアンカのいる方角には、まだ人の輪が大きくっている所だった。小さな溜息のアリアンナだったが、その心理状態は平穏で安らかだった。
「現実なんだな……」
呟くツヴァイだっが、胸の中に渦巻く不安は消せないでいた。
「そうみたいだな……」
同じ様に呟くココは、少し心理状態が違っていた。
「敵わないなぁ~ビアンカ様……スケールが違い過ぎるよ」
「お前の尺度でビアンカを図るな、おこがましい」
「何だと?」
「分からせてやろうか?」
腰に手を当てたノインツェーンの呟きにリルが突っ込み、何時ものケンカが始まった。
「……ホント……敵わないですね」
小さかったが、ラナの声はケンカを始めた二人を簡単に止めた。
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「凄いですね、ビアンカ殿」
「全くだな……」
見詰める十四郎は感慨深く呟き、ローボも同じ様にビアンカに視線を向けた。
「どうしてだと思う?」
「私には分かりません」
ローボの問いに十四郎は分からないと答えるが、その表情は嬉しそうだった。
「ビアンカは多分、意図していない。何の下心もない……否、あるかな」
「下心ですか? ビアンカ殿が?」
「ああ、全てはそこに集約する……お前を、助けたいと言う事にな」
ローボの言葉は十四郎の胸を、太い槍で貫いた。それは十四郎にとって、掛け替えの無いモノだった。
「私なんかの為に……」
「全てに代えて、自らの命に代えてビアンカは、お前を守ろうとするだろう……そうさせない為にも、お前は生きなければならない……分かるな」
「……はい」
返事は小さく消えそうだったが、十四郎の決意は山より高く、海より深かった。
「どうして?」
震える言葉に振り向くと、そこにはゼクスに支えられたアインスがいた。
「アインス殿……」
「どうしてアウレーリアは去ったんだ!?」
興奮気味のアインスは、残った手で十四郎の胸ぐらを掴んだ。
「頼み事をしたのです。私の目が治る解毒薬を探して欲しいと」
「それをアウレーリアが承知したの?!」
「ええ」
頭の中が一瞬、真っ白になったアインスは地面に膝を付いた。
「お前の目論見は外れたな」
「そうだね……アウレーリアは計算通りにはいかない」
牙を光らせるローボに、アインスは小さく答えた。そして、長い沈黙が続いた……。
「そうだ……」
暫くの後、急に立ち上がったアインスは茫然と呟いた。
「どうした、次の策略でも思い付いたか?」
「狼なんてどうでもいいけど……魔法使いには、まだ協力してもらわないといけないから」
吐き捨てる様なローボの言葉など無視し、アインスは十四郎の方に向き直った。
「アインス殿、何か嫌な予感でも?」
直ぐに十四郎は察知する、アインスの只ならぬ様子を。
「解毒薬はつくれるよ……アルマンニの森で取れる薬草で……でも、それだけでは足りない……」
「足りないモノとは?」
嫌な予感が十四郎を包み込んだ。
「……血さ……白い狼の……」
「何だと!?」
勢いよく立ち上がったローボが、アインスに飛び付き馬乗りになった。
「あなたの妻は、確か白い狼……そうだよ、雌の白い狼の血が必要なんだ」
「ローボ殿、ご一緒します」
アインスの言葉を受けた瞬間、十四郎はローボに言った。
「このまま、この場を去るのか? 一番大切な時だぞ」
「一番大切なのは、ブランカ殿ですよ……少し待って下さい」
十四郎はそう言うと急いでマルコス達の元に行き、直ぐにアルフィンに跨って帰って来た。
「さあ、行きましょう」
「勝手にしろ……」
フンと吐き捨てたローボは聖域の森に向けて走り出した。




