パルノーバ攻城戦 32
リラックスしたビアンカの正眼の構えに、マリオは息を飲んだ。それは十四郎の構えと瓜二つで、剣を握る手に汗が滲む。それにも増してビアンカの表情には落ち着きが溢れ、人を越えた美しさでマリオを突き放す。
『宝石さえ霞む……』
ココロの中で呟くと、神秘的なビアンカの表情が更に神々しく見えた。だが、少し視線をずらしただけで、不安そうに見守る多くの味方兵が目に入る。自分はパルノーバの名誉と誇りを賭けた一騎打ちをしているのだと、もう一人の自分が囁き掛けた。
マリオは長い息を吐くと、剣を握り直す。そして、ゆっくりと記憶にあるビアンカの特徴を思い出した。目にも止まらぬ速さと、得意技はレイピアの三段突き……だが、ビアンカの持つ剣は十四郎と同じ反りのある片刃の剣。光を放つように輝くその剣は、ビアンカと十四郎を同一に感じさせた。
”魔法使い”……”魔女”……頭の中で、そんな言葉が木霊する。マリオはビアンカの容姿を改めて見た。そこには、魔女と言うより”女神”が降臨していた。
構えたまま動かない両者を見て、ローボは十四郎の横顔に言う。
「落ち着いてはいるが、勝てるとは思わないな」
「ローボ殿、私の声をビアンカ殿に伝えられますか?」
ローボの問いは完全にスルーして、十四郎はビアンカから目を離さないで言う。
「出来るが、どうするつもりだ? 付け焼刃の助言など、あの相手には……」
「お願いします」
「分かった……話し掛けてみろ」
ローボの言葉など全く意に介さず、十四郎は低い声で言う。溜息交じりのローボは、呆れながらも精神を集中した。
『ビアンカ殿。腕の力を抜いて、少し絞る様に持ちます。足元は、つま先で立つ感じです』
頭の中に十四郎の声がした。ビアンカはその声に素直に従う……すると、嘘の様に刀が軽くなり、身体も宙に浮いてる感覚になった。
『相手の剣を受けてはダメです。受け流す感覚で常に相手の次の動きに注意して、攻撃は二段とは限りません、三段でも四段でも来ると思って下さい。こちらからの反撃はまだです、相手の攻撃を受け、慣れてからですよ』
「はい」
小さく頷いたビアンカは、真っ直ぐな迷いの無い視線をマリオに向けた。
______________________
見詰めるロメオの脳裏にも、女神に抗う自分達の姿が投影される。もしかして自分達は間違ってるのではないかと言う疑問さえ、脳裏を過る。
改めて周囲を見回すと、息を飲んでビアンカとマリオを見詰める大勢の味方の兵……そこには、味方を越え同胞さえも超越した”仲間”がいた。指揮官として砦を守り、仲間を守る……天秤に掛けるのは簡単で、指揮官としてなら砦を守り、人としてなら仲間を守る。
どちらかを選べと言われたら……だが、既にロメオは決断していた。
「いかにモネコストロの近衛騎士と言えども、イアタストロア最強のマリオ殿の敵ではありません」
ナダルはマリオの背中に期待を込めて言い、見守る味方兵も同じ様に頷いていた。
「確かに、マリオなら負ける事はない」
口に出る言葉と裏腹に、ロメオは嫌な予感が頭を離れなかった。
先に仕掛けたのはマリオだった。様子見の意味も込め、上段から斬り掛かる。ビアンカは素早く身を翻すと、マリオの剣を滑らせる様に刀を斬り上げて力を相殺する。
『次が来ます!』
十四郎の言葉が脳裏に響き、ビアンカは手首を返して二の太刀を受け流した。その時の二人の間合いは手を伸ばせば触れるくらいで、ビアンカはそのまま横に跳んだ。
第二の斬り込みを躱されたマリオは、視界の隅からビアンカが消えると同時に更に速い踏込で追う。ビアンカは横に飛びながらもマリオの動きから目を離さず、牽制の横薙ぎを見舞った。
カウンターで来るビアンカの刀を、マリオは落ち着いて払い落としそのまま突きに出る。
『身体ごと避けて! もう一段来ます!』
ビアンカは横跳びで避けると同時に、次の突きを下方から跳ね上げる。そして、マリオの剣が浮いた瞬間、距離を取った。当然追撃を予想し、正眼の構えを崩さずに。
「確かに動きは早い。だが何だ? この感覚」
まるで自分の動きを読まれている様な感覚は、違和感となってマリオを包み込んだ。
「予測してる場所に、マリオが撃ち込んでいる様だ」
ロメオもまたビアンカの動きに首を捻った。それはまるで”剣舞”あらかじめ決められた動きを演じている様に、二人の動きは綺麗に収まっていた。
『今度は横薙ぎから連続の突きです!』
予測は的確で、ビアンカは余裕をもってマリオの動きに対処した。
「……過保護だな、少しはビアンカに任せたらどうだ?」
「それが出来ればいいのですが」
呆れ顔のローボは溜息交じりに言うが、瞬きもしないで十四郎は精神を集中してビアンカを見守っていた。当然、ビアンカもマリオの姿も十四郎に見えないが、二人の影は確かに十四郎の瞼の裏で白い影となり、はっきり捉えていた。
________________________
十四郎の時より更にマリオは困惑していた。まるで、掌で弄ばれている様な感覚は、徐々にマリオを苛立たせ、それは動きに出る。洗練された動作とは違い”怒り”は突発的な行動を生んだ。
前に出るマリオに対し、ビアンカは後ろや横の動作で攻撃を躱すが、限界はある。三段、四弾の攻撃はビアンカの集中力と体力を削り、次第に対応が甘くなった。
「これしかないな……」
呟いたマリオは体力に物を言わせ、ビアンカに休息を与えない。
「反撃しないのか? このままじゃ、ビアンカの体力は尽きる」
戦いの様子を見切ったローボは、十四郎を見るが集中した十四郎は返事さえしなかった。そして、静かにビアンカの脳裏に言葉を送った。
『ビアンカ殿、あなたの刀は普通の刀ではありません。伝説の名工国定殿が、あなた専用に鍛えた刀です。斬れないモノはありません……あなたは、この砦の人達の柵を斬るのです……あなたなら、出来ます』
「……どうやって?」
息を弾ませるビアンカは考えるが、思い付く事などなかった。
『マリオ殿の剣を斬って下さい。頭に描くのです、自分の刀が相手の剣を斬る感覚を』
「剣を斬る……」
思い浮かべたのは十四郎の剣技……魔法の様な動きがビアンカの脳裏でリフレインした。