予感
「やっと、お出ましか」
初めて軍議に顔を出した十四郎に向かい、マルコスは皮肉交じりに笑った。ロメオは十四郎の様子で真意を占うが、何時もと変わらない表情に少し苦笑いした。
「まずはフランクル軍と合流してから作戦を決めると言うのが、ロメオ殿との一致した考えだ」
「それが……」
頭を掻く十四郎は言葉を濁すが、マルコスは大きな溜息で言った。
「何か手があるのなら、言って見ろ」
「あっ、はい。ココ殿の話では敵軍は数を生かした二列横隊で、フランクル軍も横隊で応戦しているそうです。敵の出方としては横隊の一部を突出させて相手の横隊を削り、押し返せば引くという具合に長期戦で相手の消耗を促し……」
「知ってるよ……」
既に情報は知る所であり、途中で遮ったマルコスは更に大きな溜息を付いた。
「十四郎殿のお考えは?」
ロメオは十四郎に鋭い視線を向けた。
「劣る勢力で勝機があるとすれば、一点突破で将を倒すしかないですね」
「お前、まさか……」
平然と十四郎は言うが、マルコスには急に槍の訓練をした十四郎の姿が強烈に蘇った。
「両軍が戦端を開いた時が、敵将の防御が一番手薄になる瞬間ですね……だが、リヒトは甘くない。直衛の兵には多分、黄金騎士を筆頭に手練れを集めています」
更に視線を強めたマリオに対し、十四郎は柔らかく聞く。
「直衛の隊はどの位の規模ですか?」
「出来るだけ二列目の近くに拠点を構え、即応隊も両側を守ってますので……おそらく、四人の黄金騎士が四方を……」
ロメオの話しを聞いた十四郎は、一呼吸置いて話す。
「私がツヴァイ殿達を率いて後方から斬り込みます。頃合いは前方での戦いが始まって直ぐです。マルコス殿とマリオ殿は二手に分かれ、更に後方から牽制をお願いします」
「牽制だと?」
マルコスが立ち上がった。予想はしていた……十四郎は一人で斬り込むだろうと。だが、自分達に何もしないで見ていろ、と言う事には我慢が出来なかった。
「マルコス殿」
ロメオは強い口調でマルコスを座らせ、十四郎に向き直った。
「十四郎殿、勝算は? そして、斬り込み隊の人数は?」
「ツヴァイ殿にゼクス殿、ノインツェーン殿にココ殿、リル殿。そして、マリオ殿とビアンカ殿です。出来るだけ複数で組んで、お願いしています。それと、ローボ殿を初め、狼の方々も百程……」
十四郎は人選を紹介するが、ロメオは更に声を強めた。
「勝算は? と、お聞きしています」
「すみません……分かりません」
「それでは困ります、戦いは始まったばかりなのです。あなたを失へば、全ての計画の終わりなんですよ」
「……はい……」
小さく返事した十四郎が何か言おうとすると、立ち上がったビアンカは力強く言い放った。
「ご心配なく、十四郎は必ず守ります」
「そうです! 大丈夫です!」
「必ず成功させます!」
ゼクスが声を上げ、ノィンツェーンも続いた。
「まあ、何とかなるでしょう」
腕組みしたマリオも、口角を上げた。
「そして、全員が生きて戻ります」
ツヴァイは決意した表情でロメオを見詰め、他の者も力強く頷いた。
「師匠、例え後方でも不意の事態はある。備えは万全に」
珍しく正論を言うリルに向い、マルコスは溜息を付いた。
「分かりました。我々も全力で支えます……十四郎殿、ご武運を」
笑顔になったロメオに向かい、十四郎は深々と頭を下げた。ロメオの予感に、ほんの少しの光が指す……それは、目の前の十四郎と頼もしい騎士達の姿と同期していた。
「それで、アリアンナ達は?」
マルコスは溜息を交えて聞くが、十四郎もまた声を潜めた。
「相手は正騎士の軍団です。今までアリアンナ殿達が戦って来た相手とは違います」
「そうですね。普通、盗賊の相手は農民や商人。例え腕に自信があったとしても訓練された騎士相手では分が悪い」
直ぐに理解したロメオは頷くが、マルコスは溜息混じりに言った。
「アリアンナが納得すると思うか?」
「マルコス殿、お願いします」
頭を下げる十四郎だったが、マルコスは更に大きな溜息を付いた。
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「七子様、魔法使いの動向が分かりました」
「聞こう」
報告に来たドライに向かい、七子は静かに言った。
「ローベルタ夫人を味方に付ける為、魔法使いは条件を出された様です」
「ほう、条件とは?」
「力を見せろと……」
ドライの言葉を受けた七子は口元を綻ばせた。
「そうか……して、その夫人とやらは十四郎にとって役立つのか?」
「はい。イタストロア建国の立役者です。彼女を味方に出来れば、イアタストロアの掌握も時間の問題かと」
「条件を探れ」
「はっ……それと、アウレーリアは如何致しますか?」
頭を下げたドライは、ほんの少し声を震わせた。
「どうせ管理など出来まい。放っておけ……それより、アインスはどうしてる?」
「今だ鍛錬に励んでいます。最早、以前のアインスとは比べ物にならない程です」
「見張るなら、アインスの方だな」
「はっ……」
「嫌な予感がする……な」
ふいに考え込む七子を見て、ドライもまた尻の座りが悪く感じた。暫く考えた七子は、顔を上げると指示を出した。
「交戦中の各方面に指示を出せ」
「どの様な?」
「魔法使いの奇襲に備えろだ」
言い放つ七子に対し、ドライは顔を下げたまま呟く。
「それでは各方面に緊張と混乱を来す恐れが……」
「事前に知っていれば奇襲にならぬ……」
「御意……」
ドライの中で七子の意図が浸透した。相手が魔法使いなら損害は計り知れない、備えている場合とそうでない場合の差は歴然だ。例え歯が立たないまでも、被害を最小限に食い止められる。
些か心許ないが、相手の動きが完全に把握出来ない以上は、備えこそが最大の防御成り得るのだった。
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「見えないのに、凄いですね」
アインスはアウレーリアの気配に気付かなかった。自分では上達したと思っていたが、今更ながらアウレーリアの強大さに唇を噛んだ。
「君こそ、何をしてるんだ?」
前は話しさえ出来なかったが、今のアインスには自然と言葉が出た。
「どうして訓練するんですか?」
アインスの問いなど眼中にない様子で、微笑みながらアウレーリアはアインスに近付いた。甘い香りが漂うが、反比例してアインスの動悸が速まる。
「……それは……」
「だめですよ。もし、十四郎に手出ししたら……」
風の音がした。その瞬間、アインスが持っていた剣が紙の様に真っ二つになった。周囲にいた青銅騎士達は氷の様に固まり声さえ出なかったが、アインスは下腹に力を入れ声を絞り出した。
「あいつの剣と同じだね……でも、少し違うかな……」
「どこがですか?」
アウレーリアは喰い付いた。少女の様な表情で、アインスに顔を近付ける。
「魔法使いの剣は、相手の剣と一緒にココロまで斬る……」
「ココロ……」
少し震えるアインスの言葉に、アウレーリアは自分の剣が切られた時を思い出した。剣が切られると同時に感じたのは……まさしく、喪失感だった。何の喪失? アウレーリアは考えるが、思い当たる節がなかった。
「あなたには分かりますか?」
「多分……”戦うココロ”だと、思う」
首を傾げるアウレーリアだっが、本当はアインスにも分からなかった。
「戦うココロ……」
今のアウレーリアには理解出来ない事だった。そもそも、アウレーリアにとって戦いとは何なのか? それさえも曖昧だったから。
アインスは全身の汗が止まったのが分かった。手の震えや、呼吸の苦しさも消えていた……それは、アウレーリアが去ったからだと気付くのには少し時間が必要だった。




