鉄の女 4
「陛下、モネコストロの魔法使いとアウレーリアが接触した模様です」
玉座に座るアルマンニ国王ヴィルヘルム3世に、大司教のガラーンドが報告した。ヴィルヘルム3世は国王と言うより騎士団の団長の様で、大柄で筋肉質、その凛々しい顔は”戦王”と呼ばれるに相応しかった。
報告したガーランドは痩せ形で小柄だったが、その策士としての評判は内外に轟いていた。
「我が魔法使い殿の言う通りに事は進むな……」
鋭い眼光で戦線の地図を見るヴィルヘルム3世は、笑みを浮かべると満足そうに言った。
「目の上のコブ、アウレーリアとモネコストロの魔法使いが互いに潰し合えば一挙両得。益々我らの計画は前進します」
頭を下げたまま、薄笑みを浮かべたガーランドは声を押し殺す。
「大陸征服の野望……考えはしたが、流石の余も実行しようとは思わなんだ……我が魔法使い……余にも魔法を掛けたのであろうか?」
感慨深げなヴィルヘルム3世だったが、その顔は怪しく笑っていた。
「魔法使いは切っ掛けに過ぎません。全ては陛下の最初から決まっていた定立かと……」
顔を上げたガーランドは、ヴィルヘルム3世に戸惑いの無い視線を送った。
「しかし、これ程までに魔法使いの言葉が現実になると……」
少し顔を曇らせるヴィルヘルム3世を見ながらガーランドは、また怪しく笑った。
「ご心配には及びません……全てが終われば、魔法使いには”伝説”になって頂きます」
「余が帝国を創り上げ、初代皇帝となる日も近い……それには伝説は必要だな……」
満足そうに頷くヴィルヘルム3世の視線は、大テーブルに広げられた大陸地図の上で軽やかに踊っていた。
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「何故だ? こんな奴に……」
正眼に構える十四郎は身体の力を抜き自然体で構えているが、斬り掛かろうとしても身体が動かない庭師は唇を噛んだ。
「三方から同時に行く。それしかない」
執事は二人に目配せをするが、馬番は目を背けた。
「お前はローベルタ様に背くのか?」
鋭い視線と押し殺した声、執事は馬番を睨み付けた。
「速さでは我、技では執事。それに、お前の力が加われば魔法使いなど物の数ではない」
鎌を構えたまま、十四郎から視線を動かさないで庭師は言った。
「そうかな?」
後ろに下がったローボは聖守護者達を鼻で笑った。だが、十四郎の構えを前に動けない守護者達は言い返せない。だだ、握った武器を小刻みに震わせた。
「何故です? 何故あなたが人如きの命に従うのです?」
悔しさを顔に出した馬番は、ローボに無念の視線を投げた。
「……従うか……確かにそうだな」
薄笑みのローボは、まるで自虐しているかの様に呟いた。
「違います。ローボ殿は私の願いを聞いてくれたのです」
構えたまま十四郎は呟き、ローボはその言葉を受けると更に笑みを漏らした。
「どちらでもいい……さっさと片付けろ。どうやらビアンカが近付いてる様だ」
「何ですって?」
急に構えを降ろした十四郎は、唖然とローボを見詰めた。
『今だっ!』
心で叫んだ庭師が低い体勢から突進し、瞬時に執事が追う。その速さは目にも止まらず、十四郎が斬られたかの様に見えたが、瞬間抜刀の十四郎は鎌も剣も同時に防いだ。
瞬間に攻撃を受けられた二人は瞬速で反撃に備えるが、研ぎ澄まされた反射神経をも凌駕して脇腹に激痛が走った。
「何だ?……今の……魔法使いは一度しか剣を振るわなかった……でも、同時に二人に直撃を与えるなんて……」
唖然と呟く馬番にローボは、また薄笑みを浮かべながら言った。
「どこを見てた? 十四郎は三度剣を振るったぞ。私とて、三の太刀は見えなかったがな」
「三度? 二度では……」
驚愕した馬番が呟いた瞬間、先頭の庭師が俯せに倒れた。十四郎は倒れる瞬間、超速で執事を追い越し、刀を仕舞うと執事も前向きに倒れた。
「あなたも戦いますか?」
「我は……」
十四郎の問いに馬番は口籠りながらローボを見た。
「臆したか? 私を理由になどするな。お前は主人の為に戦えばいい。それが誇り高き狼の一族だ」
自分を一族と認めてくれた事が、馬番に力を与えた。
「魔法使いよ……手加減は無用だ」
馬番は棍棒の様な太い槍を頭上で回し始める。その勢いは加速し、やがて槍は目で追う事さえままならずに風切音だけ残して消えた。
そのままの態勢で十四郎に襲い掛かるが抜刀した十四郎は、まるで見えてる様に槍を受け流す。
「全く……一撃で首が飛んでるはず……普通、受け流せるか?……十四郎、狼は疲れないぞ! 気を抜くな!」
呆れ顔のローボは最後の言葉を叱咤激励に変えた。
『何故だ? 何故受け流せる?』
見た目も華奢な十四郎が剣で受け流す度に、馬番の両腕は棍棒で殴られたかの様な激痛に見舞われる。超高速で幾度となく斬り込んでも、汗一つかかずに十四郎は受け流し続けた。
「ならば!!」
馬番は槍の動きに変化を付ける! 横回転から縦回転に瞬速で変換! だが、その行為は馬番にとっても賭けだった。両腕の筋肉は猛烈な遠心力により悲鳴を上げ、毛細血管がブチ切れるのがはっきりと分かる。
だが、その激痛は長続きしなかった。ふいに両腕の負荷が消えると、意識が彼方に飛びそうになった。
「まさか……槍を斬ったのか……」
回転のバランスは半分に切られる事で狂い、その瞬間の隙に懐に飛び込んだ十四郎は渾身の横薙ぎで馬番の意識を刈り取った。
薄れて行く意識の中で、十四郎がスローモーションで刀を収めるのが分かった。
「化物、め……」
最後の言葉と同時に馬番の意識は彼方へ消えた。辺りに静寂が戻り、大きく息を吐いローボが十四郎に近付こうとした瞬間、背筋を冷気が撫ぜた。直ぐに振り返ると、そこには天使の様な笑顔の女が立っていた。
「誰ですか? ビアンカって?」
薫風の様な声は耳には優しいが、その意味にローボは牙を剥いた。
「まさか、私が気付かないなど……」
「アウレーリア殿ですよ。私も全然分かりませんでした」
横に来た十四郎の声も、心なしか沈んでいた。