武闘大会 剣術2
闘技場中央で向かい合う二人、会場も息を呑み静寂に包まれる。ゆっくりと十四郎は刀を抜き、右足を少し引き体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げた。正面に刀を構えない為、相手には間合いを分かりづらくする。
レオンは背中のクレイモアを抜き、右手に持つと肩に背負う。そのまま左手を添え、柄を絞る様にして力を込める。躍動する両腕の筋肉は規則的に波打ち、タイミングを計る様に呼吸と同調させる。
相手の腕の動きだけに視線を集中し、耳は脚元の音だけに向ける。自らは微かな音も立てずに間合いを詰め、十四郎はレオンの動き出しを待った。
呼吸が整うとレオンは大きく息を吸い、ゆっくりと右足を引く。地面に靴を押し付け、その抵抗が最大になった瞬間、思い切り地面を蹴った。飛び出す身体、そのまま肩に担いだクレイモアを十四郎に向けて一直線に振り降ろした。
相手が動く、下から降り上げた刀で受け流そうとした瞬間、二本の短剣がクレイモアの振り下ろしよりも先に飛んで来る。十四郎は柄で受けると、そのまま下方からクレオモアを受け流し、横に飛んだ。
「ほう、あれを避けるとは」
横に飛んだ十四郎を追わず、受け流されたクレイモアをもう一度肩に担いだレオンは、口元だけで笑った。しかし、横に飛んだ十四郎は、そこから急反転、横向きに薙ぎ払う。一瞬腰を引くレオンだったが、横一閃の刀が鎧の横腹を切った。
火花と衝撃、鎧は切り裂かれ鮮血が宙を舞う。しかし、切っ先だけの打撃では表皮を割いただけでダメージは少ない。
「鎧を斬った……」
刀の切れ味に、驚愕するビアンカ。
「踏み込みが甘かったな、皮を割いただけだ」
並んで見ていたファルケンは口ではそう言ったが、指先には多少の震えを感じていた。
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十四郎は刀を立てて右手側に寄せ、左足を少し前に出して構える。そのまま左回りにゆっくりと移動する。
レオンは十四郎の動きに追随しない。五感だけで動きを察知し、肩に乗せたクレイモアを下すと両手で握り直し、低く構える。そして、気配が後に達した時、地面ごと下から薙ぎ払った。
土と砂が煙幕となる、小石が強烈な速度で襲う。十四郎は柄で目の部分だけ防ぎ、左手を上げ右手を下げ、砂煙の中から襲う横に払われるクレイモアを下向きの刀で防ぐ。衝撃は両腕を激しく叩くが、素早く身体を左反転せると、後方向へ力を受け流し、返した刀でレオンの右肩から袈裟切りにした。
攻撃したはずが次の瞬間の反撃、右肩に激痛が走るが傷は浅い。怒りが頭上から降りる、握り締めたクレイモアを刀を振り下ろした体制の十四郎に向ける。
上からの攻撃は素早く身体をかわし、横向きに振られたクレイモアは身を屈めて避けた。大振りになるクレイモアを掻い潜ると、十四郎はレオンの右太股に切っ先を刺し、後へ飛び退く。深さは浅い、刺した場所も筋は外していた。
レオンは雄叫びを上げると十四郎に突進した。鍔競り合いになると、遥かに体格で凌ぐレオンが有利で、ジリジリと十四郎は押される。その時、レオンは絞り出す様に呟いた。
鍔競り合いの最中、レオンが何か言った様だが距離がありすぎてビアンカには聞こえない。
「あいつ、何か言った……」
明らかに十四郎の動きが変わった、遠目でも目の色の変化が分かる。
「知りたいか?」
何時の間にか隣に居るマルコスが、視線を十四郎達に向けたまま呟く。振り返ったビアンカは、正直な気持ちで頷いた。
「多分、魔法使いは殺す気は無い……レオンに致命傷を与えず、行動不能にしようとした」
「えっ?」
ビアンカには、直ぐに十四郎の意図が分かった。
「だがな、レオンは言った。お前を殺した後、親子を殺しに行く。自分を殺さないと、あの親子は確実に死ぬ……と」
戦慄がビアンカを襲う。予想はしていたが、十四郎が真剣の試合を受けた訳がはっきり分かった。そして、言葉が出ず黙り込むビアンカにマルコスは続けた。
「死神レオンは残虐で、悪魔の様な奴だ……だが、嘘は付かない」
ビアンカは悟る。二人を助ける為に、一人を殺す……自分の時とは訳が違う……選択は一つしかない。少し前なら、人が死ぬ事は平気じゃないにしても、許容している自分がいた。しかし十四郎に出逢い、その人と成りや戦いを目にしてビアンカの倫理は変化していた。
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十四郎を力で突き放すと、レオンは腰のファルシオンを左手に持った。
「レオンは両手剣を自在に操る、奴の攻撃に防御は無い。攻撃こそが、奴の戦いだ」
ファルケンは低い声で呟く。両手に剣を構えたレオンは、少しづつ十四郎に迫った。
初めはクレイモアの縦斬り。十四郎は正眼の構えから受け流すが、同時にファルシオンが横から飛んで来る。素早く刀を返し受けるが、利き手以外の片手打ちにも関わらず、重く激しい打ち込みに、身体ごと右横に持っていかれる。
十四郎の態勢が崩れる。今度は反対側、横から渾身のクレイモアを叩き付ける。十四郎はファルシオンの圧力を身体ごと捻って受け流すと、そのまま自分の左腰に迫るクレイモアをやや上から打ち降ろす。
物凄い火花と金属音、その瞬間十四郎が力を抜くとレオンのクレイモアは急に行き場を失い、地面に突き刺さる。
同時に手首を返し斜めやや上から刀を一閃、レオンの頬は横に割かれた。だが、今度も浅い。レオンの怒りは頂点に達する、瞬時に左手のファルシオンを十四郎目掛け投げる体制に入る。
一瞬の判断、背中越しにビアンカの位置を確認した十四郎に怒りが芽生えた。その怒りはレオンに対する怒りを越え、全身を貫く。それは自分の行動がビアンカを危険に晒した自己嫌悪だった。
レオンは明らかに、ビアンカを狙っている。電光石火、返す刀で十四郎はファルシオンを叩き落とし、ファルシオンも地面に刺さる。両方の剣を地面に突き刺したレオンの動きが一瞬だけ止まった。
十四郎は至近距離から刀を振り下ろす。間一髪、地面から抜いたクレイモアでレオンが受けるが、次の瞬間、猛烈な衝撃でレオンは口元から血を飛び散らせ、意識が混濁する。レオンが受けた瞬間、十四郎は左手で鞘を振り抜き、渾身の一閃でレオンの右顔を打ち砕いたのだった。
「速すぎて見えなかった……」
「ほぼ同時に見えた……」
ビアンカが呟きファルケンも続く。驚くべき事に、十四郎の動きは全て繋がっている様に見えた。
「あいつ、まだ……」
マルコスは違う視点で見ていた、まだ拒否を続ける十四郎に不敵な笑みを浮かべながら。