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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第四章 発展
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三人目の魔法使い

 部屋で膝を抱えるアインスは、ドアの開く音に顔を上げた。一瞬で血が逆流する、静かだった脈が超高速で波打つ、そして喉はカラカラに乾いて声が出なかった。


 そこに立つ影は薄暗がりの中でも光を吸収し、逆に輝きを放っていた。甘い香りが周囲を漂い、場の空気さえ色取りを与えていた。


「何をしているんですか? アインス」


 その優美な声は、アインスの心臓を鷲掴みにした。


「あなた、魔法使いを狙ってるんですか?」


 アウレーリアの続け様の質問にアインスは答えられなかった。アウレーリアは穏やかでゆっくりした口調だが、その奥には凄みさえ漂わせ、アインスは声にしたくても声帯は乾き切り、肺の中に空気は無かった。


「あら? どうしたんですか? ちゃんと言って頂かないと分かりませんよ」


 顔を近付けるアウレーリアの瞳が、一瞬の光を放った。


「……分かった……魔法使いには、手を出さない……」


 掠れる声。声を出す動作でさえ、喉の奥に激痛が走った。


「アインスはお利口さんね……」


 穏やかに微笑んだアウレーリアが部屋を出て行く。少しの間を空け、入れ替わりに部屋に来たドライは背中を丸め震えるアインスを見て声にならない声を絞り出した。


「……怪物が……震えてる……」


「何だ……ドライか……」


 やっと気付いたアインスが顔を向けるが、その顔に血の気はなかった。


「面倒な事になった……」


「アンタが呼んだんじゃないの?」


 ボソッと言うドライを見て、アインスは強い視線を向けた。


「違う、アウレーリアが勝手に……」


「とにかく、厄介だよ……アイツは魔法使いに敵対する全てを倒すよ。敵も味方も関係なく……ね」


 アインスに言われなくてもドライには分かっていた。制御不能の”悪魔の天使”がやって来たのだ……。


「どうするつもりだい?」


「……」


 アインスの問いにドライは答えられなかった。


「残った九人の黄金騎士を全てブツけても、アウレーリアは倒せないかもしれない……まぁ、挑む黄金騎士などいないと思うけど」


 少し落ち着いたのか、アインスは立ち上がると窓辺に近付いた。他の階級と違い黄金騎士のランク戦は長い間行われていなかった。それは、アウレーリアがNO,1になってからずっと。


 あまりにも強大なアウレーリアには挑む者さえ皆無で、その生い立ちは謎に包まれていた。


「アウレーリアはアルマンニ人じゃないって噂、知ってる?」


「ああ、聞いた事はある」


 急に振り返ったアインスは真剣な眼差しを向け、ドライは経験した事の無い胸騒ぎがドライを包んだ。


「……アウレーリアは、ある日突然現れたんだ……あの姿で……」


「前に耳に挟んだ事がある……アウレーリアは、動物の言葉が分かると……」


 うわ言の様に呟くアインスの言葉に、ドライも言葉を重ねた。


「それって、まさか……」


 窓際で振り返らないまま、アインスは膝を震わせた。


「……ああ、まるで七子様と同じだ……」


 ドライもまた、身体の震えを押さえられなかった。


「……魔法使い……」


 自分の声が他人の声に聞こえた。アインスはその言葉の意味に驚愕した、震えは脳裏に浮かぶ十四郎の姿と重なり倍増する。


「……一応は味方で良かったな」


 ドライの独り言がアインスの震えを若干沈めるが、アインスは大きく息を吐いて更に沈静化に努めた。


「どうして七子の配下になったの?」


 話題を変える事でアインスは逃避したかった。それはドライも同じで、少し笑うと話し出す。


「私は戦う事が嫌いだった……だから、戦いの無い世界を望んでいた」


「青銅騎士三位のくせに?」


 ドライの言葉の意味が分からず、アインスは苦笑いした。


「私は強い訳ではない。戦いと言うモノを多角的に分析して、相手の得意を避け、弱点をを徹底的に突く……動きや思考、速さや強さ……全て分析の対象だ。でも一番には成れないのさ、お前やツヴァイの様な奴がいるからな……凡才は幾ら努力しても天才には敵わない」


「そんなもんか……」


 戦いとは本能的にするアインスは、ドライの言葉の意味なんて考えた事もなかった。


「私の前に現れた七子様は、戦いの無い世界を作ると言った。その為には逆らう者を全て捻じ伏せ、自らが絶対の”王”になると……そして、七子様は私に力を貸せと仰った。黄金騎士や白銀の騎士でもなく……青銅騎士……しかも、全てを尽くしても三番目止まりの私に……」


「人を操るのが上手いね、七子は」


 アインスは笑うが、ドライは静かに呟いた。


「そうかもしれない……だが、私は嬉しかった。今まで生きて来た中で、最高に嬉しかった……私は七子様の為、その目的の為に全てを捧げる」


「まぁ、そんなに熱くならないでよ……でも、ボクも同じかな……七子は、こんなボクを信じてくれたから……」


 初めて会った時の七子の顔。それはとても優しくて、とても厳しくて……そして、何より暖かかった事を、アインスは思い出した。


「我々は立ち止まったり、悩んでる場合ではない……と、言う事だ。この世界で魔法使いは唯一人、七子様だけだ」


「そうだね……」


 顔を上げたドライの言葉にアインスも頷く。もう、身体の震えは止まっていた。


_____________________________



「何ですと? キリー殿が味方に? しかもアリアンナの祖父とは本当ですか?」


 アルンマンニの動向を探りから帰ったマルコスは、ロメオの報告に驚きの声を上げた。既にキリーは帰っていたが、その成果は疲れを吹き飛ばした。


「確定ではありません。一つ条件がありまして……」


 ロメオの声は心なしか沈み、条件と言う言葉にマルコスは過敏に反応する。すぐさまパルノバーの苦労が脳裏を駆け抜け、疲れが一気にブリ返す。だが、気を取り直したマルコスはロメオに向き直る。


「お聞かせ下さい」


 一呼吸置いて、ロメオはゆっくりと話し出した。


「キリー殿の条件は唯一つ……母君の説得です」


「母君ですと?」


 マルコスの脳裏に浮かぶキリーは、どう思い返しても老人であり、その母親となると見当も付かなかった。首を捻るマルコスに対し、ロメオは更に険しい表情で呟いた。


「鉄の女……ローベルタ夫人……」


 聞いた事があった。先代王の従妹で、その行動力と判断力、カリスマ性で混乱する国内を統一し、アルマンニより王の后を迎える事で和平と同盟を取り付けたイタストロア復興の影の立役者。


「エスペリアム王や、あなたを説得するより何倍も困難ですね……」


 魂の抜けた様な顔になったマルコスは、その場に座り込んだ。


「私の祖母も豪胆な人で、薙刀では私も敵いませんでした」


 そんなマルコスの様子を見た? 十四郎は笑顔で言った。


「知らないって事は幸せだよな……」


「そうなのです。十四郎殿に幾ら説明しても、あの調子で……」


 呆れ顔のマルコスに、ロメオも溜息を被せる。


「アルマンニの魔法使いに、アウレーリア。そして、今度は鉄の曾祖母……十四郎はとかく、怖い女と縁があるな」


 他人事みたいに笑うアリアンナの方を見て、マルコスは心の中で呟いた”アンタも入ってるよ”と……。


「で、誰が行くんですか?」


 薄々は分かっているが、マルコスは敢えて聞いた。


「私と十四郎で行くよ」


 平然と即答するアリアンナだったが、横のマリオは難しい表情を崩さなかった。


「私が行くと言ったのだが、キリー殿に拒否された」


「嫌いらしいよ、下手な小細工。だから、お爺様はロメオ殿を外した」


 駆け引きを小細工と言われる事は光栄だが、ロメオは果して駆け引き無しでローベルタ夫人を納得させられるかは大きな疑問だった。数々の逸話には多少尾鰭が付き、それは伝説となって行くのだが、ローベルタ夫人には当てはまらない。


 全てが実話であり、彼女は本物の偉人なのだ。


「多分、大丈夫です」


 十四郎はロメオだけに笑顔を向ける。見えないはずの十四郎が、一番苦慮している自分を正確に見分けた……それは、一筋の”光”となって、ロメオを包み込んだ。


「その自信はどこから来るんだ?」


 呆れ顔のマルコスに対しても、十四郎は笑顔を向けた。


「それ程のお方なら、きっと分かってもらえます……戦いのない世界の大切さを」


__________________________



 十四郎と馬を並べて進む道は、アリアンナにとって不思議な感覚だった。経験した事の無い穏やかな気持ちは、そよぐ風や空気の匂い、落ち着き払った精神さえ客観的に感じられた。


 だが、横に並ぶ十四郎の顔を見れなくて、アリアンナはぶっきらぼうに言った。


「さて、どういう作戦で行くんだ?」


「はぁ、まだ考えてません」


「そうだと思った」


 頭を掻く十四郎を見て、アリアンナは苦笑いした。


「ねぇ、十四郎。そのお婆さん、怖いの?」


「どうですかねぇ」


 今度はアルフィンが振り向いて聞く。十四郎は笑顔で答えると、優しかった祖母を思い出していた。


「アルフィンは何と言ってるんだ?」


 明らかに談笑している二人? を見て、アリアンナは首を傾げた。


「お婆さんに会うのが楽しみと、言ってます」


 その言葉はアリアンナの胸をドキドキだせた。父親以外の肉親……祖父はとても優しかった……また、肉親に会える……その事は大事な使命を目の前にしても、アリアンナは嬉しさを抑えきれなかった。


「……そうか、私も楽しみだ」


 呟くアリアンナは心の片隅で思っていた……この道が、永遠に続けばいいのに……と。


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