黄金騎士
アルフィンの速さは尋常ではなかった。ノヴォトニーが全力で並走した瞬間に、異次元の加速で引き離される。
「天馬とは、よく言ったものだ……」
あまりの速度差に呆れるノヴォトニーは、唖然と言葉を漏らす。だが、脳内の戦闘シナプスは、そんな場合でも超高速計算で”勝機”を探していた。
「脚さえ止めれば……」
演算結果はそれしかなかった。すれ違い様の一撃! ノヴォトニーは剣を握り締めた。
十四郎は瞬時に察知した。ノヴォトニーの”気”が自分ではなく、アルフィンに向いているいことを。
「アルフィン殿! 擦れ違い様に注意して下さい!」
「分かった!」
賢いアルフィンは、その一言で全てを悟った。突っ込んで来るノヴォトニーが剣を下げ気味にして、自分の脚を狙っている事を。万が一、脚を傷つけられたら十四郎と一緒に戦えなくなる……アルフィンには、それが一番怖かった。
擦れ違う瞬間! 十四郎は槍を横薙ぎで払うが、ノヴォトニーは身を伏せながら剣でアルフィンの前脚を狙う! だがアルフィンは有り得ない速度で横に跳んだ!。
「読んでたのかっ!」
叫ぶノヴォトニーに悪寒が走る。十四郎が手綱を引いて向きを変えたのではなく、アルフィンが自らの意志で剣を躱したのだ。
『まさかな……』
アルフィンと言う存在が、ノヴォトニーの中で複雑化した。自分の意志で行動出来る”馬”など、自身の常識では到底存在するはずはない……だが、まだ余裕は残っている。
アウレーリアに比べれば、魔法使いなど物の数ではない……それがノヴォトニーの心理だった。
「今は躱せたが、あいつはお前を狙ってるぞ!」
疾走するアルフィンに並び掛けたローボが叫んだ。
「大丈夫! 自分の身は守れるからっ!」
直ぐにアルフィンが叫び返すが、十四郎は優しく首筋を撫ぜた。
「アルフィン殿は大切な家族です」
その言葉は全てを語っていた。アルフィンは一度距離を取ると、スピードを落とした。
「やけに素直だな」
口元を緩ませたローボだったが、アルフィンは強い眼差しでローボを見返した。
「十四郎が不利になるくらいなら、自分の気持ちなど捨てられる。だって十四郎は私の家族だから」
「そうだな……」
小さく呟いたローボが目配せすると、二頭の屈強な狼がやって来た。
「十四郎、これで存分に戦えるか?」
「感謝します」
二頭がアルフィンの護衛だと察した十四郎は、ローボに向い深々と頭を下げた。そして、ゆっくりアルフィンから降りると地面に槍を突き立てた。
「よくは分からないが、馬を降りて戦うのだな?」
「はい」
近付いて来たノヴォトニーが首を捻りながら聞くと、十四郎は低い声で返答した。その声には明らかな”憤慨”が混じり、ローボはまた口元を緩めた。
「ローボ殿、もう一つお願いが」
鯉口を切った十四郎はローボに囁いた。
「フン、分かってる」
ローボは踵を返すとビアンカの元へ全力で疾走した。
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エリーゼの怒りは頂点に達しようとしていた。神速を轟かせるシルフィーに完敗だが、何よりビアンカの美しさが女心を逆撫でした。アウレーリアの美しさとは一味違うビアンカの清楚で純白な美しさは女としてのプライドを激しく揺さぶった。
エリーゼとて、その神秘的美しさには自信があったが、ビアンカの前では自分が陳腐に思えて仕方なかった。
「近衛騎士風情がっ!」
剣を振り上げ高速ターンしたエリーゼはビアンカに向け突進するが、シルフィーは超速サイドキックで躱し、ビアンカは擦れ違い様に一撃を加えた。シルフィーのスピードがビアンカの刀の速度に上乗せされ、エリーゼは顔を歪めて受け流すのが精一杯だった。
だが、ビアンカはその瞬間、アルフィンから降りる十四郎を目撃した。
「十四郎……」
唖然と呟くビアンカだったが、シルフィーは直ぐに次第を察する。
「相手がアルフィンを狙ってきたのよ……だから十四郎は……」
「シルフィー……」
沈む声のシルフィーを撫ぜたビアンカは、そっと手綱を放した。
「大丈夫、アルフィンと一緒にいるから」
「うん」
気丈な声のシルフィーに笑顔を向けるビアンカは、ゆっくりと鞍から降りた。
「何のつもりだ?」
駆け込んで来たエリーゼが目をツリ上げる。ビアンカの行為は明らかな侮辱であり、その寂しそうな顔は怒りに油を注いだ。
ゆっくりと刀を構えるビアンカに対し、エリーゼは渾身の一撃を放つ。その剣先がビアンカに達する瞬間、ビアンカは刀の切先で弾いた。ほんの少しの力でエリーゼの剣は宙を彷徨うが、間髪入れずに手首を返し、再びビアンカに襲い掛かる。
今度はビアンカも刀を返して応戦、激しく火花を散らして受け止めた。だが、受け止めると同時にエリーゼの繰り出す前蹴りが腹部に炸裂し、ビアンカは後方に吹き飛ばされた。
背中から地面に激突する瞬間、暖かな何かがビアンカを支えた。
「足癖の悪い女だ。気をつけろ」
「ローボ、十四郎の傍にいて!」
直ぐにビアンカが叫ぶが、ローボは穏やかに言った。
「そうしたいが、頼まれたからな」
ビアンカはその言葉を受けると、遠くに十四郎の背中を探した。だが、一時の猶予を与えるエリーゼではない、直ぐに次の一撃を繰り出した。瞬時にローボは身体を捻り、ビアンカを反対方向に押しやるが、神速でターンしたエリーゼの剣が再びビアンカを襲った。
寸前で剣を受け止めるが、更に威力の増した剣筋はビアンカの両腕を激しい衝撃で打ちのめす。
「一旦距離を取れ!」
叫ぶローボがエリーゼの懐に飛び込むが、その牙に剣を突き立てる。
「せっかちな女だ」
その剣を牙で受け止め、ローボが薄笑みを浮かべた。
「狼が喋るだと?」
言葉とは裏腹に、エリーゼはローボなど見てはいなかった。視界の片隅で、横方向に退避するビアンカだけを追っていた。その状態のまま、ローボの横顔に回し蹴り! 素早くローボが躱すと微妙に剣を捻り牙から抜いた。
そして、瞬時にビアンカの前に立ち塞がった。
「どうした? 狼に助けてもらうのか?」
蔑む様な言葉と声、エリーゼの顔は更に歪んでいた。だが、すかさずローボが割って入りビアンカはエリーゼとの距離を取った。
「私……」
声を詰まらせるビアンカは、エリーゼとの腕の差を実感していた。だが、ローボはそんな俯くビアンカを笑い飛ばした。
「シルフィーがいて、やっと互角だったな」
「……」
当然の分析、ビアンカは更に黙り込む。
「いいのか? ここでお前が消えれば、あの女は十四郎を手に入れる」
ローボの言葉で、ビアンカの脳裏にアウレーリアが浮んだ。身体の奥底から何かが湧き出す、震えは最早怖さや敗北感と同義ではなかった。
立ち上がったビアンカは、背筋を伸ばすと正眼に刀を構える。それを見たローボは、大きく息を吐き出した。
「ローボ」
「何だ?」
「私の中で十四郎の記憶は真っ白のまま……でも、何も無い今でさえ十四郎を大切に思います……何よりも……誰よりも」
ビアンカは言葉を噛み締める様に呟き、ローボは小さく頷いた。
「そうか……」
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「よそ見をするなっ!」
ゼクスの叱咤を受けても、ツヴァイはビアンカから目を離せなかった。
「ビアンカ様は大丈夫だ!ローボが行った!」
ココも叫ぶが、ツヴァイはそれでも視線を切らない。
「青銅騎士よ、我等黄金騎士を目の前にして余裕だな」
溜息交じりのグラーフだったが、ツヴァイとゼクスの波状攻撃も渾身のココの弓も簡単に躱していた。
「黙れ。お前など眼中に無い」
ツヴァイはグラーフに強い視線を向ける。
「おいおい……」
呆れ顔のココは大きな溜息を付くが、ゼクスは大きく頷いた。
「確かに、ツヴァイの言う通り」
「ゼクスまで……」
更に大きな溜息のココは、すかさず今までの戦闘を振り返る。ツヴァイとゼクスの同時攻撃、それは以前とは比べ物にならない速さで、ココは二人の身体が交差する瞬間の隙間から必殺の弓を放った。
だが、グラーフは寸前で弓を躱し、ツヴァイとゼクスの攻撃も軽く受け流した。そこから計算される状況は極めて不利だが、ココは思わず笑みを漏らす。
「そうだ、十四郎様に比べれば……」
ココの笑顔に向け、ツヴァイも笑った。
「気付くのが遅い」
ゼクスはココの肩を叩きながら、同じ様に笑みを浮かべた。
「言いたい事は、それだけか?」
剣を下げたまま三人を睨んだグラーフは低い声で言うが、その腕や肩の筋肉は怒りを表すかの様に躍動を初めていた。
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「ほう、イタストロアのマリオ殿か。相手にとって不足はない」
巨大なクレイモアを肩に担いで、バラッカは不敵な笑みを浮かべた。
「私達は眼中に無いみたいね」
「その様だ」
溜息交じりのノインツェーンはリルに視線を送り、リルも無表情で返した。
「これはまさか、銀の双弓……これは失礼」
リルに視線を向けたバラッカは、大袈裟に会釈するがノインツェーンの方は見向きもしなかった。
「やっぱ、無視かよ」
「仕方ない、お前は三流だからな」
「もう一度言ってみろ!」
「おいおい……」
この期に及んでまでの二人のケンカ、マリオは呆れを通り越して苦笑いするしかなかった。
「ところでノインツェーン殿、この御仁は?」
「黄金騎士 NO,9のバラッカ。あの剛剣で怪力無双、見かけによらず身軽で剣も速い」
急に真剣な顔になったマリオが聞くと、ノインツェーンも真剣に答えた。
「紹介、痛み入る」
呟いた瞬間、巨大なクレイモアがノインツェーンの喉元に向け超速で突かれた。だが、その瞬間、至近距離からリルの弓がバラッカの目を狙って放たれる。
瞬間の判断! バラッカは首を最小限で横に振り躱す! だが、その刹那でもノインツェーンに向けたクレイモアは剣先を加速させた。
「ほう」
バラッカは不敵に笑う。ノインツェーンは剣先の速度に合わせ神速で後退、バラッカの腕が伸びきる寸前、マリオがクレイモアを下方から斬り上げた。
凄まじい火花と轟音、バラッカの腕に衝撃が残った。
「見事な連携だな」
一旦、クレイモアを引いたバラッカは、三人を交互に見た。
「驚くのはまだ早い」
剣を構えたマリオの斜め後方ではノインツェーンが臨戦態勢を取り、その体に寄り添う様にリルが弓を構えていた。




