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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第四章 発展
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「お話はそれだけですかな?」


 質素な応接間で、キリーはロメオに笑顔を向けた。


 数ある領主の中でも異彩を放つ、賢者と言われるキリー伯爵の所にロメオは交渉にやって来ていた。外見は小柄で大人しそうな老人だが、その白い髭に覆われた柔和な顔の裏に秘めたモノを隠していた。


 領民に土地を貸し与え、そこに税を掛ける。税は他に比べ割高ではあるが、不作の場合や怪我や病気で作物が作れない場合には減税措置を施し、相応の金を支払えば貸し与えた土地は領民の物となる。


 当然、目の前の目標があれば領民は一生懸命働き、比例してキリーは潤った。領外からも率先して民を受け入れ、条件は不定期に行われる軍事訓練への参加だった。


 その結果、キリーの領は経済的にも軍事的にも強固となり人口も増えイタストロア随一の繁栄を築いていた。


「それでは、ご返答をお聞かせ下さい」


 頭を下げるロメオは横目でキリーの表情を窺った。だが、キリーはその表情を薄笑みでガードしながら本心を薄いベールで隠し静かに言った。


「我らが助力したとして、その見返りは?」


「見返りですか?……」


 わざと考え込むフリをしたロメオは、言葉に溜息を混ぜた。


「パルノーバが落とされた事に対して、どうお考えですか? その将たるあなたが、今は敵の使者として我らに助勢を求めに来る……とてもイタストロ随一の知将のなさる事とは思えませんな」


「これは手厳しい。敗軍の将の話など、聞くに値しないと仰いますか?」


 キリーはロメオの胸を突くが、ロメオは穏やかに斬り返す。


「そうは申しておりません。あなたが動く理由を伺いたいのです」


 それまで笑顔を浮かべていたキリーは、急に真剣な目を向けた。


「パルノーバを落としたのは紛れもなく魔法使いです。その戦い方を目の当たりにして、私は魔法使いに懸けてみようと思ったのです……民の未来を」


 ロメオはその視線を真っ直ぐに返した。


「私は、あなたが何を言っているかは考えていませんでした。なぜ言っているのかを、ずっと考えていました……答を出すには魔法使い殿に会うしかない様ですね」


 キリーの言葉はロメオの期待を膨らませた。


「それでは魔法使いに……」


「それには及びません。こちらから出向きましょう」


 ロメオの言葉を遮り、リーオは薄笑みを浮かべた。


______________________



「まさか、あのキリー伯爵ですか?」


 あんぐりと口を開けたマリオは、キリー達一行を前にして茫然とした。


「仲間にするなら最強の御仁だ」


「有名な方なのですか?」


 アリアンナは腕組みで笑みを浮かべ、横の十四郎はポカンとしていた。


「ああ、イタストロ一の金持で策士だよ」


「そうなんですか……」


 十四郎にはキリーの容姿は見えなかったが、穏やかな雰囲気は伝わった。


「あなたが魔法使い殿ですか?」


「ええ、まあ、そうですね」


 挨拶をするキリーは十四郎の容姿に少し驚いた様だったが、直ぐに笑顔に戻った。ロメオからキリーの領地やその統治の仕方などの説明を受けた十四郎は、単刀直入に言った。


「キリー殿は、私達にご助力下さるのですか?」


「ほう、協力して欲しいではなく、反対に聞かれてる様に聞こえますな」


「あっ、はい……何せ、途方もない事ですので」


 恐縮する十四郎を見たキリーは少し顔を曇らせ、直ぐにマリオを見た。だが、マリオは当然という顔をで、全く動じていなかった。


「あのう……少し、お聞きしてよろしいでしょうか?」


「何でしょう?」


 十四郎は急に質問した。大きく息を吐き、キリーは頷いた。


「キリー殿は民を大切に扱い、領地の拡張も行っておいでですが……それはやはり、戦による拡大でしょうか?」


 ココロに引っ掛かる疑問を十四郎は口にする。キリーは少し間を空けると、ゆっくり話し出した。


「領地を広げる為には武力でではなく、お金を使います。武力で手に入れた土地には”遺恨”が残りますが、対価を手に入れた相手にはその様なモノは残りません」


「ならば、何故武力の育成を?」


 更なる疑問を十四郎は口にした。


「我等の武力は行使しません。なぜなら我々の武力は抑止力だからです。つまり、大規模な兵の訓練などは、他の領主に対する威嚇です。強いと思わせれば、攻め込む隙を作りません故に……」


「強い力は抑止力……」


「どうしました? 魔法使い殿」


 急に顔を曇らせる十四郎に対し、キリーは首を傾げた。


「もし、相手が更に強い武力を持てば……」


 呟く十四郎の言葉を受け、キリーもまた顔を曇らせた。


「均衡が崩れる時、戦いは始まります……まるで競い合い積み木を積む様なモノです。終わりの無い競走です……」


「……競い合うなら、幸せとか豊かさにしたいですね」


 しみじみと十四郎は呟いた。


「あなたなら出来るのですか? 平等で戦いの無い世界を作る事が」


 俯き加減の顔を上げたキリーが十四郎を見詰めた。


「私一人なら、多分無理です」


 少し微笑んだ十四郎は天を見上げる。


「正直ですね……そして、ずるい……私の協力があれば、出来るとでも言いたいのですか?」


 キリーもまた苦笑いで上を向いた。


「はい……ですが、欲を言えばもっと多くの味方が欲しい所です」


 真っ直ぐ見詰める十四郎の瞳は銀色に輝き、キリーの背中を後押しした。


「欲張りですね……でも、本当に夢を叶える為には必要かもしれませんね……欲と言うモノが」


 溜息交じりのキリーだったが、一呼吸置いて言葉を続けた。


「我が陛下は悪い人ではありません。今の戦いもイタストロアの意図するものでもありません……それだけは、覚えておいて下さいますか?」


「はい」


 十四郎の返事を待って、キリーはロメオに向き直った。


「正直、ココに来るまで結論は出ていませんでした。あまりにも途方もない夢です……何だか魔法使い殿と話していると……何だか実現出来そうな気がしました……ですが、私もイタストロア伯爵家の当主……主君を裏切る訳には参りません」


 周囲は沈黙に包まれる。だが、その沈黙を破り、それまで見守っていたアリアンナはキリーの前で見事なカーテシーで礼をした。


「私はカテリーナの娘です」


「まさか……カテリーナは?……」


 キリーの表情が一変する。今にも泣き出しそうな表情でアリアンナに詰め寄った。


「母は亡くなりました」


「そうであったか」


 がっくりと肩を落としたキリーを、アリアンナが優しく支えた。


「アリアンナ殿、キリー殿とはお知り合いですか?」


「私の母、カテリーナはキリー様の末の娘……」


「しかし、その恰好は?」


 十四郎の問いに答えるアリアンナを、キリーは目を見開いて見た。アリアンナは胸元も露わにしたド派手な出で立ちだったからだ。


「母は盗賊ラドロにさらわれ、私を生んで直ぐに無くなりました……私は此の世から盗賊を無くす為に、盗賊になりました……そして、今は十四郎と共に戦っています」


「何故女のお前が?」


 アリアンナの顔は、カテリーナの面影があった。


「盗賊と言う理不尽も、戦争と言う理不尽も無くす為です」


 その美しい顔が、カテリーナと重なりキリーは大粒の涙を流した。


「……理不尽か……私は、カテリーナを守り切れなかった……探し出す事さえ出来なかった……」


「どうか、世の中の理不尽に苦しめられている人々を救う為、お力をお貸し下さい」


 絞り出す様なアリアンナの言葉に、キリーは何度も頷きながら抱き締めた。近くで見詰めるアリアンナは確かにカテリーナの面影があった。何故直ぐに気付かなかったのか……後悔と喜び、そしてほんの少しの”勇気”がキリーに沸き上がった。


_______________________



「あなたは行くのでしょう?」


 ベッドに横になるビアンカの髪を撫ぜながら、ヘンリエッタは優しく呟いた。返事が出来ないビアンカは、小さく頷いた。


「必ず帰ると約束できますか?」


 ビアンカはまた小さく頷いた。


「母は例えどんな事があっても、あなたの味方です」


 今、目前で涙を浮かべる人に覚えが無くとも、その姿にココロが震えた。その手の温もり、優しい香りがビアンカを包み込む。


「良いかな?」


 優しい笑顔のガリレウスが、ビアンカの元にやって来る。


「ビアンカ……魔法使い殿の事も覚えてないのかな?」


「はい」


 脳裏に十四郎の顔は浮かぶが、記憶は繋がらない。あるのは最近の記憶、生々しい戦いの記憶だけだった。


「それでも行く訳は?」


「記憶を失う前の私なら……多分、そうすると……」


 ガリレウスの問いにも、ビアンカはきちんと答えられない。だが、目を閉じなくても浮かんでくる十四郎の笑顔は、ビアンカの胸の中で一杯になっていた。


「それでよい。お前はきっと、そうするはずじゃ」


 背中を押される言葉、一番言って欲しかった言葉……ガリレウスは、笑顔と一緒にビアンカにくれた。起き上がったビアンカは、ヘンリエッタとガリレウスの顔を交互に見た。


 二人は笑顔を返し、ビアンカは今度はちゃんと声に出した。


「私は戦います……そして、必ず戻って来ます……十四郎と一緒に」


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