パルノーバ攻城戦 20
「ロメオ様、如何致しますか?」
たった数人に翻弄され、狼まで戦列に加わって戦況は予断を許さなくなった来た。ナダルも焦りの色は次第に濃くなり、戦況を見詰めるロメオに思わず指示を仰いだ。
「狼が加わったとは言え、たったあれだけの人数にパルノーバが落とされたのでは帰る場所が無くなるな」
他人事みたいに言うが、ロメオの内心は穏やかではない。特に十四郎の戦いは戦慄さえ感じさせ、狼の動きもロメオの常識を覆していた。獣であるはずの狼は統制が取れ、組織的に動いているのが分かる。
しかも敵の攻撃力、つまり武器を奪うだけで戦いの本質である命のやり取りはしていない。
「しかし、不思議です。狼達は弓や槍、噛み砕き、剣を奪うだけです……」
「ああ、明らかに意図的に動いてる」
唖然と呟くナダルにロメオも同意した。
「信じられません。狼が自らの意志で、あんな戦い方をするなんて」
「……魔法なのかもな」
ナダルは驚きを隠しきれないが、ロメオは聞こえない様に本心を呟いた。
「我々の兵を投入しても、結果は同じです。武器を奪われ、戦力を奪われるだけ……」
「網を用意させろ、梯子で狼を牽制して網で動きを封じる。人の知恵を見せてやれ」
「それなら、狼を押さえられます!」
ロメオの作戦に、ナダルは直ぐに同意した。狼さえなんとかすれば、幾ら敵が強くても少人数だとナダルは思った。優位に立てるかもしれない作戦が決まった興奮は、ナダルに肝腎な事を忘れさせた。
それは、十四郎達が並の強さではない、と言う事だった。ロメオには、付け焼刃の作戦だとは分かっていたが、部下の士気を上げる為には可能性のある作戦が必要だった。その後の事を考えるロメオだったが、戦う十四郎の背中が思考の拡張を阻んでいた。
___________________
「ビアンカがいない……」
気付いたリズは背筋に冷たいモノが走った。
「だから言ったでしょう! 早く探さないと!」
直ぐにランスロー駆け出そうとするが、その腕を取ったラナが少し悲しそうな目をした。
「行先は分かってる……私達にはどうする事も出来ない」
「多分そうですよ! なら尚更助けに行かないと!」
「行って連れ戻すか? それでは何も変わらない……」
立ち塞がったマルコスは、悲しそうな目でランスローを見た。その視線がランスローのプライドを刺激して、更に叫ぶランスローだった。
「何もしないで見ているなんて出来ない! 私はビアンカ殿が……ビアンカ殿が……」
「分かってる……」
言葉の最後は周囲に消え、ラナは優しくランスローの肩を抱いた。ランスローの気持ちはラナにも痛い程分かっていた。目を閉じると十四郎の笑顔を思い出し、その横にビアンカが浮かぶと胸の痛みでラナの顔から笑顔が消えた。
「全く……何なんだ? お前ら、国の存亡が懸かってるって言うのに、色恋沙汰とは……」
呆れた様に言うアリアンナだったが、ラナの表情が隠している気持ちを揺さぶった。アリアンナ自身、十四郎に従ってここまで来たが、本来なら来る理由は無い。しかし、従ったのはアリアンナもココロの奥に隠す気持ちに逆らえなかったからだった。
「魔法使いは敵の命を奪わない。そんな事で、パルノーバを落とせるのか?」
アリアンナは胸に燻る気持ちを打ち消す様に話題を変え、マルコスに視線を向けた。
「正直、難しいと思っている……大軍で殲滅戦を仕掛けている訳ではない。幾らこちらが相手の命を気遣っても、そんな事に意味は無いんだ、相手は命懸けで砦を守ってる……例え失神させられたとしても、意識を取り戻せばまた戦いを挑んで来るだろう……永遠にな」
沈む声のマルコスは、本音を話す。
「なら、今の十四郎様の戦い方では絶対無理と言う事ですか?」
リズはマルコスに詰め寄るが、その声は暗く沈んでいた。
「普通の戦いなら、相手の兵士達にも十四郎の気持ちが届くかもしれない……でも攻城戦は違う。まさに国盗りの縮図だ……負ければ砦と言う”国”を失うと言う事です」
「……そんな……知ってて十四郎様を行かせたのですか?」
否定的、絶望的な観測をマルコスは並べた。強く言い返したいがリズだって騎士の端くれ、予想は付いていた。
「……奇跡を……信じるしかなかったのです……そして、十四郎に賭けるしかなかったのです」
「……奇跡か……」
俯くマルコスはリズの顔が見れなかったが、アリアンナは”奇跡”と言う言葉をもう一度呟いた。
「十四郎は奇跡を起こします」
凛とした表情で、ラナはアリアンナを見た。
「私も十四郎様を信じます」
リズもまた決意した様な表情をアリアンナに送る。
「奇跡は待ってるだけじゃ起きない……だがな、それ以前にアイツは甘い……信念か何か知らないが、戦いは綺麗事じゃない……とどのつまり、勝敗は生きるか死ぬかだ」
「それが分かっていても、十四郎様は生かし続ける」
諭すようなアリアンナに向かい、リズは静かに呟いた。その目には迷いなんて微塵もなく、アリアンナは思わず苦笑いした。
「ほんと、言い出したら聞きそうにないからな……さて、アタシも行くか……」
「行くって、十四郎様を助けに?」
アリアンナのの言葉が、沈むリズのココロを救った。
「犠牲を伴わずに奇跡は起こせない……アイツに教えに行くだけだ」
立ち上がったアリアンナは振り向きながらリズに笑うが、リズはその行動が無謀だと分かっていた。
「でも……」
「アイツは戦いの無い世界を作りたいと言った。その世界では、盗賊などしなくても平和に暮らして行けるんだとさ……言っとくが、私は盗賊が大嫌いだ。この世から消し去りたいと思ってる……行くのはアイツの為じゃない。自分の為に行くんだ」
「アリアンナ……」
思わずリズは声を震わせ、アリアンナは胸を張る。その言葉は真っ直ぐて一点の曇りもなかった。
「オレタチモ、イク」
ウーノの先頭に、三人の赤い仮面がアリアンナの前に出る。
「何だ? どうした? 自分から行くって言うなんて」
「マホウツカイ……アイツノソバハ、タノシイ……」
「そうか……」
ウーノは小さな声で答え、アリアンナは穏やかに微笑んだ。
____________________
「そんなはずはない……今のツヴァイは私だ」
若いツヴァイは全てで上回る、”前のツヴァイ”に驚愕の表情を浮かべた。
「知りたいか?」
剣を受け流すツヴァイは、若いツヴァイに言った。
「剣も速さも、私が上だ」
ツヴァイの剣を弾きながら若いツヴァイは納得がいかなくて、思わず唇を咬んだ。
「お前達のアインスと、十四郎様の違いだ。アインスにとって、お前達は”道具”十四郎様は私達を”大切な仲間”と言って下さる……それが、我らの力となっている……見ろ」
ツヴァイが指す方向では、ゼクスやノインツェーンがフィーアやフェンフを圧倒していた。
「ツヴァイは私だ!」
思わず若いツヴァイは声を荒げた。だが、ツヴァイは一旦距離を取ると静かに構え直した。
「さて、そろそろだな。動きが有るようだ」
ツヴァイは周囲の敵兵の動きを察して、決着を着ける為に息を整えた。遠くにチラリと見えた兵士が網を持っている事に、全てを悟ったツヴァイは次の行動を決めた。
______________________
「どうしたんだよ? 見てるだけなの?」
十四郎の構えを見て動けないマリオに、アインスは大きな溜息を付く。だが、当のマリオには周囲の声や音さえ聞こえない。
『何だ……この、威圧感……』
心で呟くマリオは剣を仕舞ったままの十四郎の構えに、全身から冷や汗を流す。まるで、全身を棘の蔓で縛られた様に動けない。脳裏では何度もシュミレーションするが、全て自分が倒されるイメージしか湧かない。
「君の剣は、その程度?」
またアインスが挑発するが、マリオの耳には届かない。だが、マリオはハッとした。十四郎の足元が、ジリジリと動いていた。
『間合いを詰めてる……』
頭では分かっても、マリオは動けない。ただ、気が遠くなる時間を消費するしか今のマリオには出来なかった。