パルノーバ攻城戦 27
「起きたね……十四郎……」
ビアンカの腕の中で十四郎は目を覚ます。リルやノインツェーン達は身体が震えて、立ってる事すらままならない。マルコスは天を仰ぎ、ココはただ涙を必死で拭っていた。
「全く……何度迷えば気が済む……」
溜息交じりのローボは、穏やかな目で十四郎を見る。
「ご心配、お掛けしました……」
「迷ってたの?」
少し笑った十四郎に、ビアンカが母親の様な優しい言葉を掛ける。不思議な感覚だった、ビアンカの中では喜びや感動を超越して、そのココロはとてつもなく平穏だった。
「あっ、はい……」
思わず赤面する十四郎を見ながら、ローボはまた小さな溜息を付く。
「命の大切さを説いてる奴がそれでは何の説得力もない。伝えたいなら、自分が示せ……」
「……はい」
穏やかなローボ言葉は十四郎の胸に突き刺さる。周囲の皆の泣き顔も、どれだけ心配していたかを物語り、十四郎は改めて決意した。
ゆっくりとビアンカに支えられながら立ち上がると、十四郎は刀を拾う。そして、ビアンカの刀を返した。
「お返しします」
受け取ったビアンカは、小さく頷く。それは、十四郎の意志が痛い程に伝わったから。
「まずは、あの連中だな」
十四郎が目覚めた事に気付かないツヴァイ達を、ローボが静かに見詰めた。
「はい」
鯉口に左手を添えた十四郎は、ツヴァイの背中目掛けて走り出した。
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ツヴァイは目の前で血飛沫を上げる敵兵を見ても、眉一つ動かさない。それどころか返り血の暖かさや、人の生命の臭いが眠っていた本能を呼び覚ましていた。
そして、老兵に混ざった若年兵に向けて躊躇なく剣を振り下ろす。その瞬間、ツヴァイの剣を十四郎の刀が受け止めた。
「十四郎様!!」
「もう、止めて下さい」
叫ぶツヴァイに向かい、十四郎は穏やかな笑顔を向けた。
「ご無事で……」
全身の力が抜けたツヴァイは、剣を落とす。そのまま十四郎はゼクスの元に走り、同じ様に剣を受けた。
「……十四郎様」
絶句するゼクスに向い、十四郎は笑顔で言った。
「アリアンナ殿を止めて来ます。ゼクス殿は、ツヴァイ殿とビアンカ殿の元に行って下さい。
「……はい」
当然の罪の呵責がゼクスを襲うが、十四郎の命には逆らえない。とぼとぼツヴァイの元に行くと、元気の無い声を掛けた。
「……十四郎様は無事だった……なんて、早まった事をしたのだろう……」
「罪は償う……」
落とした剣を拾ったツヴァイに、遠くから十四郎の声が響く。
「ツヴァイ殿!! ビアンカ殿を頼みますよ!!」
涙が溢れた、全て十四郎にはお見通しなのだ。ゼクスも同様に涙を流し、二人は剣を仕舞うとビアンカの元に向かった。
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「アリアンナ殿!!」
その声はアリアンナの胸を貫いた。
「お前……」
振り向いたアリアンナは目を疑うが、そこには確かに十四郎の姿があった。
「引いて下さい! 後は私が!!」
叫んだ十四郎は、走りながら刀を抜く。前よりも勢いを増した十四郎の刀は、目にも止まらない速度で敵を倒した。アリアンナの手下達も、突然現れた十四郎に驚きを隠せないが、敵との交戦を止めない手下は十四郎の刀によって神速で剣を弾き飛ばされた。
あっと言う間にアリアンナの周囲の敵は掃討され、刀を仕舞った十四郎が振り向く。
「ご心配をお掛けしました」
十四郎の顔には決意が溢れ、言葉にしなくてもアリアンナに伝わった。
「全く……戻るぞっ!」
アリアンナは直ぐに手下に号令を掛けると、背中を向けた。その背中には喜びが溢れ、誰も見えない角度では頬に光るモノがあった。
「……バンス……私は……」
遠くから見ていたラナは、十四郎の背中が眩しくて真っ直ぐに見れなかった。ただ、言葉を震わせ涙の河を流すだけだった。バンスは黙ったまま、ラナに寄り添い続けた。
「やっぱり、あの方は……」
ダニー達も同様に言葉にならない。皆、肩を抱き合い涙を流した。リズは、十四郎の背中とビアンカを交互に見て、涙声で言った。
「よかったね……ビアンカ……」
「……ったく……ハラハラさせやがって……」
剣を仕舞ったランスローも苦笑いするが、マルコスは人目を憚らず大泣きしていた。人々のココロに再び火が点る……それは掛け替えの無い大切な”希望”の火だった。
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十四郎は敵を倒しながらナダルに近付く。途中で気付いたナダルは身体を硬直させ、再び魔法使いと言う言葉に包み込まれる。
”復活”それは神の領域。ナダルにとって、最早十四郎は正真正銘の魔法使いだった。
「指揮官の方ですね?」
間近で見る十四郎は、あれだけ戦っていたのに呼吸一つ乱していない。そして、銀色の瞳は吸い込まれる様に美しく、穏やかな表情は神秘的にナダルを威嚇した。
「お前は一体?……」
「帰ってお伝え下さい。砦を明け渡して欲しいと」
「……」
言い返したくても、ナダルは言葉が出なかった。まるで金縛りに合った様に動けず、部下の声でやっと呪縛から解かれる。
「ナダル様、ここは一旦引きましょう。最早戦力はありません」
「……戻るぞ」
見渡すと、倒れていた兵達は少しづつ起き上がっていた。ナダルは部下に命令を下し、もう一度十四郎を見ると、深々と頭を下げている所だった。
『何なのだ、こいつは?』
思わず声に出さずに呟くが、理解など出来るはずも無い。ナダルはただ、全身の震えに耐えながら砦に戻った。