パルノーバ攻城戦 18
素手で戦う十四郎だったが、もうマリオの身体を掴む事は出来なかった。掴まれなければ魔法は無いと、マリオには分かっていた。初めは恐る恐る近付いていたが、距離を取った打ち込みを続けてる内に確信した。
「何時まで躱せるかな?」
剣が無ければ攻撃は出来ない。体を掴まれなければ魔法は無い……戦い方の模索が終わったマリオは薄笑みを浮かべるが、十四郎の表情に変化は見られない。
「駄目だよ、今がチャンスなんだ。休ませてる暇なんてないから」
腕組みしたアインスはマリオの戦い方に口出しをするが、そんな事は百も承知だった。だが、十四郎の放つ異様な”気”は、マリオを慎重にさせた。
「何だよ! 素手の相手が怖いのか? イタストロアの騎士なんて、大した事ないね」
アインスの一言は、マリオのプライドを傷付けた。凄い形相でアインスを睨み付けると、十四郎に向かい一気に距離を詰める。
繰り出す剣には”怒り”が含まれ、剣を加速させる。寸前で躱す十四郎だったが、明らかに剣筋は今までとは違っていた。寸前で躱したはずの剣が十四郎の服を切り裂いて、破片が宙を舞っていた。
だが、表情一つ変えない十四郎は淡々とマリオの剣を受け流し続ける。そして、視界の隅には絶えずビアンカを置いていた。
「相手の騎士も一皮剥けたな。剣の速さは言うに及ばず、剣筋の強さと正確さが格段に増した様だ。だが、素手での反撃は無理になって来たな……もう相手は身体を掴ませない」
落ち着いた分析をするルーに対し、ビアンカは張り裂けそうな胸の鼓動を押さえるのに必死だった。だが、十四郎の服が裂ける度に、まるで自分の身が引き裂かれる様な痛みに襲われた。
我慢の限界はビアンカの意志に関係なく、突然やって来た。マリオの剣を躱す為、後ろに飛んだ十四郎がバランスを崩し、そこに追い打ちを掛けるマリオが上段から斬り掛かる瞬間だった。
「十四郎っ!!」
叫んだビアンカがルーから飛び降り、城壁の昇降口に走る。
「待てっ!!」
直ぐにルーが後を追うが、押し寄せるパルノーバの守備隊に行く手を阻まれた。前脚で薙ぎ倒し、体当たりで道を切り開こうとするが、ルーの大きな体が仇となり狭い城壁の上では前進は思う様に出来ない。
「待つんだっ!!」
ルーの叫びは、押し寄せる敵兵の喚声に打ち消された。
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狭い城壁内の通路では多くの敵兵が行く手を阻む。ビアンカはレイピアを抜くと、浅い角度で敵兵の腕や脚を切り裂く。興奮状態のビアンカは、考えなくても体は自然に動いていた。
腕や脚を傷付けられ、怯んだ所を蹴り倒しながらビアンカは進む。もう、頭の中は十四郎の事だけになっていた。
全てを忘れてる事も、剣技も思い出せない事も、今のビアンカには関係なかった。ただ、目の前で傷付いて行く十四郎を救いたい、守ってあげたい……その意志だけがビアンカを突き動かしていた。
群がる敵兵も、不安な自分の剣も最早関係ない。ビアンカは脱兎の如く先を進み、暗い城壁から出ると、そこは”戦場”だった。
一目散に十四郎の刀を拾いに走る。その間も群がる敵兵を一撃で倒して行く。ツヴァイはビアンカの姿に下腹が冷たくなるが、群がる敵兵に阻まれ近付く事が出来ない。
そこにゼクスが間に飛び込んで来た。
「行けっ! ここは任せろ!」
「頼むっ!」
ゼクスに任せビアンカの元に行こうとするツヴァイの前に、若いツヴァイが立ち塞がった。
「前のツヴァイさんですね?」
「そこをどけっ! 邪魔だっ!」
振り下ろす剣を簡単に躱した若いツヴァイは、前のめりになるツヴァイの背中を蹴った。そのままの勢いで地面に倒れたツヴァイを見下ろし、若いツヴァイは怪しく笑った。
「何だ、そんなもの何ですか? 今ならあなたは、上位十人には成れませんね」
「そんなモノに興味は無い」
立ち上がったツヴァイは、剣を下げたまま呟いた。
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「ツヴァイ! どうした速く!」
敵兵を蹴り倒しながらゼクスが叫ぶが、新たな剛剣に思わず後ろに飛び退いた。
「私はフィーア。ツヴァイの言う様に、今のあなたも上位には……」
「関係ないな」
明らかに上背で勝るフィーアの剛剣を簡単に受けたゼクスは、表情を変えずに言葉を遮った。
「ほう、力は中々ですね」
斬り返すフィーアの剣は速さも重さも卓越していたが、ゼクスはまた簡単に受けた。明らかにフィーアの顔色が変わる。
「お前達に欠けてるモノが分かるか?」
フィーアの剣を弾き飛ばしたゼクスは、視線を強める。
「欠けてるモノ? そんなモノは無い」
一旦下がったフィーアは、表情を強張らせた。
「仕方ない、教えてやろう」
正眼に構えたゼクスを見て、近くに来たノインツェーンが叫んだ。
「ゼクス! 十四郎様の構えにそっくりだよ!」
「あなたは、そんな下位なのに、どうして?」
戦いながら叫ぶノインツェーンに、今度はフェンフが首を傾げる。
「知らないの? 順位は強さの証明じゃない」
微笑みを送るノインツェーンの言葉に、フェンフはまた首を傾げた。
「言ってる意味が分からない」
「ほら、あそこ」
ノインツェーンが指す方向では、ゼクスがフィーアを圧倒していた。体格差や剣の速さや重さ、全てフィーアが勝ってるのに、戦いはゼクスが主導権を握っていた。
繰り出すフィーアの剣は尽く受け流され、ゼクスの反撃は素早く的確だった。誰の目にもゼクスが優位で、防戦一方のフィーアの顔に余裕なんてなかった。
「何をしてるフィーア……下位を相手に」
唖然と呟くフェンフに向かい、近くの敵を粗方片付けたノインツェーンが、腰に手を当て微笑んだ。
「教えてあげようか?」
「青銅騎士一桁に敵うと思うんですか?」
余裕の表情のフェンフに、ノインツェーンは急に飛び掛かる。咄嗟に下がったフェンフは、口元を綻ばせた。
「奇襲しかないですね……えっ?」
ノインツェーンの剣は想像を超えた速さで迫り、フェンフの後退速度を簡単に超えた。そのまま強烈な前蹴りを喰らい、フェンフは苦痛で綺麗な顔を歪めた。
「何故……?」
「ワタシだけじゃないよ。見て、新旧のツヴァイ達を……特にウチのツヴァイは、今は機嫌が悪いからねぇ」
肩に剣を乗せ、ノインツェーンが指差す方向ではツヴァイが若いツヴァイを倒す瞬間だった。
「アインス様に、匹敵すると言われた、私を……こんなに、簡単に……」
倒れる若いツヴァイに向かい、ツヴァイは言葉を吐き捨てた。
「邪魔だと言ったはずだ」