パルノーバ攻城戦 12
パルノーバは正門を半分開け、静かに佇んでいた。昼間だと言うのに人影は無く、砦の壁を成す石材が、太陽の光を吸収して青黒く見えた。それはまるで、巨大な毒蛇が蜷局を巻いているようだった。
天然の小高い丘を利用し小さな平原の真ん中に建造された砦は、攻める側にとって厄介以外の何物でもなく、砦に辿り着くまでの難関とも言える道無き道は大軍勢の侵攻を想定した限りなく細い道だった。
もし攻めるなら、軍勢は一列縦隊でしか進めない長い道を通り、集結するには狭い平原しかない。その集結地点は、砦から狙い撃ちされる……まさに、難攻不落と呼ばれるに相応しい砦だった。
「完全に罠だな。入った後にあの門を閉じられたら、如何に私の手勢でも乗り込むのは困難だ」
ローボは悟られない様に後方から付き従う狼達を振り返った。
「入れば閉められるでしょうね」
平然と十四郎は言うが、ローボは何時もの事だと苦笑いした。
「見えなくて良かったな。あの砦を見たら、乗り込むなんて出来なくなるところだ」
「そうですね」
十四郎は大きく息を吐きながら言うが、ツヴァイ達はパルノーバの外見に威圧されていた。
「なんて高さだ……」
外壁は雲に届きそうな位高く、門の隙間からは外壁の厚みが尋常でない事が垣間見える。
「門が閉まれば、乗り越えるのは不可能だな」
ゼクスは城壁攻略用梯子の高さを思い出し、壁と比べ絶望の溜息を付く。
「中に入れば、もっと驚くさ……」
食料搬出の際に砦の中に入ったココは、冗談にならない声で呟いた。
「今なら逃げてもいいんだぜ」
相変わらず表情を変えないリルに、ノインツェーンはおどけて軽口を叩く。
「逃げない……十四郎に付いて行く」
「分かってるさ、そんな事……アタシだって……でも……あんな化物みたいな砦に行くのに、何でだろう……怖くない」
小さく呟くリルの言葉が、ノインツェーンの胸に響くと思わず口から言葉が零れた。
「気付かないのか? あの背中だ」
リルは前を行く十四郎の背中を目で追った。
「そっか……そうだね」
頷いたノインツェーンが周囲を見渡すと、ツヴァイ達も凛とした表情で頷いた。
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「報告します! 敵が来ました!」
「規模は?!」
伝令の言葉に、マリオが反射的に叫んだ。
「それが……その……」
「何人だ?! 大体でいいっ!」
口籠る伝令に、更にマリオが怒鳴る。
「その……六人と、一頭です」
「何だと……」
唖然と呟くマリオには、敵の意図が分からなかった。
「魔法使いはいる?」
今度はアインスが伝令に笑い掛けた。
「おそらく、先頭の異国の騎士がそうだと……」
「ツヴァイ! フィーア! フェンフ! 言った通りにね!」
指示を出すアインスはとても嬉しそうで、弾ける様に部屋を飛び出した。
「アルマンニの青銅騎士か……何であんな奴らに……」
唇を咬んだナダルが呟く。何時も命令はアルマンニからであり、そもそも砦を造ったのもアルマンニの命だった。
「独立国が聞いて呆れるな……我らは何時からアルマンニの傀儡に成り下がったのか……」
独り言の様に呟くロメオだったが、マリオは俯かなかった。着任して直ぐは無様な負け犬だと自分を卑下する事もあったが、十四郎と戦う事で自分の存在を証明出来る……今はそれしか頭になかった。
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城門の前では、一緒に入ると散々駄々をこねたシルフィーを十四郎は穏やかに節得した。ツヴァイ達の馬と一緒に待つ事の意味を納得させるのに時間を要したが、最終的にはシルフィーは納得した。それはイザと言う時の最後の手段、生還の望みの綱だと言うのが納得させた理由だった。
シルフィーはツヴァイ達の馬を率いて身を隠す。それは、自分に与えられた使命だと、自分に言い聞かせながら。本当は賢いシルフィーは全て把握していた……十四郎の為に、十四郎の負担を少しでも減らす為に、涙を呑んで従ったのだった。
城門を潜ると広い中庭があり、見上げた壁面には無数の矢狭間があった。一見壁に見える壁面にも、兵士が傾れ込む扉らしきものも多数見えた。
「普通は少人数で入るなんて、有り得ないな……敵がその気なら、秒殺だ」
他人事みたいにローボは言うが、身構えたまま全神経を索敵に回していた。
「弓矢の飽和攻撃なら、避けようがないかも……」
素早く矢狭間の位置を確認したココは、リルに目配せをする。ツヴァイもココから目配せを受けると十四郎を中心に、円形防御の形を作った。
「やぁ、魔法使い殿。目の具合はどうですか?」
正面の大きな扉が開くと、笑顔のアインスが十四郎の前に立った。素早く敵側のツヴァイを先頭に十四郎達を遠巻きに取り囲んだ。味方のツヴァイは鬼の形相で剣を手に掛け前に出ようとするが、微笑む十四郎はそっと手を取った。
言葉にしなくても”自重しろ”と十四郎の温かい手が語り、ツヴァイは剣から手を離した。
「賢明だ……お前は、十四郎を守る事だけ考えろ」
足元で囁くローボの言葉に、ツヴァイは小さく頷いた。
「おかげ様で、まだ闇の中ですよ」
十四郎は普通に返答するが、見守るロメオは険しい表情になった。
「どう言う事だ?!」
気楽に見えるアインスの挨拶に、横のマリオは思わず叫ぶ……何故が背筋に悪寒が走った。
「ボクが毒で、魔法使いの”目”を奪ったんだ」
「見えて、ないだと?」
嬉しそうにアインスは答えるが、マリオは身体に震えが来た。対峙した十四郎にそんな素振りは微塵も無かったし、マリオ自身も全く感じなかった。
「本当なのか?! あの時も見えてなかったのか?!」
今度は十四郎に怒鳴るが、そんなマリオの興奮など意に介さずに十四郎は普通に答える。
「はい」
少し笑った様に答える十四郎の銀色の瞳を見たマリオは、気付かないうちに後退った。
「放て……」
ロメオはナダルに小さく呟く。ナダルが直ぐに合図を送ると、十四郎目掛け一本の矢が放たれた。
「何っ!!」
思わず声を上げるマリオを余所に、矢は十四郎の一番大きな的である胸に向かうが、一瞬体を捻ると簡単に躱した。
「ちっ、今のは誰だよ?」
アインスは不機嫌そうに呟くが、直ぐにフェンフが弓を射た兵士の喉を短刀で掻き切った。
「何をする!」
ナダルが叫んで駆け寄ろうとするが、鋭い表情のロメオに制止された。
「待て……」
「しかし、味方をっ!」
「……奴らは、味方ではない様だ」
興奮するナダルの耳元で、ロメオは小さく呟いた。頷いたナダルは、また目配せをすると兵士達はアインスの部下達の更に外側を取り囲んだ。
「どう言う事かな?」
振り向いたアインスが、ロメオに怪しい笑みを向けた。
「手筈通りですよ。我らはアインス殿の邪魔にならない様に援護をします」
「ふ~ん、そう言う事か……」
笑みを返すロメオに向かい、アインスは小さく呟いた。素早くツヴァイがアインスに近付くと、耳元で囁く。
「魔法使いを仕留めたら、この砦も潰しちゃおう……」
「はっ……」
頷いたツヴァイは、口元だけで笑った。