パルノーバ攻城戦 17
「どこを見てるんだ?」
唖然とした目でビアンカを見詰める十四郎に向かい、マリオは声を押し殺した。周囲では乱戦が始まっており、飛び交う矢や激しくぶつかる剣の音が鳴り響いていた。
明らかに十四郎はマリオを見ていない。それはマリオのプライドを踏み付けにして、怒りに油を注いだ。その腹の底から湧き出す激情は、マリオの剣を加速させた。
正面で受けた十四郎が、身体ごと後方へ飛ばされる。だが、その瞬間も十四郎は、ビアンカの方へ視線を向けたままだった。
「どこまで愚弄する!」
斬り掛かるマリオの剣速は明らかに今までより速かったが、十四郎は一瞬下がった状態で上段から刀を神速で振り下ろすとマリオの剣を叩き落とした。その威力は凄まじく、マリオの剣はその勢い押され、地面に突き刺さった。
ゆっくりと地面に刺さった剣を抜きながらも、その速度と威力にマリオは驚愕する。だが、更に怒りがマリオを支配した。
「今までは、手を抜いてたと言うのか?」
「いえ、そう言う訳ではありません」
言葉を震わせるマリオに対し、十四郎も強い言葉で言い返す。
「ならば、何故だっ!」
「それは……私にも分かりません」
言葉を荒げるマリオに対し、十四郎は言葉を潜めた。
「……あの女か?」
十四郎の視線の先にいるビアンカを見てマリオは呟くと、剣を構え直す。
「さあ、これで本気が見れるな」
今度は声に出すと、マリオはジリジリと十四郎に迫った。
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「ほう、魔法使いの手下達は奇妙な戦い方だな」
ツヴァイ達の戦いを見てロメオは感心した様に呟き、直ぐにナダルが聞き返す。
「どこがですか? 確かに強さは尋常ではありませんが……」
「奴らは命を奪っていない……」
「確かに、それはそうですが……」
殴る蹴るで相手を倒してはいるが、倒れてる男達は死んでいる様子ではなかった。しかもたった五人で数百人を相手に互角以上に戦う様は、驚きなど凌駕していた。
「何者なんでしょうか?」
少し震える声でナダルが聞くと、ロメオは静かに言った。
「あの弓手は銀の双弓……他の三人は多分、青銅騎士……それに、狼はおそらく”神獣”ローボ……」
「まさか……そんな奴らが魔法使いに付き従うと言うのですか?」
戦うツヴァイ達を見ながらロメロは呟き、驚くナダルは声を震わせた。
「ああ、たった五人でパルノーバに乗り込んで来るぐらいだ。普通の奴らじゃないさ。それよりも、あの狼に乗った女……」
ロメオは城壁の上でルーに跨るビアンカを見て、目を見開いた。逆光がビアンカの背中から羽が生えた様に周囲に拡散し、その姿は神々しくこの場所が戦場である事を曖昧にさせる。
「……なんと、美しい……」
戦闘の最中なのに、ナダルは思わず口走った。
「全く……訳が分からない……魔法使いとは何なんだ?」
独り言の様に呟くロメオの視線は、ビアンカから離れない。それは、本当に魔法に掛かった様にロメオでさえも判断力を鈍らせていた。
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「降ろしてルー!」
「だめだ。十四郎の不利になる」
叫ぶビアンカに、ルーは静かに声を押し殺す。直ぐに降りて十四郎の傍に行きたくても、ルーは城壁の上を高速移動しながら止まらない。
”不利になる”と言う言葉がビアンカに圧し掛かる。自分は何の為に来たのか? 自分は何がしたいのか? 自問すればする程、ビアンカのココロは冷たく押し潰されそうになった。
「……私は、どうしたら?……」
「大人しくしていろ。そして、十四郎の戦いを見ろ」
静かなルーの声はとても優しく、ビアンカは小さく頷くしか出来なかった。
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十四郎の動きは明らかに変わった。戦いの先にあるモノを見ていると言うより、もっと近くを見出したと言う感じが、マリオを更に苛立たせる。置き去りになった自分が、道化の様に思えて唇を噛み締めた。
「あの女……魔法使いの何なんだ?」
声を震わせるマリオが打ち込む剣をどんなに速くしても、十四郎は更に速く受ける。まるで、風に向かって剣を振ってる感覚に、マリオは背筋に冷たいモノが走った。
「やっぱり、君には無理なんだよ!」
満面の笑みのアインスが叫ぶ。それは、自分以外の者が十四郎と互角に戦っている事の嫉妬が薄れた事への安堵感だった。
「黙ってろっ!」
物凄い形相で叫び返すマリオに向い、アインスは更に大声で笑った。
「証拠を見せるよ!」
取り出した短剣をアインスは投げる! その目標は城壁の上のビアンカだった。だが、短剣はビアンカに届く前に地面に落ちた。
「何だとっ!?」
マリオは愕然とする。それは十四郎が刀を投げて短剣を叩き落とす光景が、目の前で起こったのだ。
「自分の剣を投げるなんてどうしてる……」
「まだ、ありますから」
十四郎は唖然と呟くマリオに答える様に、ビアンカの刀を抜いた。
「それが、違うんだよねぇ」
更にアインスが短剣を投げる。当然、ルーは回避しようとするがアインスが投げる短剣の数は予想を上回る。だが、その中でもビアンカに向かう短剣は十四郎がまた刀を投げる事で地面に落ちた。
「お前は丸腰だぞ……分かってるのか?」
唖然と見ていたマリオが呟くと、十四郎は苦笑いした。
「そのようですね」
「そうか……あの女の為に、命を捨てると言う事だな」
剣を構え直したマリオが、十四郎を見据えた。
「いえ、命は捨てません」
真っ直ぐに立った十四郎は、左足を少し引くと両手を構えた。
「正気か?」
強い視線のマリオは問答無用で渾身の剣を振り下ろす! 十四郎は更に速く懐に飛び込むとマリオの手首を取り、背負い投げで地面に叩き付けた。周囲が物凄い速度で回転し、マリオは背中から地面に叩き付けられた。
「あ~あ、言うの忘れてたけど。魔法使いは、素手でも強いよ」
嬉しそうに笑うアインスを睨んだマリオは、素早く剣を横薙ぎにするが瞬時に下がった十四郎は、寸前で躱した。背中を押さえ、乱れる呼吸を整えながらマリオは十四郎を睨み付けた。
「……今のも魔法か?……ならば、もっと見せてもらおうか」