パルノーバ攻城戦 30
塔から降りると、中庭には既にロメオ達が待っていた。
「降伏をお願いに参りました」
ローボから降りると、十四郎は深々と頭を下げた。
「食料を断ち救援を遮断、少数だが強力な戦力で相手を消耗させて、真の本隊が仕上げ……見事な作戦でした。難攻不落と呼ばれたパルノーバも陥落の可能性があります」
的確な分析をするロメオだったが、その目力は生きていた。
「それでは……」
「我等パルノーバ守備隊、最後の一兵まで戦います」
騒乱の時代、何度も聞いた”最後の一兵まで”と言う言葉。十四郎の脳裏に維新の戦いが蘇り、胸を締め付けた。大きく息を吐いた十四郎は、ありのままを正直に話し出した。
「私達がこの砦を攻めた訳は……」
最後まで黙って聞いていたロメオは、暫くの沈黙の後に思い口を開く。
「あなたなら、変えられるのですか?……この世界を……」
「私は変えたい……未来がどうなるのか? どうすればいいのか? そんなことを考えなくていい世の中、今日が楽しくて、明日が楽しみで……そんな世界がいいです。少なくとも、飢えや戦に怯えないでいい、穏やかな世界……当たり前の様に皆が幸せな世界……それが願いです」
言葉を紡ぐように十四郎は話した。
「そんな世界など夢だ」
聞いていたマリオは思い切り睨み付ける。十四郎の言葉が砦を落とす為の方便にしか聞こえなかった。
「あなたの仲間は、戦いの時に敵兵の命を奪わないのは何故ですか? まあ、例外はあるでしょうが」
後半戦の皮肉も込め、ロメオは聞いた。
「そうですね……本音を言えば戦いたくない。それでも戦わなければいけない運命なら、せめて抗いたい……戦いと死が同義だと言う事に。その私の思いに、皆が賛同してくれたのです。ですが、私が命を落としたと思い……皆は……怒りや憎しみに駆られ……戦いは、憎しみの連鎖しか生まない……」
言葉の重み……十四郎は、まるで身体を引き裂かれる様な痛みを交え、途切れながらも言葉を絞り出した。
「我等は騎士、国を守り国民を守りし守護者……戦いに於いて生死は勝ち負け、騎士にとって、死は恐れるものではない」
「何の為にですか?」
胸を張るロメオに対し、十四郎は悲しそうに聞いた。
「何の為? それは国や国民の為に決まってます」
「国民の為と言うのは分かりますが、国とはなんでしょう?……土地? この広い大地? 国境など目に見えない線の為に大勢の命を犠牲にするなど、私には考えられません」
過去には同じ様な考えの元に戦った十四郎は、改めてその理由を自らに問う。
「ならば国境を取り去り、全ての人々が幸せに暮らせる様に国と言う概念を消し去りますか? そんな事が出来るはずはない。支配する者、支配される者が存在し、利害を求める限り国は無くなりません」
「しかし、罪無き大勢の人が命を落とすなら……そんな国など……無い方がいい……」
ロメオの言葉は正論だった。戦いを好み支配と欲望が消し去れないのは、人の性だった。しかし、十四郎はポツリと呟いた。
「要するに、降伏する気は無いんだな?」
十四郎とロメオのやり取りに業を煮やしたローボは、強い口調で言う。
「降伏する理由がありません。我らの戦力は健在です」
剣先みたいな鋭いローボの視線を、ロメオは毅然とした様子で跳ね返す。当然の返事だった、砦を死守する騎士が、戦力が残ってるのに簡単に降伏するはずはない。
「以前モネコストロにあるミランダ砦を、イタストロアの軍勢が襲いました。私はイタストロアの指揮官を倒し、軍勢に帰還して欲しいと頼みました。副官の方は、部下の方々に無駄な戦いをさせない為に聞いてくれました」
「まさか、ベルッキオ殿は混戦で討死したと聞いたが……」
急にミランダ砦の事を話し出した十四郎の言葉に、マリオは愕然とした。
「副官のリーオは賢い男だ。魔法使い殿の事は伏せておいたのだろう」
直ぐにリーオの意図を理解したロメオは、十四郎を見据えた。魔法使いという神秘的で絶対的な存在は、味方の士気や国の指針の障害に成り得る。その様な危険な存在は、伏せるに越した事はない。
「リーオ殿の様に、我等も引けと言いたいのだな?」
マリオも凄い形相で十四郎を睨み、話は平行線のまま膠着した。
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「私、十四郎の元に行きます」
「言うと思った」
決心した様にビアンカが呟くと、溜息を付きながらルーが足元に来た。ローボの言い付けでビアンカの傍にいる様に言われたのだった。
「それなら俺も行く。大詰めを十四郎一人に任せられないからな」
頷きながらマルコスも前に出る。
「私……今まで何も出来なかったけど、最後くらい……」
俯き加減のリズが出ると、ツヴァイはビアンカの元に駆け寄った。
「ビアンカ様、お供致します」
直ぐにノインツェーンやゼクスも傍に来てビアンカに頭を下げた。
「お前が行くなら仕方ない、行こう」
リルはノインツェーンを横目で見ながら言い、ココも笑顔で付き添った。当然、フォトナーの部下達も喚声を上げ、ダニー達も決意した表情でこっそり列に加わる。
「ラナ様、私とランスロー殿から離れない様に」
「俺は行くとは言ってない」
バンスは穏やかな顔でラナを見詰め、ランスローは少し不機嫌そうに言った。
「ランスロー、頼みます。私を連れて行って下さい」
初めて見るラナの思いつめた顔。今まで一歩引いて我慢してきたラナ……辛くて切ない時間を耐えて来たラナをランスローは傍でずっと見て来た。幼き頃から勝気で我がままで、絵に描いた様な”お姫様”だったラナの面影はなかった。
「ラナ様……お任せ下さい」
跪いたランスローは、静かに言った。
「結末を見届けないと、来た甲斐が無いな」
全員を見回したアリアンナは、真剣な目をビアンカに向けた。
「行きましょう」
ルーに跨ろうとするビアンカに、シルフィーがニジリ寄った。戦闘状態だった事もあり、シルフィー達馬は後方に置かれていたのだった。
「ワタシの事、完全に忘れてる」
「ごめんなさい……そう言うつもりじゃ」
俯くビアンカに、シルフィーは明るく言った。
「仕方ないか、十四郎が大変なんだもんね」
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「正面、門の手前に敵の軍勢が集結しています!」
「……様子は?」
伝令が耳打ちすると、直ぐにロメオは聞き返した。
「それが……」
「どうした?」
伝令は口籠り、その顔色は穏やかではなかった。
「先程交戦した本隊だと思いますが、その……意志が見受けらません……戦いの」
伝令の言葉を聞いたロメオは、改めて十四郎に向き直った。
「お仲間は見に来た様ですね……結末を」
静かに頷いた十四郎は、襟を正して話し始める。
「私はこの世界の人間ではありません……」
その言葉の余韻が、ロメオを初めパルノーバ守備隊の耳とココロに経験した事の無い衝撃を与えた。
「お言葉通りに受け取れば、あなたは異世界人と言うことですね?」
頭の中の整理など出来なかったが、ロメオは必死で目の前の現実と向き合う。
「はい……私の世界では小さな国々が乱立し、互いの覇権を競う戦国の時代が続きました。やがて最強の国によって世界は統一され、長く安寧の世が続きますが、所詮圧政……庶民の不満は蓄積し、平等な世の中を築く為に戦いが起こり、私もその戦いに加わりました……戦いは私達、維新を目指す者が勝利して平等な世が誕生しました」
「イシン? それは何ですか?」
話の意味は理解出来るが、ロメオはその話の中に聞いた事の無い言葉に首を捻った。
「世の中の色々な事が改革されて、みな新しくなることです」
十四郎の言葉はロメオの胸の中で弾ける。ロメオにも国や体制に対する不満や憤りは山ほどある、知らぬ間に鳥肌が立つロメオは十四郎を見据える。
「新しい世では人々は幸せになりましたか?」
「始まったばかりで、まだ戦いの残り火はありましたが、全ての人々の幸せに向けて確実に前に進んでいました」
「あなたは、この世界にも”イシン”を起こすと言うのですか?」
「……起こしたいです……そして、もう既に始まっているのです」
十四郎の背中を門外に集結する”仲間”が後押しして、声に張りをもたらせた。
「……始まってる……」
更に新たな衝撃。しかし、その言葉はロメオや他の者達にとって決して不快ではなくて、むしろ期待や希望にも似た高揚感を抱かせた。