パルノーバ攻城戦 31
交渉は進まなかった。ロメオ達のプライドと使命感は、そう簡単には覆らない。十四郎にも”騎士の一分”は痛い程に理解していた。人の命を思えば、そんなモノは何の意味も無いとは分かっていても、素直に頷けないのが騎士や武士という人種なのだと。
「魔法使い殿、これ以上お話する事はありません。どうか、お引き取りを……我等パルノーバ守備隊は最後まで戦います」
「しかし……」
十四郎は食い下がろうとするが、今度はマリオが声を荒げた。
「何時でも我等を全滅させられると言ってる様に聞こえる」
マリオにとって降伏の勧告は、どんな理由や理屈があってもプライドを踏み躙る上から目線の”警告”にしか聞こえなかった。
「どうする? 聞く耳はもたない様だぞ」
ローボは周囲を取り囲む敵兵を牙で威嚇しながら、十四郎を見た。何も言えない十四郎は視線を落とすが、ローボは更に強い口調で言った。
「目的を果たすなら、この砦の兵全員を打倒すしかない様だ……」
「それは……」
改めて周囲を見回す十四郎の目には、剣や槍を構える”老兵”達の姿が浮かぶ。その姿は命令には背けない兵士達の悲哀が浮かんで見えた。考える十四郎だったが、そう簡単に答えは浮かばなかった。
ただ時間だけを消費しながら、十四郎は考え続けた。
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パルノーバ砦を見上げながらビアンカ達は勢揃いしていたが、砦からは何の動きも感じられずに次第に焦りが出だす。
「私が見て来ます」
「待て、交渉は十四郎に任せるんだ」
焦るツヴァイは見に行こうとするが、マルコスに止められた。
「しかし、何の動きもありません。心配にはならないのですか?」
「心配に決まってる」
食い下がるツヴァイに、マルコスは歯をくいしばりながら言い放つ。
「だが、ここで見ていても皆の不安が増すだけだ」
アリアンナは周囲を見回す。各自の表情は、同じ様に十四郎を心配して曇りがちだった。
「私とルーで見て来ます」
「言うと思った」
溜息交じりのルーに、悲しそうな顔でシルフィーが聞く。
「ワタシは?……」
「お前さんじゃ、城壁は登れない。今回は留守番してろ」
穏やかな表情でルーはシルフィーを見る。
「ごめんなさい、シルフィー……待ってて、必ず戻って来るから」
「……うん」
小さく頷くシルフィーを残し、溜息交じりのルーに跨るとビアンカは風の様に走り去った。止める暇も無く、マルコス達はその背中を見送るしか出来なかった。
「リズ様……」
マルコスは見送るリズの顔が嬉しそうな事に首を捻った。
「嬉しいんです……記憶を失ってないビアンカなら、きっとそうすると思いますから」
涙を拭い、リズは嬉しそうに言った。ラナはそんなリズの表情を複雑な気持ちで見ていた……嬉しいのか、悔しいのか分からない曖昧な気持ちで。
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無言で走るルーは、チラリとビアンカの表情を見た。その顔は真っ直ぐ十四郎の方を見ていて、一切の戸惑いや迷いは見受けられない。
「見に行くだけじゃないんだろ?」
前方に視線を戻したルーは、背中で言う。
「……多分」
ビアンカの返事は予想通りで、思わずルーは口元を綻ばせる。一気に城壁を駆け上がると、中庭に十四郎とローボの姿を見付けた。一直線に駆け寄ると、ローボはともかく十四郎は驚いた表情になった。
「一騎打ちを申し込みます」
ルーから降りたビアンカは、マントを翻してロメオを見詰めた。その眼差しは美し過ぎて、思わずロメオは視線を逸らせた。
「ビアンカ殿、何を?」
「それしか方法はありません……さあ、どうされますか?」
十四郎の驚く視線を躱し、ビアンカはロメオを更に見詰める。
「魔法使いではなく、あなたが出ると言う訳ですか?」
「もう……十四郎を戦わせたくないんです」
ビアンカの言葉はロメオには響かなかった……神憑りで圧倒的な強さこそが、十四郎に対する認識だったから。ビアンカの悲しそうな言葉さえ、侮辱の様に聞こえた。
「私がお相手しましょう」
その感覚はマリオも同じで、剣を持って進み出る。ビアンカの事は知っていた、モネコストロ近衛騎士団ヘッドナイト……美しき女騎士の事を。
「ロメオ様!」
焦るナダルはロメオに詰め寄るが、ロメオはマリオを真っ直ぐ見詰めた。
「彼女が何者か知っての事か?」
「はい。稀代の美しさに匹敵する強さは、存じています」
一礼するマリオの視線は、既に戦闘態勢に入っていた。
「分かりました。一騎打ちを御受けします」
「待って下さい!」
せっかくロメオが受けて状況を打破出来る糸口が見つかったのに、十四郎は慌てて止めに入った。急いで直ぐにビアンカに近付くと、真剣な目を向ける。
「ビアンカ殿、あなたはまだ……」
「分かっています……十四郎、これを持ってて下さい……」
頷いたビアンカは自分のレイピアと、懐から出した短刀を手渡した。
「ビアンカ殿、これを何処で?……」
見えなくても触れば分かる。その手触りは懐かしい絹の感触、そして指先に感じる”蝶”の刺繍は十四郎を更に慌てさせた。
「どうした十四郎? 顔が赤いぞ?」
真っ赤になる十四郎の顔を覗き込み、ローボは首を傾げた。
「ごめんなさい、覚えてないんです……でも、何故が私にとって、とても大事な物の様に感じて……だから十四郎、持っていて下さいね」
震える十四郎にビアンカは優しい眼差しを向ける。赤面して言葉を詰まらせる十四郎の姿が、ビアンカの胸をキュンとさせた。そして、胸の奥深くから湧き出す”熱い”何か……それはビアンカ全身にみなぎる力を与えた。
前にも感じた、この感覚はビアンカを落ち着かせる。刀を腰に差し直し、ローボやルーに微笑むとビアンカは待ち構えるマリオに向かった。
「止めなくていいのか? あいつは強いぞ……記憶を無くす前のビアンカなら互角に戦えたかもしれないが、今はま白紙の状態だ……」
「ほんの少しの訓練で、ビアンカ殿は目覚ましい進歩をしています。前の様にとはいきませんが、ビアンカ殿は負けません」
ローボの問い掛けに十四郎は、低い声で答える。その声は限り無い信頼が秘められ、ローボは笑みを漏らした。
「そう言い切れる根拠は?」
当然の疑問。確かにビアンカは戦い方を思い出してはいる様だが、十四郎の落ち着いた態度の方がローボには気になった。
「……ビアンカ殿は……妹が認めた……」
また急に赤面した十四郎は、言葉を濁した。
「何なんだ? はっきり言え」
呆れ顔のローボだったが、十四郎のそんな様子に内心は驚いていた。
「ビアンカ殿は……私の……家族なのです」
今まで聞いた事の無い十四郎の声、そして照れた様な仕草はローボにとって新鮮だった。
「ほう、家族か……」
赤面と口籠る意味、そして心から信頼している訳をローボは悟った。
「全く、人間って奴が分からない……お前も、あのビアンカも」
ルーはビアンカと名前で呼んだ。それを聞いたローボは、嬉しそうにビアンカの背中を見ていた。