青き旗の下で
「七子様、パルノーバが落ちました」
ドライの報告にも七子は驚きもせず、ただ窓の外を見ていた。
「報告によりますと、ロメオ以下の砦の守備隊は魔法使いの傘下に入った模様です」
「報告は逐次入れさせろ。意図を知りたい」
続けるドライの報告に、やっと七子は視線を向けた。
「それが、魔法使い達は”戦いの無い平和な世界”を造るのだと……」
『それなら、私と同じじゃないか……』
返事はココロの中でした七子は、少し笑みを漏らす。
「これでエスペリアムの動きを封じる事は出来ず、イタストロアは挟み撃ちになります」
「エスペリアムは動かない。静観するだけだ」
冷静に戦況予測をするドライだったが、七子は言い放った。ドライは不気味な笑みを浮かべ、七子を見た。
「その訳は?」
「戦況は流動的だ。アルマンニはフランクルを押して、モネコストロもイタストロア相手に防戦一方だ。だが戦況は予断を許さない。パルノーバが落ちて直ぐに動けば双方に対して言い訳が出来なくなるからな」
試してるのかと思いつつも、七子は見解を述べた。
「動くのは戦況を見てかてからと?」
「漁夫の利とは、そう言う物だ……観察力、洞察力、分析力を伴ってこそ可能になる」
ドライは声を押し殺し、七子は独り言の様に呟いた。
「それでは、我等はどう動きますか?」
「黄金騎士の取り込みはどうなってる?」
ドライの質問に、逆に七子が聞いた。
「NO,1のアウレーリアの賛同を取り付けました。後は簡単です、ですが……」
「言ってみろ」
ドライはアウレーリアの事で言葉を濁した。黄金騎士NO,1のアウレーリアは世にも美しい銀色の髪を持ち、鎧の上からでも分かる豊満なボディ、どんな男も虜にして美の女神と呼ばれながらも、その強さは他の追随を許さなかった。
「それが、アウレーリアが話しに乗ってたのは、七子様の描く目標ではなく……魔法使いに興味がある様で……」
「……そうか、面白い」
七子の脳裏にはビアンカが直ぐに浮かび、何故が喜びに似た感覚が沸き上がる。
「それでは、他の黄金騎士も取り込みに掛かります。所で、白銀の騎士は如何致しますか?」
「軍師なら、お前で十分だ。他の者など、必要はない」
「はっ、仰せのままに……それと、アインスの処遇は如何致しますか?」
「まだ、使い道はある。今は放っておけ」
「分かりました」
七子の言葉はドライのプライドを持ち上げ、満足そうにドライは部屋を出て行った。
「さて、次の段階だ……」
窓辺に行った七子は、遠い景色の向こうに十四郎の顔を思い浮かべた。
_____________________
目を覚ましたマリオは直ぐに異変に気付いた。
「ロメオ様、これは一体……」
ロメオの返答は到底受け入れ難く、さりとてマリオには残された道は少なかった。一呼吸置いて、マリオは自らの剣を喉に刺そうとするが、甲高い金属音を伴い剣は真っ二つになった。
「あなたの命は私が貰い受けます」
刀を仕舞いながら十四郎はマリオを銀色の瞳で見詰めた。
「何をバカな……」
「あなたは今、命を捨てました。だから私が拾ったのです」
穏やかな十四郎の声、震えるマリオは折れた剣と自分を重ねて居た堪れなくなった。
「私も十四郎様に命を授かりました」
「私も同じです」
「私も……」
俯くマリオにツヴァイやゼクスが話し掛け、ノインツェーンも小さく呟いた。
「それなら私以下、砦の兵も皆同じだ」
ロメオもまた、穏やかにマリオを見詰めた。
「でも、十四郎は命を助けたから配下になれと言ってるんじゃないんです。命を大事にして欲しいと言ってるんです」
ビアンカの言葉はマリオの胸を打った。確かに戦いに於いて、十四郎の意図は感じていた。
「命は捨てないとしても、お前の傘下に入るとは限らない……」
精一杯の返事だったが、マリオの気持ちは笑顔の十四郎に揺らされた。
「はい。それは、あなたの自由ですから」
”自由”という言葉の意味が、改めてマリオを包み込む。
「こいつには野望や下心なんて微塵も無い。あるのは”助けたい”という気持ちだけだ……全く、世話の焼ける奴だ……」
「ローボ殿……」
呆れる様に言い放つローボの横で、十四郎は赤面した。
「だがな、このまま命を絶った方が楽かもしれないぞ……我々の行く手は遠く険しい」
ローボはマリオに近付くと耳元で囁く。その言葉はマリオの中の”騎士”を刺激した。マリオは折れた剣を捨てると、改めて十四郎に向き直った。
「本当に夢を実現させるつもりですか?」
「……そうですね、何もしなければ夢は永遠に夢のままですから」
囁く様に十四郎は答え、マリオの中に行先の霞む”道”が目の前に現れた。
「……私も、お供します」
一瞬の間を空け、マリオは力強く言った。
___________________
遅れて砦に入ったマルコスは、ココの説明に茫然とした。
「まさか……ロメオ将軍と言えばイタストロアの英雄……その人が我らの味方に……」
「今は場末の砦で燻っています」
言葉とは裏腹に、ロメオには威厳が漂っていた。
「……何故です?」
言葉を漏らすマルコスは、それしか言えなかった。
「多分、あなたと同じです……」
ロメオの視線の先には十四郎がいた。何だかそわそわして、まるで場違いな子供みたいだったが、マルコスは思わず笑顔になった。
「そうですか」
全て一瞬で理解出来た。自分だけじゃない……全ての人が十四郎に魅了される事は、当然であり必然なのだと。
「ラナ様……」
バンスは思わず声を震わせた。その視線の先のラナは、十四郎と寄り添うビアンカを魂の抜けた様な顔で見詰めていた。
「ラナはきっと、大丈夫です。分かるんです……女には……誰も、ビアンカには勝てないと。だから今、ラナは必至で自分に言い聞かせてるんです……私と同じ様に」
バンスの傍で、リズが独り言みたいに呟いた。
「……」
バンスは小さく溜息をつくと、一歩下がってラナを見守るのだった。
「これで、モネコストロは安泰だ。エスペリアムに背後を突かれたイタストロアは崩壊する」
周囲を見回したランスローは安堵の溜息と共に言うが、十四郎は曖昧に笑った。
「いえ、エスペリアムは動かないでしょう」
「何だと、約束を守らないと言うのか?」
顔色を変えるランスローを余所に、十四郎はまた落ち着いた表情で続ける。
「動かなくても十分牽制になります。かえって、その方がいい」
「こんなに苦労して砦を落としたのに、エスペリアムは何もしないのかっ!?」
落ち着いた十四郎の言動はランスローの怒りに火を点け、見守っていたダニーやフォトナーの部下達も一斉にどよめき出した。
「今、この大陸は戦いの最中だ。戦いに加われば国は疲弊する……だが、時期を見誤らなければ最低限の犠牲で”勝利”を掴める。動くのは、態勢が判明してからでも遅くないんだ。エスペリアムの立ち位置は、そう言う所だな」
溜息交じりのマリコスは、静かに説明した。
「そんな……」
ランスローの落ち込みは、多くの者を代表している様だった。
「ランスロー殿。エスペリアムが動かなければ、モネコストロにとって追い風です。イタストロアに対する防衛に専念出来ますから」
十四郎は宥める様に言うが、その背中を押し退けアリアンナが前に出る。
「私兵を集めてイタストロア解放軍を作る。それで、正規軍を挟み撃ちだ」
「そうですね。イアタストロア正規軍にも、我々に同調する者もいるかもしれません……例えばリーオ、とか」
「リーオ殿? あのベルッキオ殿の……」
ロメオの言葉で十四郎は思い出した。
「はい。リーオは賢明な男です……実は、あなたの事はリーオから聞いてました」
穏やかな声のロメオだったが、十四郎は少し俯いた。
「その解放軍はアタストロアの解放だけが目的なのか?」
少し視線を強くしたマルコスは、アリアンナを見た。
「ふっ……名前など今、適当に言ってみただけだ。疑うのか?」
「そう言う訳ではないが……」
薄笑みを浮かべるアリアンナは、マルコスに負けない視線を返しながらダニーやフォトナーの部下達にも視線を回した。
「あんたこそ、目的はモネコストロ”だけ”の救済なんじゃないのか?」
周囲を思惑や柵が錯綜する。そんな雰囲気を、ビアンカが一層した。
「目標に向かう為には、戦いは避けて通れません。ならば、皆がココロを一つにして戦うしかないのです。そして、私達はまだ多くの仲間を必要としています……名前などどうでもいいのです。私達は王や国に仕える”軍”ではないのですから……」
「そうですよ、私達は仲間を集めるんです」
直ぐにノインツェーンがビアンカの傍に寄り添い、リルはそっとビアンカの手を握った。
「そうだったな……」
少し赤面したアリアンナはマルコスを今度は穏やかな視線で見詰め、マルコスは照れた様に視線を逸らせた。
「それではビアンカ様、一緒に戦う仲間の目印として、旗を作るのは如何でしょう」
ツヴァイは十四郎の方を見ながら笑顔を向ける。
「そうですね……その旗は青を基調にした蝶の紋章はどうですか? 十四郎のマントの様な……青は天の真実を意味し、裏地の赤は神の慈愛の意味を持ち、紋章の白は正義と純潔を意味する……蝶の意味するものは……不死と不滅……そして、新たな始まり」
ビアンカの脳裏に懐かしい誰かの声が響いて、そのまま声にした。そして、最後の言葉は何も考えずとも浮かんで来た。
「……それは、あなたのお母様に聞いた事がある……」
思い出したリズは思わず呟く。十四郎のマントについて、優しく説明してくれたビアンカの母親の顔が頭を通り過ぎた。
「良き旗になりそうですね」
頷くロメオは、大空に翻る青き旗を脳裏に描いた。
「白い蝶は人々を幸せな世界に導く先導者だ……ほら、何とか言え」
ローボは十四郎の背中を押し、前に押し出された十四郎に皆が注目した。
「お願いします」
それだけ言って、十四郎は頭を下げた。一瞬の沈黙の後、静けさは拍手の渦に変わった。
「さあ、一旦帰るか……」
傍に来たローボは遠くモネコストロの方を見た。直ぐに十四郎の脳裏に笑顔のメグとケイトの顔が浮かび、思わず笑顔になった。
「十四郎! アルフィンの事、忘れないでよ!」
遠くからシルフィーが叫ぶ。
「そうでした! ダニー殿! アルフィン殿は?!」
「ご心配なく、手配は出来てます。後は、迎えに行くだけです」
ダニーの返事は十四郎を安堵させるが、右手の暖かい感触が十四郎を赤面させた。
「十四郎……帰ろ」
それはビアンカの小さな手で、見上げるビアンカの顔は見えないが、その温もりと感触は十四郎を一時の幸せな気分で包み込んだ。
”本当の戦いはこれからだ”……”お前は人々を導き、守れるのか?”……。
そんな声が十四郎の耳の奥で聞こえた。
「頑張ります……」
小さく声に出した十四郎は、目前の暗闇の中に一筋の光を確かに見た。
第三章 完
第四章 準備中です。これから更に厳しい戦いが始まります。ご期待下さい。