パルノーバ攻城戦 23
「どうした十四郎? 様子が変だぞ」
背中の十四郎の異変を敏感に感じ取ったローボが、振り向き様に言った。
「ローボ殿、最後尾で全部の敵に聞こえるくらいの大きな遠吠えをお願いします」
「全ての敵を引き付ける気か?」
「はい」
何時になく真剣な十四郎の声に、ローボも視線を強めて敵の大軍を見据えた。
「よかろう」
ローボはスピードを上げ、敵の最後尾に追い付くと渾身の遠吠えを上げた。地鳴りと空気の振動、耳を劈く高周波が敵の背中に激突した。
「何事だ?!」
先頭を走るナダルは、物凄い遠吠えに思わず軍勢を止めた。
「狼の遠吠えです!」
直ぐに傍の部下が報告するが、そんな事は聞かなくても分かっていた。
「どこからだ?!」
「最後尾付近です!」
「何だと?!!」
一瞬で悪い予感が体を駆け巡る……”魔法使いが追って来た、と”。
「後方警戒! 後ろから来るぞ!」
ナダルの号令に兵達は一瞬で混乱して、恐怖とパニックに陥る。言われなくても分かる、後ろから来るなら……”あの、魔法使い”だと。
「静まれっ! 後方を見て来い!」
浮足立つ部下を落ち着かせる為、何より自分が落ち着く為にナダルは側近に指示を出し、立て続けに周囲の部下に叫んだ。アリアンナ達と比べれば大軍と言えど総数は五百、然程広くない正門前を埋め尽くす程ではないが、人と馬が交差しては後方の様子は把握出来なかった。
「前から敵が来ている! 戦闘態勢を取れっ! 取り囲んで殲滅しろっ! 数で押すんだっ!」
目前にはアリアンナ達の軍勢が迫る、時間にすれば会敵までは数分、態勢の乱れは苦戦に繋がる。歴戦のナダルは直ぐに気持ちを切り替え、臨戦態勢を取った。
だが、その束の間、後方を見て来た側近が悲鳴に近い叫びを上げた。
「魔法使いですっ!! まるで魔物だっ!! 擦れ違うだけで倒される!!」
「怯むなっ!! 全軍反転!! 魔法使いを討ち取れ!!」
瞬時に態勢変更の指示を出す。前方の百人の敵と、一人の魔法使いでは脅威と破壊力の度合いが違う。危機はもう、背中に触れている……ロメオには迷う暇など残されてなかった。そして、自分の最後の言葉が耳の奥で空しく木霊した。
『討ち取るだと……マリオ殿でさえ敵わない魔法使いを……』
ココロの底で呟いたナダルは、全身の毛を逆立たせた。
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「敵が反転!! 態勢を乱してます!!」
フォトナーが異変に気付き、アリアンナはさっきの喚声が遠吠えだと理解して思わず呟いた。
「十四郎……来たのか?」
「十四郎様……」
「十四郎……」
リズは混乱する敵の後方に、確かに十四郎を感じた。マルコも直感で分かった、十四郎が来た事を。
「来た……十四郎だ」
「チッ、あいつか……」
自然と涙が浮かんだラナが呟き、横のランスローは吐き捨て、バンスは穏やかに微笑む。
「どうして、助けて欲しい時に……あの人は必ずやって来るんだろう……」
感動がダニーを包み、横の同僚が肩を抱いた。
「だから、魔法使いと呼ばれるんだよ」
「一旦止まれ!! 様子を見る!」
アリアンナは停止の指示を出し、横のウーノに目配せをする。
「ミテクル」
一瞬、赤い仮面が笑ってる様に見えて、思わずアリアンナは溜息を付く。ウーノは馬を降りると驚く程の速さで敵の軍勢に突入し、ドゥーエとトーレも後に続いた。
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ローボから飛び降りた十四郎は、凄まじい勢いで敵兵を倒す。それは”舞い”の様にも見えるが、決して優雅ではなかった。少し遅れて到着したビアンカの目には”死神の踊り”の様に見えた。
擦れ違うだけで倒れる敵兵。その顔は苦痛に歪むことはなく、眠りに落ちる様に倒れて行く。
「分かり易い奴だ」
「何が?」
溜息交じりのローボの言葉だったが、ビアンカには分からなかった。
「ただの一人も女盗賊に近付かせないつもりだ」
「……あの人、来てるの?」
「ああ、前方にいる。お前の友達も、子供達も一緒だ……皆、揃って一体何の真似だ」
皆の気持ちは分かってはいるが、敢えてローボはうそぶいた。
「ビアンカ様! お下がり下さい!」
ツヴァイが立ち竦むビアンカの横を高速で駆け抜け、ゼクスも後に続く。
「十四郎様の事は任せて下さい!」
ノインツェーンも叫びながら後を追い、少し遅れてココやリルもやった来た。ココは狼にのったまま、的確に弓手を倒しリルも狼に乗ったままだが、十四郎の傍に迫る敵を確実に倒す。
「近付かせないから」
ビアンカの方を一瞬見たリルは、目にも止まらない速さで矢を射た。
「凄い……」
十四郎は言うに及ばず、ツヴァイ達やココ達も物凄い勢いで敵兵を倒していた。思わず呟くビアンカに対し、ローボはニヤリと笑った。
「凄いのは、あいつらの戦い方だろ? 見ろ……倒された敵兵は誰も死んでない」
「ほんとだ……」
倒れた兵に目を向けると、どの兵も血を流してはいなかった。例外として、ココやリルが射抜いた敵兵達が腕や脚に矢を受け、流血はしていたが致命傷にはなってなかった。
ビアンカの中で凄惨である戦いが、違うモノに見えた。何故だと言う疑問は、離れて行く十四郎の背中が物語っていたが、答えは語らない。
「どうして?……」
口から零れる疑問……本当は何となく分かる気がする。
「あいつだよ……十四郎は戦いたくはないんだ、本当はな……だが、あいつは理不尽な戦いを続けなければならない運命なのだ」
「それって……」
ローボの言葉がビアンカの胸に突き刺さる。背中越しの十四郎の顔が、見えた気がした。
「だから、奴らも同じ様に戦う。十四郎の痛みを少しでも和らげる為に……」
その言葉はビアンカの全身を貫いた。ビアンカは無言で剣を抜くと、一瞬ローボを見て走り出す。目が合ったローボも、直ぐに後を追った。
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「まさか?!」
目前に迫る赤い仮面を見付けたナダルに、戦慄が走った。赤き死の仮面……その者達の通り過ぎた後には、死体しか残らない。だが、赤い仮面達は剣の使い方が違っていた。敵の剣を受ける時だけ剣を使い、倒す際には蹴りやパンチだった。
「何故だ……どう言う事だ?」
疑問の言葉を漏らすナダルは、次々と倒される味方の兵を唖然と見るしかなかった。既に半分以上の兵が倒され、残る兵達も浮足立ち、戦ってると言うよりは逃げ惑っていた。
「ナダル様! 魔法使いです!」
側近が叫んだ! 視線を移動したナダルの目に十四郎の姿が激突する。その銀色の目は、真っ直ぐナダルを見詰めていた。全身の血が凍った……剣を抜こうと手を賭けるが、震えで柄が握れなかった。
十四郎は真っ直ぐナダルに向かって歩いて来る。ナダル周辺の兵達が、まるで海が割れる様に道を作った。それは意志とは関係なく、まるで何かに憑りつかれた様に……。
「もう、引いては頂けませんか?」
馬に乗るナダルの足元に来た十四郎は、刀を仕舞うと懇願する様に言った。
「そんな事が出来るか! 我らは難攻不落パルノーバ砦の守備隊だ! 命に代えて砦を守る!」
「そこを曲げて……」
叫ぶナダルが剣を振りかざして叫ぶが、十四郎は静かに頭を下げた。その時、動きが止まった十四郎目掛け、四方から一斉に兵が切り掛かる。
だが、ナダルには十四郎が刀を抜くのが見えなかった。見えたのは十四郎が刀を仕舞う所だけだった。そして、斬りり掛かった十数人の兵達は静かに地面に倒れた。
「魔物だ……」
ナダルには、それしか言えなかった。