濁流
アウレーリアを避け、一旦軍勢を引いたアランだったが敵も同じ様に引いてる事が気になった。
「敵も引いている……」
「アウレーリアには敵も味方もありませんから」
マルコスは大きな溜息と一緒に呟いた。
「あなたはアウレーリアを見た事がありますか?」
「いえ、直接は……」
アランの態度は見てみたいと言う事が、前面に出ていた。
「行ってみますか?」
自分自身も興味があるマルコスは、思わず同調した。直ぐに直衛の手練れを連れ、マルコスとアランはアウレーリアのいる方向に向かった。
「アラン様、我々は?」
「今の体制を維持しろ、直ぐに戻る!」
心配顔の副官に向かって叫んだアランは、マルコスと共に馬を走らせた。
「あそこです」
戦場は広いが、直ぐにアウレーリアらしき人影を見付けたマルコスは指差した。だが、アランの目には戦う二人の姿が視界に飛び込む。
「どちらがアウレーリアですか?」
信じられなかった。アウレーリアは最強で、互角に戦える者などいないと思っていたから。
「ビアンカ様……」
茫然と呟き直ぐに答えられないマルコスの目には、互角に戦うビアンカの姿が陽炎の様に浮かんだ。
「マルコス殿?」
その様子はアランを動揺に導くが、更に疑問が渦高く形成される。
「あの紋章……」
アウレーリアの鎧の胸にある逆さまの十字架が、マルコスの体温を急激に下げた。
「あれがアウレーリア……ならば、相手は?」
アランも聞いた事があった。逆さまの十字架に対する、恐怖の伝説を……。そして、そのアウレーリアと互角に戦う者の素性が、アランを深い混乱で包み込んだ。
「モネコストロ近衛騎士団の、ビアンカ様です」
聞いた事はあった。だが、それは強さと美しさを兼ね備えた女騎士と言う事であり、どちらかと言うと”美しさ”の方が先行していた。
だが、目前のビアンカの剣には凄みさえ追い越す威圧感があった。アウレーリアの超速の剣を簡単に受け流し、その受け身の態勢から攻撃さえ仕掛けているのだった。
「ビアンカ殿は、そんなに凄い剣士なのですか?」
自身でで見た現実を信じられないアランは、小刻みに体を震えさせた。
「……私の知ってるビアンカ様は……」
マルコスも自分の目が信じられなかった。
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完全に手応えがあるのに自分の剣が受け流され、それだけでなく反撃も受ける。しかもその反撃は、全力に近い動きでないと躱せなかった。
「どうして……」
呟く言葉は疑問でしかない。アウレーリアは十四郎と戦った時の事が、頭の中でフラッシュバックしていた。しかし、気持ちは違った……。
十四郎と戦った時は確かに感じていた。それは経験した事の無い”喜び”にも似た昂揚感であり、同じ様に自分と互角に戦うビアンカには違う感覚に包まれていた。
それが何かと尋ねられてもアウレーリアは言葉には出来なかったが、ただ一つ言えるのは……好ましいモノではないと言う事だった。
美しい顔を歪め、互角に剣を繰り出すビアンカに対する”怒り”みたいなものが次第にアウレーリアを支配する。意識しなくても、アウレーリアの剣は次第に速さを増した。
「……凄い、ビアンカ様……アウレーリアの剣に負けてない……」
ツヴァイの目には目前のビアンカが、完全に十四郎と重なっていた。
「同じに見えるのか?」
気付くとローボが隣りにいた。
「ローボ殿……ビアンカ様のあの動きは?」
「ビアンカの今の腕で互角に戦えるはずは、ないのだがな……」
率直なツヴァイの疑問に対し、ローボも否定的に答える。
「なら、何なんだ?」
背中を覆う悪寒を感じながら、リルは吐き捨てた。
「フン、知るか……」
ローボも吐き捨てるが、直ぐにツヴァイが身を乗り出す。
「ビアンカ様は十四郎様の為に、持てる力以上の……」
だが、言葉は続かない。その先には最悪の結末が、漆黒の闇を引き連れて澱んでいた。
「……限界での戦いは……直ぐに破綻する」
「貴様! 何を!」
「よせっ!」
呟くマリオの胸ぐらを掴んだツヴァイを、慌ててココが止めに入った。
「……ビアンカ様は大丈夫」
ノインツェーンは肩を震わせ、リルがそっと手を握った。
「十四郎が来ないんだ……それはビアンカ様を信用してるって事だ」
リルの言葉はノインツェーンや他の者を救った。
「気を抜くな……」
自分に言い聞かせる様に低い体勢を取ったローボの声に、ツヴァイ達は万全の姿勢で身構えた。
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十四郎はたった一人で戦場を支配していた。取り囲む敵の輪は、倒れた者の数と比例して大きくなるが、十四郎は刀を止めなかった。
「何と言えばいいのか?……」
ロメオは言葉が続かない。十四郎が通り過ぎる度に倒れる敵兵を見ながら、頭の中では一つの言葉が何度も往復する。
その言葉は紛れもなく”魔法使い”で、他の皆も多分同じだろうとロメオはボンやり思った。
「疲れないのでしょうか?」
呆れ顔のナダルだったが、リズは笑顔で答えた。
「疲れるに決まってます。でも、十四郎様は戦い続けます……皆の為に……」
「私達は見守るしか出来ない……でも、十四郎は必ず叶えてくれます……」
ラナも声を漏らす。
「ならば、少しでも出来る事を……敵は浮足立ってる! 少しでも削れ! 両翼! 蹴散らせっ!」
「続けっ!!」
ロメオは号令を掛ける、アリアンナは直ぐに先頭で出る。士気の上がったアリアンナの部下達は一斉に攻勢に出た。
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「ロメオ様! 敵の本陣をご覧ください!」
ビアンカとアウレーリアに気を取られていたアランに、マルコスが叫んだ。半数が十四郎に引き付けられ、アウレーリアに中央を掻き分けられた敵の布陣は完全に隙を見せていた。
「まるで道ですな」
遠く本陣を見渡せる状態に、アランも笑みを漏らす。
「行きましょう! 今なら落とせます!」
「確かに!」
歴戦のアランは直ぐに呼応し、味方の方にに取って返した。そして、待ち受ける副官に向かい大号令を掛けた。
「全軍突撃! 一気に敵、本陣を突く! 周囲に構うな! 続けっ!!」
フランクル軍はアランを先頭に、一気に攻勢に出る。その勢いは凄まじく、まるで津波の様に敵陣を目指した。混乱するアルマンニ軍は成す総べなく、道を明け渡した。
目前に道が出現し、敵軍が怒涛の進撃を開始した様子がリヒトの目にスローモーションで浮かんだ。暫くの思考停止がリヒトを襲うが、副官の叫びで現実に引き戻された。
「リヒト様! 正面から敵! 防御間に合いません!!」
「全軍正面に! 押し返せ!!」
馬に跨ったリヒトは叫んだ。だが、その視界には押し寄せる大軍ではなく、アウレーリアの戦う方角に支配されていた。
一気に動き出す戦場……混乱と混沌が、全ての者を飲み込む。それは個人の意志とは関係ない濁流となり、空間を覆い尽くした。




