武闘大会 馬術1
「十四郎様、一度も剣の試合にならないね」
首を捻るリズに、ビアンカも同意する。
「ここまでクジ運が無い人も珍しいけど」
「まるで、仕組まれたみたいだな」
ザインの言葉にハッとなるビアンカは飛び出そうとするが、リズに腕を掴まれた。
「落ち着きなさい、証拠は何も無いのよ」
「証拠は今までの試合だ!」
声を上げるビアンカに、今度はザインが言う。
「単に運が悪いと門前払いだ……それより、見ろ」
次の十四郎の試合は馬術に決まり、観衆がどよめく。相手は馬術の神様と言われるドナルド・ルイ・マクベスタ侯爵と、その漆黒の愛馬ルシファールだった。
「神様ドナルド侯爵に、ルシファール……二つ名は、完璧のルシファール。流石に十四郎様でも大変よ、今度は一人では戦えない」
リズの言葉を聞くが早いか、ビアンカは屋敷に向けて全力疾走した。その背中にリズが叫んだ。
「ビアンカ~慌てなくても、準備には時間、掛るからっ!」
「全く聞こえてないな……しかし、馬術は確かに優秀な馬は必要だが、乗り手の技量が最も重要なファクターだ」
呆れ顔のザインは苦笑いでその背中を見送るが、一抹の不安も過る。
「そうですね……でも……」
不思議な期待感、リズは何故か不安にはならなかった。ザインもまた、そんなリズに同調する、自分でも何故かとは説明は出来ないが。
「しかしな……もしも、これに勝てば決勝だが……」
急にザインが言葉を濁す。リズも十四郎の試合ばかりに気を取られていて、気付くのが遅れていた。
「そうです、アイツも出てたんです。でも、アイツは牢獄だったはずです」
「今回の試合の直前に恩赦が出て、急に出場が決まったらしい。これまでの試合は、不思議な位に大人しくしていたが……」
ザインの顔が曇る、順当に行けば決勝の十四郎の相手は……”死神レオン”数年前の大会で残虐の限りを尽くし、決勝では相手を惨殺した。元は遠征騎士団に所属し、各地で非道を尽くした後に、大会での蛮行……それらを咎められ、投獄されていたのだった。
「何であんな奴に恩赦など?」
憤りにリズは顔を歪めるが、それ以上に嫌な予感が降り注ぐ。
「分からん。だが奴は強い、どんな手を使ってでも勝つ」
ザインは遠くのエオハネスを睨んだ。
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屋敷の馬小屋の前で、ビアンカは息を切らせる。流れ落ちる汗は礼服を濡らし、誰を憚る事無く泣きそうな顔している。
「……シルフィー……助けて、十四郎が……」
シルフィーは大きく頷くとブルブルと声を上げ、ビアンカに寄り添う。暖かい体温は確かにビアンカに伝わった。
「ありがとう、シルフィー」
闘技場の周囲には起伏に富んだコースに設けられ、難易度の高い障害へ人馬は挑む事となり、騎乗者の技術や馬の体力や勇気などが問われる。
障害の形態として、闘技場の周囲を中心に「木柵」「生垣」「池」「水濠」「乾壕」といったものが設置され、障害の例として、「飛込み水濠」(下り坂を降りながら低い障害を飛越して大きな水濠に飛び込む障害)や「ダービー・バンケット」(小高い丘を登り、低い障害を飛越して、飛び降りる障害)などがあった。
そして、コースでの障害は減点制で、ポイントが同じ場合は王宮内に設けられた周回コースで、今度は速さを競う。勿論、壁や柱、樹木などの障害物や、難易度の高いカーブ、先の見えない登り坂、垂直に近い下り坂などがあった。
その狭いコースは普通に走るだけでも大変なのに、全力で走ると言う事は接触や激突などの恐怖とも戦わなければならなかった。
「十四郎、シルフィーを使って下さい」
ビアンカが、シルフィーと共にやって来た。そして手短にドナルド侯爵とルシファールについて説明した。
「シルフィー殿、よいのですか?」
「ビアンカのあんな顔、初めて見ました。十四郎、負けは許されませんよ」
シルフィーの言葉は、十四郎の胸を打つ。今でもビアンカは泣きそうな顔で立っているのだから。
「ありがとうございます。ビアンカ殿、シルフィー殿が居れば鬼に金棒です」
「オニニカナボウ?」
通じないビアンカが不思議そうに聞き返す。
「その、つまり、無敵と言うことです」
十四郎は、なんとか説明したが”無敵”とう言葉がビアンカとシルフィーに真っ直ぐ届いた。
「これはこれは、魔法使い殿は”神速のシルフィー”を使われるのか?」
振り向くとドナルドが不敵な笑みで立っていた。横には漆黒の馬体を輝かせ、ルシファールがシルフィーに挑戦的な視線を送っている。
「シルフィー、馬術は奥が深いぜ。お前に出来るのか?」
「初めてだが、十四郎が居る。私たちは無敵だ」
ルシファールの挑発にも、シルフィーは落ち着いて言い返す。
「ドナルド様のお相手には、我がシルフィーを持って臨まないと試合になりません」
凛とした表情のビアンカに、先程までの弱々しさは見受けられない。その表情と態度は、十四郎にとってココロのビタミンになった。