それぞれの戦い 3
違和感は次第に大きくなっていく。確かに十四郎は強い、アウレーリアにも匹敵する強さだと実感出来るが、ノヴォトニーには目前の十四郎が分からなかった。
だが、ふと感じた……剣を繰り出す十四郎に無いモノ……それは”殺気”だった。命懸けで剣を交えるなら必ず感じる”気”。それは、まさしく相手の命を奪う事で得られる完全な勝利。
『なら、何の為に戦う? 何のつもりで戦ってる?』
脳裏には疑問が山の様に浮かんだ。だが、最大の疑問は十四郎の意志が、自分以外にも向いている事だった。
「余裕だな……それとも、集中しなくても私に勝てるとでも?」
一旦離れたノヴォトニーは、少し怒りを含む表情で十四郎を睨んだ。
「申し訳ありません」
素直に頭を下げる十四郎の態度は、ノヴォトニーに違和感を越えて見下されてる様な感じを植え付けた。
「こちらだけを向かせる」
剣を握り直したノヴォトニーは、呟くと同時に跳んだ! 小手調べは終わりだと放つ剣の凄まじさは、速さと威力を増して十四郎に襲い掛かる。だが、上背も体力も勝るはずのノヴォトニーの剛剣は、火花を散らし受け止められた。
相手の強大な力を受け流す事無く力で相殺する。十四郎は両腕の筋力、背筋力と腹筋力、そして打ち込む際にの強烈に地面を蹴る脚力までも刀に込めていた。
『何だ、この力は!』
力こそがノヴォトニーの自信であり最大の自我同一性だったが、渾身の一撃を受け止められた事は今までに無い衝撃だった。総合力ではアウレーリアに劣ると自覚しても、力だけは負けない……それが、ノヴォトニーにとって唯一残された自己保全だったのだ。
鍔迫り合いでも、十四郎は負けずに押し返す。こんな華奢な男の何処に、自分に対抗出来る力があるのか? 新たな疑問と自分自身への呵責がノヴォトニーを追い立てた。
しかし、十四郎はいとも簡単に引くと、ノヴォトニーは勢い余って前につんのめる。だが、そこは想定の範囲で、次の攻撃に備える……はず、だった。
十四郎は引くと同時に更に前に出た! とても剣を振る空間さえ無い至近距離で、ノヴォトニーは横腹に激痛を感じた。
刀の長さを打ち消す為、十四郎は瞬間に肘を畳み、手首を捻り、柄を先に振る要領で振り抜いたのだった。遅れて刀の刀身が、まるでノヴォトニーの横腹をなぞる様に振り抜かれた!。
なぞるだけなら破壊力は無いのだろうが、十四郎は刀身に微妙な角度を与え、打撃力を発生させていた。それに加え、神速の振り抜きが更に破壊力を増す引き金となっていた。
苦痛に顔を歪めるノヴォトニーだったが、それで終わりではなかった。一旦横方向に身を流した十四郎は、神速でキックターン! 更に反対側の横腹を打つ! ノヴォトニーの反射神経を凌駕した打ち込みは、見事に鎧の反対側を切り裂いた。
息が止まる衝撃。ノヴォトニーの鎧は両側が激しく凹み、肋の損壊を招いていた。
「これが……実力か?」
猛烈な痛みの中、ノヴォトニーは十四郎を睨む。だが、その視線の先には今までに無い感じの雰囲気を出す十四郎の姿があった。
一見変わらない様に見えて、十四郎の口元は微かに笑ってる様に見えた。
『お前らしくないな』
脳裏のローボの声が低く響いた。
『私らしくないとは?』
『相手は命懸けの真剣勝負を挑んでいる。武闘大会にでも出てるつもりか?』
十四郎は、ハッとした。強い相手に出会い、自分でも気付かないうちにココロが舞い上がっていたのだ。真剣勝負の場で、それは相手にとっての無礼の極みだった。
『すみません……私は……』
『それに、ビアンカや他の者達にも注意が行っている……任せてやれ。大丈夫だ、あいつ等は』
『はい……アインス殿も来てくれたようですし』
『何を考えてるか分からない奴だが、信じるのか?』
ローボの声には怪訝感が混ざっていたが十四郎は、はっきりと言った。
『今のアインス殿は、前とは違います』
『そうか……』
ローボの声は、静かにフェードアウトした。
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「ツヴァイ!」
一目散に走るツヴァイの背中にココが叫んだ。振り向き様、ツヴァイも叫び返す。
「マリオ殿の所にっ! 私はビアンカ様の元に行く!」
「そう言うと思ったけどな」
唖然とするココの肩を叩き、ゼクスは溜息交じりに言った。
「行くか?」
「バラッカは手強い。片腕だけの私では無理だ……銀の双弓の実力を見せてやれ」
「休んでろよ!」
座り込んだゼクスに止血用の布を投げると、ココはの凄い速さで走り出した。
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「まさか……」
目前で戦うビアンカの姿に、ツヴァイは唖然と呟いた。
「何しに来た?」
直ぐ様足元に来たローボは口角を上げ、ツヴァイは目を見張った。
「あの戦い方……まるで十四郎様だ……」
「記憶を無くす前より格段に強くなっている……それまでの蓄積した強さを一度白紙に戻し、見て来たのは十四郎の剣技だ。元々土台は出来ている、大地が雨を吸い込む様にビアンカは強くなった」
ローボの解説を聞いても、ツヴァイには信じられなかった。記憶を無くしてからのビアンカは近衛騎士最強の片鱗など、全く失っていたから……。
「それは分かりますが……」
「そして、あの女が更にビアンカを強くするだろう」
「アウレーリアですか? 流石にそれは……」
十四郎でさえ難しいアウレーリアに、ビアンカが対抗出来るなどツヴァイに信じられなかった。
「そうか? よく見ろ、ビアンカの剣を」
促され、改めてビアンカの剣筋を追うツヴァイは、直ぐに悪寒に包まれた。エリーゼの剣を受けるビアンカの動きが、次第に小さくなる。それは見切りであり、黄金騎士の剣を見切るなど、普通では考えられない事だった。
「……既に、越えているのですか?」
「ああ、今は落とし所を探っている」
「……」
言葉を無くすツヴァイに、ローボは急に言葉を固くした。
「誰の差し金か、大軍が十四郎に迫ってる。あの女も来るだろう……乱れるぞ、この戦場は」
ハッとしたツヴァイが遠くを見詰めると、大軍が巻き起こす土煙が真夏の入道雲の様に広がり始めていた。
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マリオの背中から自分目掛けて飛んで来る矢は、次第に速度を増していた。
『中々やるな』
心で呟いた途端、バラッカは反対側からの矢に反応が遅れ頬に一筋の血を滴らせた。それはココが放った一撃で、明らかな超高速の矢はバラッカを真剣にさせた。
「リル! 待たせた!」
叫ぶココに呼応して、リルは反対側に回り込む。二人の呼吸には打ち合わせなど無くても瞬間にピッタリと合致した。
両側から放たれる矢は、速度とタイミングを微妙に変えてバラッカに襲い掛かる。剣だけでは避けきれず身体全体で回避行動をするが、それはマリオにとって格好の機会だった。
「お前が決めろっ!」
リルはノインツェーンに叫んだ。目が慣れ始めたノインツェーンは、一撃の機会を慎重に待った。
三方同時からの攻撃は攻守のバランスを崩す。マックスの運動量が一線を越え、そこに放たれたのはノインツェーン必殺の三段突きだった。
マリオの身体を盾にして、その隙間から放たれるレイピアの先端がバラッカの肩先に刺さる。
「見事だ!」
叫んだマリオは同時に剣を振り下ろした。バラッカは片腕となっても、マリオの剣を跳ね返す! だが、そこにココとリルの矢が殺到した。流石のバラッカも、避けきれず数本が腕や脚に突き刺さった。
「銀の双弓……か……」
身体に刺さった矢を折りながら、バラッカは鬼の形相でココとリルを睨んだ。