パルノーバ攻城戦 14
マリオは戦いながらも自分が成長しているのが分かる。ほんの一瞬の間に、振り下ろす剣の速さが増すのを実感する。
『魔法使いに引っ張られているのか?……』
心で呟いたマリオは、剣の威力を増す為に踏み出す脚の歩幅を大きくする。正にギヤが一段変わる! 剣を受ける十四郎が後退る。既に周囲には二人の繰り出す剣は見えないが、風切音と風圧が凄まじい剣技を物語っていた。
「十年に一人……否、百年に一人の逸材ですね……マリオ殿は」
茫然と呟くナダルは、手に搔いた汗を裾で拭いた。
「今のマリオなら、アルマンニの黄金騎士にも匹敵する」
「黄金騎士……奴らは人ではなく、魔物です」
ロメオは目をつぶり静かに呟くが、ナダルは背筋が冷たくなった。
「そうだ、その魔物に匹敵するマリオと互角以上に戦う魔法使いとは、何だろうな……」
十四郎の背中を見詰めるロメオもまた、背筋に悪寒が走った。
「でも、何でしょうか?……この不思議な感覚は……目前で戦う二人は、明らかに命のやり取りをしているはずなのに……」
経験した事の無い不思議な感覚……激しく熾烈なはずの戦いを目前にして、場違いな感情がナダルの中に湧いていた。
「命を狙ってるのはマリオだけだ。魔法使いは、そんな事は思ってない」
「今、何と?」
答えはそこにあった。言われてみると、ココロの凹凸にピタリとハマった。そして、その感覚は身体の中まで浄化してくれる様な、とても暖かい肌触りだった。
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「準備しておけ」
茫然と十四郎の戦いを見守るツヴァイに、ローボが声を掛けた。
「何をです?」
「十四郎の唯一の弱点は何だ?」
全く思い当たらないが、ローボの一言はツヴァイの背筋を凍らせた。
「全周警戒! 二人一組で身を守れ!」
叫んだツヴァイの言葉に、全員が雷に打たれた様な衝撃を受けた。無敵とも思える十四郎だったが弱点があるとすれば、それはまさに”仲間”だった。
ツヴァイがアインスとの戦闘で危機に陥った時には、十四郎は躊躇する事なく自分の刀を投げたのだった。
「十四郎様の負担になるくらいなら……」
「ノインツェーン!!」
禁句を口走ろうとしたノインツェーンに、見た事も無い顔でツヴァイが怒鳴った。
「お前はアタシが守る……だから、考えるな……考えるのは生き残る事だけでいい」
背中を合わせたリルが呟くと、ノインツェーンの中に暖かいモノが流れた。
「そうだね……背中は任せる……生きよう……」
「向かって来る兵は問題ない! とにかく矢に気を付けろ! あらゆる角度から飛んで来るぞ!!」
叫んだココはもう一度、矢狭間の位置を確認するが、それは絶望に繋がった。一度に全方向からなんて、十四郎でも避ける事は不可能に思えた。
「輪になれ」
ローボがココに呟き、ココは直ぐに叫んだ。
「背中合わせになれ! 正面だけなら防げる!」
直ぐに十四郎を除いた全員が輪になるが、改めて見ると各矢狭間には、敵兵が弓を構え狙いを付けていた。
「何時までもつかな……」
思わず口に出る本音……ノインツェーンの微かに震える腕を、そっとリルが掴んだ。
「もう少し待て……必ず間に合う」
「何が?」
鋭い形相で睨むローボの言葉に、ノインツェーンが不思議そうに聞いた。
「……フン……おっとりした、バカ息子だ」
小さな溜息のローボは、聞こえないくらいの声で言った。
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どんなに剣の動きが速くなっても、十四郎はマリオの剣を受け止め続ける。湧き出していたマリオの自信が、少しづつ薄れていた。
驚異的な速度で成長する自分なのに、十四郎は更にその上を行くと言うのか? 剣を振るいながらもマリオは考え、意識しなくても表情は曇る。
「分かってないなぁ~」
ふいにアインスが大きな身振りで、長い溜息を付いた。
「何がだっ?!」
瞬時に反応したマリオは、大声で怒鳴る。
「だって、魔法使いはさ、受けるばかりで攻撃してないだろ? 普通なら剣を受けた途端に反撃するよ……倍返しでね」
呆れた様なアインスの言葉に、マリオはハッとした。
「気付いたぁ?~……遅いよ、全く……」
更に大きな溜息を付くアインスは素早く十四郎の顔色を窺うが、変わらない表情に聞こえないくらいの舌打ちをした。
「そうか、そうだったのか……」
声にしたマリオは、一旦間を取る。相変わらず十四郎は表情を変えないが、構え直した刀を正眼ではなく、下段に構え刀を後方に引いた。マリオには刀を引く事で間合いの感覚が曖昧になる様に感じるが、その行動が笑みを誘う。
それは、十四郎の苦肉の策に見えた。受ける事は出来るが、その先にある自らの攻撃が出来ない……少しでも目線を変え、打開策を見出そうとしている……そう思えた。
マリオの読みは、片側では当たっていた。刀を引いて間合いを惑わすなどは、マリオの剣の速さには通用しない。ならば、十四郎は速さを増すマリオの剣に少しでも速く対応しようと、最短距離で刀を振る事に専念しようと考えていた。
一旦呼吸を整え、マリオは下半身に力を込める。
「来るぞ……」
刺す様な視線を送るローボが呟いた瞬間! マリオが飛び出す。
「速いっ!」
ツヴァイの叫びと、アインスの笑いが交差した瞬間! 十四郎とマリオは超速で交差し、そのまま通り過ぎた。
「今のは、どうだった?」
振り返ったマリオが、鋭い目で十四郎を睨んだ。十四郎も振り返るが、その頬からは一筋の血が流れた。
「十四郎様が斬られるなんて……」
目を見開いたツヴァイが茫然と呟き、表情を変えないはずのリルが唇を震わせた。
「十四郎……」
「大丈夫だよ……ほら」
今度はノインツェーンが、リルの肩を抱いて囁いた。そして、その視線の先には表情を変える十四郎の姿があった。
「あの表情は……」
「ああ、やっと本気を出すか……」
ツヴァイが言葉を震わせ、ローボが補足した。十四郎の表情は眉を寄せ、目の輝きが違っていた……銀色の瞳は、まるで自ら光を放つように輝いていた。