交戦
「リヒト様! 後方より魔法使いが来ました!」
「そうですか。それで、規模は?」
伝令の報告を聞いたリヒトは落ち着いていた。
「はっ、数人規模の様ですが……その、狼達も混ざっている様子で……数は不明ですが、少なくはありません」
伝令も実際に見た訳ではなく、報告を受けたに過ぎず言葉を濁す。
「そうですか……」
脳裏には狼達と共に進撃する魔法使いの姿が浮び、リヒトの思考を混乱させた。だが、部下の手前リヒトは表情を変えなかった。
「リヒト様!! 正面よりフランクル軍が進軍! 兵力の殆どを投入した模様です!」
流石のリヒトも悪寒が走る。だが、指示を出そうと口を開いた瞬間、次の伝令が駆け込んで来た。
「右翼より敵が来襲!! 所属は不明!! 前列右翼は迎え撃ちに出ました!!」
「規模はっ?!!」
思わずリヒトが怒鳴る。
「中隊規模! 数は不明です!」
「押し戻す必要はありません! 受け止められる数を残し残りは正面へ! 二列目の即応部隊も半数は正面防御に! 前面を突破されれば本陣は丸裸にされます!」
「リヒト様!!」
指示を叫ぶリヒトの前に、またしても伝令が飛び込んで来る。
「今度は何です?!!」
冷静沈着なリヒトも思わず叫び返した。
「物資を襲われました!! 敵は盗賊! さらに狼の援護もあります!!」
「守備隊は?!」
「守備隊は全滅!! 全ての補給品は強奪されました!!」
「……何てことだ……」
リヒトの頭の中は真っ白になった。食料が無くなった時点で戦線の維持は不可能、即ち今の戦闘が最後の戦闘であり、勝っても負けても撤退しか道は残ってなかった。
「リヒト様!!」
「……」
次の伝令の叫びを聞いても、リヒトは茫然とするだけで言葉が出なかった。
「何だっ?!」
副官が辛うじて聞いた。
「正面のフランクル軍の勢いが止まりません! 二列目も応戦に加わりましたが押されています!!」
「まさか……」
今度は副官の言葉も、迫り来るフランクル軍の大喚声に押され消え去った。
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十四郎が待ち伏せ部隊を一瞬で殲滅すると、その先には障害は見えなくて遥か前方にはアルマンニ軍の本陣が霞んで見えた。
「十四郎殿! 本陣は目の前です! 私が先陣をっ!」
前に出ながらマリオが叫ぶが、十四郎は静かに制した。
「お待ち下さい。まだ強い”気”が残ってます」
「何処にそんなモノが?!」
改めて周囲を見回すマリオの視界に、小さな”点”が映る。
「前方に四騎! 向かって来ます!……ですが……」
視力の優れたココは、視認した騎馬に得体の知れない寒気を感じた。
「散開して下さい。手筈通り、三人一組で」
落ち着いた声で十四郎が指示すると、全員が直ぐに従った。十四郎とビアンカが真ん中、右にツヴァイとゼクスにココ、左にマリオとノインツェーンにリルと言う具合に分かれた。
次第に鮮明になる騎馬には四人の姿があった。一番に反応したのはツヴァイで、直ぐに警告の声を上げた。
「十四郎様! 正面にはNO,2のノヴォトニー! その横がNO,8のエリーゼです! 私の正面は NO,7のグラーフ! マリオ殿の前にはNO,9のバラッカです!」
「承知しました」
「了解した!」
十四郎とマリオは同時に返事して目前の敵に向かった。
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「ほう、敵も分かれて来るみたいだな。このままの並びで行くぞ」
真ん中を走るノヴォトニーは薄笑みを浮かべる。
「私の相手は女騎士か……代わるか? ノヴォトニー」
明らかに不満そうなエリーゼはノヴォトニーを強い視線で睨むが、ノヴォトニーは視線を十四郎に固定したまま呟いた。
「余裕だな。相手は近衛騎士団最強のビアンカだぞ」
「フン、青銅騎士にも劣る相手か……」
「そうかな? 七子様の情報だとビアンカも魔法使いだそうだ」
「それが本当ならいいのだがな」
口元を緩ませたエリーゼだったが、横のグラーフは呆れた様に呟く。
「お前は、まだいいさ……俺の相手は青銅騎士だぞ」
「俺なんか、見た事もない奴に女二人だ」
バラッカなどは溜息さえ漏らした。
「バラッカ、奴はマリオだ。イタストロアのNO,1だぞ」
ノヴォトニーの言葉を聞いたバラッカは、直ぐに怪しい笑顔になった。
「それなら我慢できる」
「アンタは大丈夫なのか? 魔法使いは強いぜ」
羨ましそうなグラーフの言葉など、既にノヴォトニーの耳には届かない。接近するにつれ、異常な十四郎の”気”がノヴォトニーを包み込む。それは、十四郎がノヴォトニーだけに向ける挑戦状みたいなモノだった。
「そのようだな……」
呟いたノヴォトニーは生唾を飲んだ……それは、アウレーリアとの対戦でしか経験した事のない行為だった。
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最初に飛び出したのは十四郎だった。ノヴォトニーは笑みを浮かべると、同じ様に飛び出した。
しかし、最初の一撃にノヴォトニーは驚愕した。それは十四郎の槍ではなく、アルフィンの速さだった。ノヴォトニーの視界が槍を振り上げる十四郎との距離を瞬時に把握した瞬間、目前から忽然と消え次の瞬間には遥か後方で神速Uターンしていた。
「あれが天馬アルフィン……」
ノヴォトニーの意識に強烈なカウンターを与えたのは、紛れもなくアルフィンだった。Uターンからそのまま加速、アルフィンは瞬時にノヴォトニーの前を見えない疾風の様に通り過ぎた。
猛烈な風圧が余韻となり、ノヴォトニーは口元を綻ばせる。黄金騎士の馬とて、アルマンニを代表する名馬だったが、アルフィンに比べればまるでロバにでも乗っている感覚にさせられたノヴォトニーだった。
「どうしたっ?!」
唖然とするノヴォトニーに向かい、エリーゼの怒号が飛んだ。直ぐに気を取り直したノヴォトニーが叫び返す。
「気を付けろ! お前の相手は神速のシルフィーだ!」
「馬など……」
呟くエリーゼの言葉が止まる。目の前に突進して来たシルフィーが瞬間で視界から消え、時間差で横顔を猛烈な風がすり抜けた。
「アルフィンに比べても遜色ない……まさに一、二を争う神馬だな……」
距離を置いて見ていたノヴォトニーの視界でさえ、シルフィーの姿を捉えるのに精一杯で感嘆の言葉が自然と漏れた。
しかし、アルフィンの速さには舌を巻いたノヴォトニーだったが、焦る気持ちは微塵も無かった。何故なら、すれ違い様の十四郎の槍は完全に見切っていたからだった。十四郎は並んだ瞬間、槍を横薙ぎするが、風切音さえ追い越す速さでもノヴォトニーにはしっかり見えた。
一瞬の時間の中でも馬上で体を捻り、余裕を持って回避出来た。ただ、その速さは敬意させ感じさせ、益々ノヴォトニーに狂喜させた。
対照的にエリーゼの表情は固かった。確かにシルフィーの速さは驚愕に値するが、騎乗で小刻みに体を震わせるのには訳があった。
シルフィーが横を駆け抜ける際に、ビアンカが神速抜刀していたのだ。反応はしたエリーゼだったがビアンカの刀はエリーゼの頬を掠め一筋の血が滴っていたからだった。
「許さない……」
炎の様なエリーゼの視界の先で、ビアンカが夕日の美しささえ足元に平伏せさせていた。




