それぞれの戦い 2
ビアンカは刀を振り上げながら、エリーゼに迫る。エリーゼの視界には風に弾ける金髪が光の粒を放ち、まるで羽の生えた様に舞うビアンカが映った。
一瞬、目を見開くがエリーゼは即時の臨戦態勢でビアンカの刀を受ける。だが、それまでと全く違う威力でエリーゼの腕を激しい衝撃で襲った。
『急に何故だ?!』
見切っていたはずのビアンカの力、見下していたビアンカの剣にエリーゼは戸惑った。そして考える暇を与えず、ビアンカの攻撃は続く。それまで受け流せたはずの剣は、次の動きまで抑制し、反撃の隙さえ与えない。
ビアンカは目前のエリーゼを通り越し、その後ろの十四郎に向かい刀を振っていた。様々な迷いや葛藤など、今のビアンカの刀には既に無かった。
『それでいい。十四郎を助けられるのは、お前だけだ』
ローボの言葉が脳裏で響く、ビアンカの身体に新たなる力が湧き出す。刀は、まるで腕の一部の様に感じられ、相手の動きが手に取る様に分かった。
焦りがエリーゼを包み込む。繰り出されるビアンカの刀を受けるだけで精一杯で、じりじりと後退するしか出来なかった。悔しさに噛み締めた唇から、一筋の血が流れ”血”の味が口の中で粘度を増して絡み付いた。
だが、思考の片隅では思い出したくもない屈辱感が脳裏を往復していた。それは紛れもなくアウレーリアとの戦いで、エリーゼは歯を食い縛り思考を彼方に追い遣った。
だが加速するビアンカの刀は速さと重さ、そして遂に”キレ”を発揮し始める。確かに受け流したと思っても、ビアンカの刀はエリーゼの剣に沿って力のロスを無くし、そのままの勢いで次の挙動に入る。
何度かは避けれらが、やがてビアンカの刀がエリーゼの肩付近にヒットした。当然峰打ちだが、打撃の衝撃よりもエリーゼには衝撃的だった。
「こんな!」
屈辱感が頂点に達する。刀を受けた事より、刃の無い側で撃たれた事の方が悔しかった。刃の方なら肩先を斬られてるのは確実だったから。
一旦下がったエリーゼは思わず肩に手をやった。鎖骨が折れた痛みより、目前のビアンカ対する怒りが勝った。しかし、自ら打ち込もうとしても棘の蔦で絡まれた様に身体が動かない。
エリーゼは自分が今、どう言う状況なのか? まるで思い浮かばなかった。
「人とは理解不能です。何故、急に力を増すのか?……」
側近の狼は大きな体を揺すって呟いた。
「そうだな……自分以外の者の為に強くなる……能力の限界を、いとも簡単に打ち破る……全く……理解不能だ」
小さく頷くローボも、独り言の様に呟いた。
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「どこに行くのですか?」
慌ただしく編成を終え、移動を開始した部隊を見届けるとアインスは立ち去ろうとした。その背中をリヒトは呼び止めた。
「魔法使いの所さ」
振り向いたアインスの表情は少し笑みを浮かべ、リヒトの思考を混乱させた。
「魔法使いを倒しに行くのですか?」
声が震えた。リヒトは期待を込めていたが、その返答は聞かなくても分かる気がしていた。
「ううん……助けに行くのさ」
「……言ってる意味が分かりません」
「分からなくてもいいよ」
そう言うと、アインスは背中を向ける。
「裏切るのですか?」
「裏切る? ボクは最初からキミ達の味方じゃないよ」
微笑むアインスの顔は、リヒトに悪寒を抱かせた。
「……目的は?」
「目的か……目的は……アウレーリア」
「アウレーリア? まさか……勝てるとでも?」
予想は付いた。アインスがアウレーリアを恨んでいるとの情報も掴んでいた……だが、利口なアインスが、そんな無謀な事はしないだろうと思っていた。
「勝てないよ……アウレーリアは特別だからね……でも、魔法使いも特別なんだ……それに賭ける」
背中を向けたままだったが、その肩は微かに揺れていた。
「どうしてそこまで?」
疑問だった。仲間を殺されたのが切っ掛けだろうが、知っているアインスなら仲間の死などに眉一つ動かさないはずだった。
「さあね……でも、今まで生きて来て……ツヴァイやフィーア、フェンフ達との生活は……楽しかった……一緒に魔法使いを倒す為に生活していたんだ……」
「……そうですか」
同じ目標持って一緒に戦う事で、アインスは目覚めたのかもしれない……”仲間”の大切さに。それを一瞬で失った事で、アインスは壊れてしまったのだろうとリヒトは思った。
元々は怪物と呼ばれ、初めから壊れていたのに仲間と出会い、生まれ変わった……だが、今度はもっと残酷に壊される……リヒトは改めて、アウレーリアの怖さを感じた。
「見れないのが残念だよ……アウレーリアの死に顔」
「……」
急に振り向いたアインスの笑顔はリヒトに、それ以上の思考と言葉を失わせた。
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腕を貫かれたゼクスはグラーフの剣が抜けない様に抱え込む。その行動は無言でツヴァイに突き刺さった。
ココは動きの止まったグラーフに渾身の連射を浴びせるが、瞬時に腕を捻ってゼクスの身体を盾にした。
「ゼクス!!」
見開いたツヴァイの目に、超高速でゼクスに迫る矢が映る! だが、その瞬間! 矢は四方に弾け飛んだ。そしてツヴァイが目を凝らすと、その先にはアインスの姿があった。
アインスはゼクスに蹴りを見舞う。グラーフは咄嗟に腕を放すと後方に跳ぶ! だがアインスの剣が見えない速度で襲い掛かる。
知ってるアインスの剣とは明らかに違う、グラーフは口角を上げながら全ての攻撃を受け流した。アインスはツヴァイがゼクスを抱えて下がった事を気配で察知すると、一旦間を空けた。
「前とは違うな」
グラーフは一旦剣を降ろすと、不敵に笑った。
「そうかい?」
アインスもまた、剣を下げて微笑んだ。
「アインス! 何故だ?!」
全く意味の分からないツヴァイが叫ぶと、アインスはゆっくりと振り返った。
「君たちが死ぬと、魔法使いが協力してくれないかもしれないからね」
「ならば、ビアンカ様を!」
思わずツヴァイに、アインスは静かに言った。
「大丈夫みたいだよ……君たちの方が余程危ない……おっと、イタストロアの騎士達も危なそうだけど」
我に返ったツヴァイがマリオ達の方を見ると、明らかに苦戦している姿が目に飛び込む。
「いいから行きなよ……ここはボク一人で十分だから」
その言葉にはツヴァイより早く、グラーフが反応した。その顔には呆れと言うより、怒りが混ざっていた。
「全く……舐められたものだ……」
グラーフが吐き捨てた途端、アインスが剣を繰り出す。その速さはグラーフの反応速度を超え、頬を切り裂いた。しかし、そのまま次の攻撃を予測するグラーフは直ぐに臨戦態勢を取るが、アインスは簡単に間を空ける。
「キミの目は節穴? 今のは全力じゃないんだよ」
「そうだな、訂正しよう……前と変わらない」
明らかに見下すアインスの言葉を受け、グラーフは身体全体から闘気を陽炎の様に浮かび上がらせた。
「黄金騎士……俺達、見誤っていたのかも……」
グラーフが放つ、その闘気はココを後退らせる。
「それより……何なんだ、アインスの奴……」
ツヴァイにはアインスの方が恐ろしく感じた。
「全く違う……もう青銅騎士じゃない……黄金騎士だ」
頷くゼクスも、全身の鳥肌を押さえられずに呟いた。




