パルノーバ攻城戦 11
「七子様、ご報告が……」
部屋に入った来たドライが告げると、椅子に深く掛けた七子は不機嫌そうに振り返った。
「……待ちくたびれたぞ」
「イタストロアを抜け一旦エスペリアムに入りましたが、今は緩衝地帯に……」
一礼したドライは表情を変えずに言った。七子は首を傾げ、眉を潜めた。
「緩衝地帯?」
「はい。目的地はパルノーバです」
「あの砦か……まさか落としに行ったのか?」
目的地を聞いた七子は、身を起こしてドライを見詰めた。
「戦力として、アリアンナとその手下が加わりました……そして、狼王も。ですが、全て合わせても数百です」
「それだけでパルノーバを攻めるとはな……正気の沙汰とは思えないな。で、何故だ?」
ドライの報告は絶望しか感じられず、七子は核心を聞いた。
「おそらく、エスペリアムからの条件です。同盟の約束を取り付ける為の……」
「また、無理な条件だな」
予想はしていたが、七子はドライの言葉に薄笑みを浮かべた。
「しかし、万が一達成すれば我々とって致命傷に成りかねません」
「背後から攻められたイタストロアは、モネコストロとの挟み撃ち……アルマンニはフランクルとの戦いを置いて支援にも向かえない……イタストロアが落ちれば、アルマンニは孤立か……」
ドライの言葉に七子は深刻な声を被せる。
「アングリアンにも不穏な動きがあります。魔法使いの一行に、第三皇女が同行しているとの報告もあり、本国との関係は不透明ですが予断は許しません」
「まさに、四面楚歌になるか……」
「シメンソカ?」
「周りが全部敵だと言う事だ…………アインスはどうしてる?」
呟いた後、七子はアインスを思い出した。
「その後の消息が……おそらく、魔法使いを追ってるものかと」
「パルノーバに向かうと思うか?」
「十中八九……」
「まさか、アイツが鍵になるとはな……」
大きな溜息を付いた七子は、片肘を付いた。
「アインスがパルノーバに味方し、魔法使いを撃退すれば状況は我々に傾きます」
「本気で言ってるのか?」
表情を変えないドライに向い、七子は曖昧な笑顔を向けた。
「いえ、願望です」
「……そうだな……十四郎は……」
七子は途中で言葉を止め、記憶の中の十四郎を思い浮かべた。
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「ロメオ様、アルマンニからの使者の方がお見えです」
報告に驚くマリオだったが、ロメオは平然としていた。
「正門を開けたままで、何をしているんですか?」
開口一番、アインスは満面の笑顔で言った。その容姿にマリオは愕然とし、付き従うツヴァイ達にも驚きを隠せなかった。
「子供じゃないか……」
呟くと同時にツヴァイに剣が喉元に向けられるが、マリオは簡単に避けた。目標を無くして前につんのめったツヴァイの陰から、フィーアとフェンフが飛び出すがアインスは笑いながら制止した。
「はい、そこまで。その人は強いよ、君らじゃ敵わない」
「ほう、少し見ただけで分かりますか?」
感心した様にロメオが言うと、アインスは満足そうな顔をした。
「勿論、臭いが違うよ……でも、面白くない人だね」
不思議な表現だったが、アインスはマリオの性格まで一瞬で言い当てた。
「青銅騎士です。おそらく、あのリーダー格がアインス」
素早く傍に来たナダルがマリオの耳元で囁いた。
「アインスですか……」
聞いた事があった。天使の容姿と悪魔のココロを持つ、アルマンニの殲滅騎士……。
「ところで、パルノーバには何の御用ですかな?」
全く顔色を変えずロメオは聞くが、アインスは明らかに不機嫌そうな顔になった。
「魔法使い……ここに来るんでしょ?」
「はい。魔法使いに御用ですかな?」
「何か、ムカつく……魔法使いは、ボクの獲物なんだよ」
ロメオの態度は丁寧だったが、アインスはそれが気に入らない。
「それでは、アインス殿はパルノーバを支援する為に来られたのですか?」
少し視線を強めたマリオに向い、アインスは氷の様な微笑みを向けた。
「知らないよ……君達がどうなろうと」
「何だと……」
マリオは剣に手を掛けると身を乗り出し、ナダル以下の衛兵も詰め寄る。直ぐにツヴァイ達はアインスの周囲に立ちはだかり一触即発になる。
「まぁまぁ、敵は魔法使いですよ。アルマンニ最強のアインス殿が加われば、勝ったも同然です」
ワザとらしいお世辞にも似たロメオの言葉にマリオは寒気を感じ、アインスの怒りを想像するが、アインスは愛らしい笑顔になった。
「そうだね。ボクの手勢が魔法使いを包囲するから、キミ達は援護に回ってね……それと……」
笑顔のままアインスはマリオに向き直り、真っ直ぐに目を見た。
「私に何の用だ?」
「キミなら、勝てるかも……魔法使いに」
睨むマリオに向かい、アインスは満面の笑みで言った。
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「やれやれ……」
突然十四郎が苦笑いで頭を掻いた。
「どうしたの? 十四郎」
シルフィーは振り返ると首を傾げた。
「気付いたか……」
横を行くローボは視線を強める。
「十四郎様、何か?」
直ぐに駆け寄ったツヴァイは、十四郎の様子に神経を尖らせた。
「アインス殿です、多分」
「アインス……」
十四郎は普通に言うが、ツヴァイの目には炎が浮かぶ。
「ツヴァイ、落ち着け」
「これは、ビアンカ様の仇が討てるな」
ゼクスは宥めるが、ノインツェーンは焚き付ける。
「お前ら……」
呆れるココを余所に、リルは無表情でノインツェーンに言う。
「お前では歯が立たないぞ」
「何だと?!」
「お前はアタシの傍を離れるな」
目を吊り上げるノインツェーンに向かい、無表情だが穏やかにリルは言った。
「何でだよ?」
「……心配……だから……」
リルは反対側を向いて呟いた。
「分かったよ……」
ノインツェーンもまた、違う方を見て呟いた。そんな様子を見ていたローボは、素早くツヴァイの元に来た。
「お前は十四郎の傍から離れるな」
「当たり前だ」
ローボの言葉にツヴァイは顔を紅潮させるが、十四郎は笑顔を向けた。
「ツヴァイ殿、私の目になって下さい」
「はっ!」
背筋を伸ばすツヴァイを見て、ゼクスは大きな溜息を付いた。
「アンタは俺と一緒だよ」
ゼクスの隣に並んだココが微笑む。
「心得た」
一瞬で理解したゼクスは、凛とした表情で頷いた。ローボそんな十四郎達の様子を見ながら、耳をパタパタさせた。
「どうしたのローボ?」
「何、早くルーの奴が来ないかなと思っな」
ローボは少し照れた様に、ソッポを向いた。流石にルーでも辺境のこの場所には到着していなかった。
「もう直ぐ来るよ」
「そうだな……」
シルフィーの言葉に、ローボも小さく頷いた。シルフィーはそんなローボの様子を見ながらアルフィンの事を思い出すと、必ず迎えに行くと改めてココロに誓った。見上げた十四郎は、優し目でシルフィーを見詰め”同じだよ”と無言で語り掛けた。
「ローボ殿……」
「何だ?」
「いえ、何でも」
視線を合わせ様としないローボに、十四郎は優しい笑顔を向けた。