戦略
アルマンニの動向を探りに行っていたココは、帰ると直ぐにまたアールザスを偵察に行っていた。
「報告します……」
戻ったココの顔は緊張で固く、マルコスは息を飲んだ。報告では約九千のアルマンニ軍が、六千のフランクル軍を押しているとの事だった。交戦は散発的で、今の所は総攻撃の予兆は少ないとの事だった。
「一気に攻めれば、直ぐに勝敗は付きそうですね」
「力押しでは犠牲も多い、アルマンニもフランクルもアールザスに主力を展開している……まさに主戦場だ。リスクを避け少しづつフランクル軍を削る作戦は一見弱気の様に見えるが、国力はほぼ同等……アールザスでの勝敗が全ての戦いの分岐点となる事を考えれば、堅実な正攻法こそが勝利への近道と言うとこか……所で、アルマンニの指揮官は?」
溜息交じりのマルコスだったが、ロメオは冷静に分析してココに詳細を聞く。
「白銀騎士、リヒトです」
ココの返答にマルコスの顔が変わった。白銀騎士リヒトは一見穏やかそうな壮年の男だが、百戦百勝の伝説の指揮官だった。
「やはりな……あらゆる角度からの分析と緻密な作戦立案、それを実行する行動力と求心力……正に指揮官に成る為に生まれて来た様な男だ」
「あなたに、そうまで言わせるとは……」
ロメオはリヒトを客観的に称えるが、名指揮官と言う事では勝るとも劣らないロメオの言葉には重みがあった。マルコスのリヒトに対する認知は噂の域を出てはいなかったが、ロメオの言葉で確信に変わった。
相手がリヒトなら、奇襲や欺瞞などは通用しない。作戦立案は慎重になる他はないが、マルコスも最高の指揮官と言われたロメオでさえも戦いの絵図が浮かんで来なかった。戦える兵の数はアリアンナとフォトナーの部下を合わせて二百に満たず、パルノーバの老兵は兵站で使うしかなく、白兵戦に耐えうるのは数百もない……つまり、現有兵力は千にも満たなかった。
敵を知っている事は戦略に於いて重要だが、知り過ぎているのは作戦立案の場合に於いて考え過ぎる場合が多々ある。今回が正しく後者で、リヒトの戦略を鑑みると下手な出方は味方の損耗に繋がるだけだった。
「所で十四郎殿は?」
「はっ、今だ訓練を……マリオ殿やツヴァイ殿達と共に……」
作戦会議に顔を出さない十四郎の事を思いロメオが聞くが、副官のナダルは溜息交じりに報告した。小耳に挟んだココは直ぐにその場を去ろうとする。
「ココ、お前には……」
「よいではありませんか」
マルコスが止めようとするが、ロメオは笑顔で促した。
「しかし、まだ情報が……」
「情報が多いと、かえって作戦に支障が出る場合もあります。それに、ココ殿も行きたそうですし」
「はぁ……」
ロメオは行きたくて堪らないと言う顔のココに、また笑顔を向けマルコスは渋々頷いた。満面の笑みで十四郎の元に走り去る背中を見ながら、ロメオは呟く……遠く彼方に視線を流しながら。
「十四郎殿は、きっと何かを考えてますよ……」
確かにマルコスにも思い当たる節はあった。だが内心は、その予想は当たって欲しくはないと思っていた。
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十四郎が打ち込み、ビアンカが受けると言う稽古を永遠と続けていた。刀の両手持ちにも慣れたビアンカは、刀の速度を上げる十四郎の打ち込みを上手く躱していた。
「凄いなビアンカは……十四郎の打ち込みは、もう素人目には見えないのに」
見守るアリアンナは、ゴクリと唾を飲んだ。
「記憶を無くしたビアンカは、剣の使い方まで忘れてました……元々はレイピアを得意とした片手剣、刀は……その、暫く何処かに行っている時に覚えて来たみたいで……」
「何処かに?」
多分信じては貰えないだろうとリズは苦笑いで、ビアンカが十四郎の世界に行っていた事を曖昧にした。
「でも、十四郎と同じ剣……そして、戦い方……」
鋭いアリアンナは二人の剣技に呟く。
「そうです。ビアンカは十四郎様の世界に行ってたんです」
「世界?」
リズはアリアンナの鋭さに観念して、正直に話すがアリアンナは首を傾げた。
「はい……この世界とは別の世界です」
アリアンナは理解した。十四郎の強さや不思議さは、それなら説明が付く……アリアンナは憧れる様な瞳で十四郎の背中を見詰めた。そして、ココロの底に沸き上がる想いを静かに抑えた。
”嫉妬”それはアリアンナの胸を少し焦がした。だが、横目で見たリズの顔も、遠くで見守るリルやラナの瞳にも同じ”モノ”を感じた。
「片手剣でもビアンカは強い……でも、少し前までは私と同じ位だったんですよ……でも、今のビアンカは全然違います……まるで、十四郎様が二人いるみたい」
リズの声は少し震える。
「そうですね」
アリアンナも小さく返事した。
「リズ様! 十四郎様はっ?!」
駆けこんで来るココを見たリズは、笑顔で答えた。
「あそこ、邪魔しちゃダメですよ」
「凄い……ビアンカ様、また剣の腕が上がってる」
「そうよ、ビアンカは違うの……」
リズの言葉は静かで暖かくて、アリアンナも自然と笑顔になった。
「ココ! やっと戻った!」
今度はリルが走って来て、ココの腕を掴む。
「待たせたな。さあ、訓練しよう」
少し泣きそうなリルの頭を撫ぜ、ココは弓を取った。
「やっと訓練が出来るな!」
ノインツェーンが声を掛ける。ノインツェーン達はマリオを含めた四人で輪になり、各自が三人の敵と戦っている事を想定した訓練をしていた。
傍目には四人が入り乱れ、物凄い速度で打ち込み合っているだけに見えるが、各自の練度がもたらす効果は最高の訓練となったいた。
イタストロア最強と言われるマリオも青銅騎士であるツヴァイ達も、こんな訓練などした事はなくて、自分達の練度が上がるのを実感していた。
「ココ、見て……あれは十四郎が考えた訓練……たった数日で、あの動き……あの女も相当動ける様になった」
他の三人に比べれば劣っていたノインツェーンだったが、見違えるように強くなったいた。
「そうだな、負けてられないな」
四人の凄まじい訓練を目の前にして、ココは胸がドキドキした。
「ワタシ達は十四郎の考えた訓練をするよ」
「どんなのだ?」
「これ」
リルは少し長め短剣を手渡した。
「これって、弓の訓練じゃないのか?」
「弓も使う。でも、ほら……」
呆れ顔のココを見て少し笑ったリルが指す方には、バンスやランスロー、アリアンナの手下やフォトナーの部下達が手ぐすね引いて待っていた。
「まさか……」
「混戦を想定した訓練。周りは全部敵、弓を射ながら剣で身を守る……」
矢じりに刺さらない様に細工した弓を手渡し、リルは真剣な表情に変わる。
「遅いぞ!」
既に剣を抜いたランスローが叫び、バンスも槍を立てて笑う。
「剣と同時に弓か……」
「ほら」
リルから受け取った剣には柄の部分に紐が付いており、手首辺りに下げられる様になっていた。
「右手に下げろ、弓を射る時は放しても落ちない。相手を斬る必要はない、あくまで剣を受け流す訓練だ」
説明するランスローに向かい、ココは大きく頷いた。
「身を守る……十四郎殿が願うのは、そこです」
バンスの言葉を受け、ココは十四郎の背中に視線を向けると笑顔になった。
「分かりました。宜しくお願いします」
視線を戻したココは、片手でリルの頭を一緒に下げながら一礼した。
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「父上、我等も……」
十四郎達の訓練を遠くで見ているルーは、起き上がるとローボを見た。
「見ていろ……」
一言だけそう言うと、ローボはゆっくりと伏せた。
「しかし!」
身体の疼きを持て余したルーは食い下がる。
「全く……二頭を一組で編成しろ。片方は攻撃、もう片方は防御だ。役割分担を徹底させろ、片方が少しでも手傷を負えば直ぐに後方に下がる。下がった時点で無傷な方は、新しい相方と組み直して参戦させる……総指揮はお前だ。いいか、死傷は出すな」
立ち上がったローボはルーに訓練内容を告げた。背筋を伸ばして聞くルーは、大声で号令を掛けた。
「精鋭を三、いや、五組鍛えろ。その五組は私に付かせる。いいな」
「はい、父上」
走り去ろうとするルーの背中にローボは声を掛けた。嬉しそうに振り向いたルーは、大きく返事した。
「誰も死なせない……か……」
遠く十四郎の背中を見ながら、ローボはニヤリと笑った。




