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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第三章 確立
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パルノーバ攻城戦 15

「ビアンカ……」


 十四郎が行った後も、リズはビアンカと剣の練習を続けていた。だが、十四郎達が出発し時間が経つと、ビアンカの様子は明らかに沈んでいった。


「急には戻らないよね……」


「もう、あなたがやろうって言ったんでしょ?……今日は、もうおしまい。少し、休んだらいいよ」


 呟くビアンカは俯いたまま大きな溜息を付くと、リズは剣を仕舞うとビアンカに休みを勧めた……ビアンカの胸の内は痛い程分る。確かに今、この瞬間にも十四郎達は戦っているのだ。


 そして、リズ自身も飛んで行きたい衝動は存在していたから、余計にビアンカの様子が気になっていた。


「そうする……」


 力なく頷いたビアンカは、森の方に歩いて行った。後を追おうとランスローが立ち上がるが、リズは黙って腕を取る。


「一人にしない方が……」


「今は一人にしてあげて」


 悲しい瞳のリズは、ランスローを見詰めた。


「分かりました」


 小さく息を吐いたランスローは、離れて行くビアンカの背中を不安げな顔で見送った。


 森の中は薄暗いが、今のビアンカには周囲は見えない。ココロに引っ掛かるモヤモヤした気分が、全てを薄いベールで包んでいた。苛立ちと焦り、そんなものが複雑に絡み合って叫びたい衝動を押さえる為に何度も深呼吸した。


「何でこんな所にいる?」


 ふいに野太い声がして振り向くと、大きな銀色の狼が牙を光らせていた。ローボに似てるが、ローボではないと分かると、ビアンカは思わず後退る。


「誰?」


「はっ?」


 明らかに怖がるビアンカを見てルーはポカンと口を開けるが、直ぐに笑顔になった。ビアンカは気付かないのだと……それは短期間で努力して、身体を大きくしたルーの満足感だった。


 少しでもローボに近付く為に、倍の食事をして倍の運動をした。成長期のルーは、みるみる体が大きくなり体力も付いた、それは自信に繋がり少しでも早くローボに認めてもらいたかった。


「まあ、お前が気付かないのも無理はない。俺はローボの息子、ルーだ。どうだ、驚いたか?」


「ルー……ローボに息子がいたの?」


 満面の笑みのルーだったが、ビアンカの反応は予想外だった。やっとビアンカの異変に気付いたルーは、顔を寄せた。


「……お前、変だぞ」


「私、記憶が無くなったの……十四郎は、目が見えなくなった」


「何だとっ!」


 事の重大さに気付いたルーは飛び上がった。


「ごめんなさい……あなたの事も覚えてない」


「覚えてないって……父上は目の見えない十四郎と砦に乗り込んだのか?」


 大きな溜息を付いたルーは、呆れた様な声で聞いた。


「うん……」


 小さく頷くビアンカだったが、ルーは急に視線を強めると最初の質問を繰り返した。


「様子は大体わかった。で、お前はこんな所で何をしている?」


「私は……役に立たないから……人だけじゃなく、剣も思い出せない」


「忘れたと言うのは本当の様だな」


 強い視線を緩めルーが穏やかな視線を向けると、ビアンカは力なく頷いた。


「で、どうするんだ?」


「どうするって……何も出来ない」


 穏やかな視線のままルーが聞くと、ビアンカも俯いたまま答えた。


「そうか……だが、一つだけ言わせてもらう。俺の知ってるお前は、滅茶苦茶だった……十四郎の為なら何もかも捨てるし、命さえ惜しまなかった……本当に始末に負えない奴だったが、俺は好きだったな……」


「……私……」


 ルーの言葉の一つ一つがビアンカの中で、蕾が開くようにゆっくりと浸透した。そして、ココロの奥深くで、弾けた。


「それじゃあな……」


 背中を向けルーに、ビアンカは小さな声で言った。


「連れて行って……」


「聞こえない」


 振り向いたルーは、真っ直ぐにビアンカの瞳を見た。


「私は、私は……」


 声が震えた。全身の血が頭に集中して息が苦しい。だが、ビアンカの視線の先には、十四郎の笑顔があった。震えながら喉に詰まる声を、何かが押し出す。


「私を十四郎の所に連れて行って!」


「乗れ」


 口元を綻ばせたルーは、背中を見せる。ゆっくりとビアンカが跨ると、ルーの背中はとても暖かかった。


__________________________



「こんな戦いが見れるとは……まさに、神の領域だな」


 一瞬も視線を外さないロメロが呟く。


「マリオ殿の剣が魔法使いを捉えました。押してるのはマリオ殿です」


 手に汗を握ったまま、ナダルも呟く。


「そう見えるか?」


「どう言う意味ですか?」


 ロメオの言葉はナダルを刺激した。


「魔法使いの目を見ろ」


「……目……まさか……」


 静かに囁くロメオの言う通り、十四郎の目を凝視したナダルは驚きの声を震わせた。激しくマリオの剣を受けながらも、十四郎の目は輝いていた。


「そうだよ。あの目は喜んでいる目だ……嬉しいのだよ、魔法使いは」


 ロメオは自分で言いいながらも、不思議な感覚だった。強い相手に出会った時、自分に絶対の自信があれば、喜びを感じる事は理解出来る……だが、少し違うと言う違和感がロメオの根底で渦巻いていた。


『まだ、速くなるのか?』


 ココロで呟くマリオだったが、自分とてまだまだ速くなる自身があった。渾身だと思った剣を十四郎が避け、瞬時に十四郎の剣が返って来る。


 だが、余裕とはいかないまでも自分は十分対応出来ている。だが、何故が分からない気持ちの”揺れ”みたいなモノがマリオを包んで、嫌な感じが拭えなかった。


「何だよ! まだ決まらないの?!」


 苛立ちはアインスにもあった。自分以上の超速で戦い続ける二人に、当然嫉妬や妬みはあるが、それ以上にココの中のモヤモヤが次第に大きくなっていた。


「どんなに相手が強くても、何時もの十四郎様ならとっくに勝負は付いているのに……」


 手に汗を握ったまま、ツヴァイは独り言みたいに呟いた。


「それだけ、相手が強いと言う事だ」


 真剣な目で十四郎を追うゼクスも、同じ様に呟く。


「でも、十四郎……なんだか、楽しそうに見える」


「どこがよ?! あんなに苦戦してるのに!」


 何時もの様に無表情なリルが呟くが、ノインツェーンがすかさずツッコミを入れる。


「俺も楽しそうに見える……今までの強敵と、あいつは明らかに違う」


 ココはリルに同意した。いままで十四郎が戦った強敵に共通するのは”悪意”と”邪悪”だったが、相手のマリオには感じなかった。


「確かに相手には”悪意”は無いのかもな。純粋に”敵”として戦い、強い相手へのリスペクトみたいなものは感じる……だが、それ以上に十四郎の考えが想像出来ない」


 一旦戦闘態勢を緩めたローボは、剣を繰り出すマリオを見詰めた。


「十四郎様は、どうお考えなのでしょう?」


「知るか……あいつが何を考えてるか、分かる奴なんていないさ」


 ツヴァイの問いに、ローボは苦笑いで答えた。


__________________________



 十四郎の心理は皆の見解とは少し違っていた。十四郎は今、”無”の境地で戦っていた。今までの強い相手を目前にした時、その邪悪な力に対して自分でも制御出来ない”怒り”で対抗していた。


 それが戦いの真意であり、特に生死を懸けた戦いには少なからず”怒りは”含まれていた。


 だが、マリオとの戦いでは身体は”喜び”の方へシフトするが、ココロは必ずしも同調しない。確かに躍動する体と燃え滾る血が十四郎を突き動かしてはいたが、何かが違っていた。


 それは強い相手に出会えた”喜び”とは一線を画していた。十四郎自身、戦いながら何度も自問するが、答えは出ない。


『私は……戦う事が、好きではないのか?』


 もう一度自問すると、脳裏に浮かぶのはモネコストロで十四郎の帰りを待つ、メグやケイトの笑顔だった。


 十四郎の中では”戦い”が何なのか? と言う疑問が渦巻いた。何故戦うのかなら、大切な人を守る為だと即答できるが、戦いの意味は遠い闇に霞んでいた。


「魔法使い! 本気を出せっ!」


 目前のマリオは、自分を見ていない十四郎に怒りを爆発させた。


「そうだっ! 君は何を見てる?!」


 アインスも、十四郎の戦い方に疑問の怒号を浴びせた。


「何を見てるかだと?」


 口元を綻ばせたローボが呟いた。


「十四郎様……」


 身体を震わせ、唖然と呟くツヴァイの横で少し悲しそうな目をしたリルがそっと囁いた。


「十四郎はきっと……戦いのない世界を見てる」


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