パルノーバ攻城戦 10
ツヴァイ達やリルが見守る中、リズとビアンカは剣の稽古を続けていた。
「ビアンカ、勘は取り戻せた?」
剣を構えるリズは、ビアンカに笑い掛ける。
「分からないよ……だけど……もう、十四郎を助けられる、かな?」
笑顔の無いビアンカは小さく呟いた。
「今はまだ、やりたい事と出来る事は違う。前のあなたは、もっともっと強かった。やっと自分を守れるくらいかな……今は」
「そうなんだ……」
構えた剣を降ろしたリズは、少し残念そうに呟く。ビアンカは俯くが、レイピアを握った手には前と違った感覚が蘇っていた。それは剣がただの金属ではなく、まるで腕の一部になった様な感覚。
剣先は指で、握った柄は関節の様な感覚だった。軽く振るだけで分かる、懐かしい感覚……だが、レイピアでは戻りつつある感覚も、刀を握るとまだ違和感があった。
「ビアンカ様、今度は私がお相手を」
ツヴァイはゆっくり剣を抜いた。リズは黙って下がるが、ツヴァイの表情に思わず声を上げた。
「まだ、完全に治ってません! あまり……」
だがそんなリズの心配を余所に、ツヴァイは猛然と斬り掛かる。元青銅騎士、序列二番は伊達ではない、その剣力と速さは尋常ではなく、思わずリズは目を見開いた。
「速い!」
ツヴァイの剣はリズの剣とは明らかに違う。振り下ろすだけで、風圧がビアンカの頬を叩く。
「ちょっと……」
思わず止めに入ろうとするリズの肩を、ゼクスが止めた。
「大丈夫です……どうか、ツヴァイに任せて下さい。ツヴァイは責任を感じているのです……ビアンカ様を守れなかった事に」
「でも……」
だが、どう見てもツヴァイの剣は普通ではない。剣を受けるビアンカの顔が苦痛に歪み、リズは自分が斬り付けられた様に全身に痛みが走った。
「ツヴァイは本気じゃない、ですよ。記憶を無くす前のビアンカ様なら互角でも、今は違うから……ああ見えて、ツヴァイは十四郎様の事もビアンカ様の事も大好きだから」
微笑むノインツェーンの顔を見たリズは、一気に急上昇した体温が下がり大きな溜息を付いた。
「ビアンカ様! もっと速く!」
ツヴァイは次々に剣を繰り出し、ビアンカは受けるので精一杯だった。だが、ツヴァイの剣は確実にビアンカの勘を刺激し、次第に体は動く様になる。
「動く……」
激しく剣を受けながらも、ビアンカは笑みを零した。
「あいつ、教官の才能あるな」
今度はリルが感心した様に呟く。
「当たり前だろ、ツヴァイはアタシ達のリーダーだからな」
胸を張るノインツェーンを見て、リルはボソっと言った。
「そうだな、お前には無理。何せ、自分勝手で我がままだからな」
「もういっぺん言って見ろ!」
直ぐに挑発に乗るノインツェーンが頭から湯気を出す。
「お前達……」
ゼクスは大きな溜息を付いた。
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「残りの食料はどの位だ?」
「節約して、あと十日くらいです」
ロメオの問いに即答するマリオは、じっとロメオの表情を窺う。
「鳩の残りを全て解き放て、早馬も全部一斉に出せ」
「仕掛けますか?」
ロメオの言葉がマリオの期待感を高めて、声を高揚させた。
「正門を半分開けろ」
「半分?」
思い掛けない指示、マリオは首を捻った。
「わざとらしい誘いだ。私が考える奴なら、必ず来る」
「どう、お考えですか?」
意味深なロメオの言葉は、意味の予測が出来ないマリオを少し苛立たせた。
「自分の強さに自信を持つ……生半可な自信じゃない、唯一絶対の自信だ……まぁ、見て来た訳じゃないけどな」
少し笑ったロメオは、ロメオの視線を軽く躱した。
「奴は確かに強い……だが、分かりません……何と言うか、その、威圧感とか……強い者が持つ優越感とか……そんな自己中心的な様子が全く感じられない」
思い出す十四郎は、不思議な感覚でマリオの記憶を混乱させた。ロメオの言う敵としての像は、そんなに分かり易くはないと眉を潜める。
だが、マリオはそれ以上言わなかった。ロメオが読み間違いをしているのかも、そう考えると何だか気分が良かったから。
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「十四郎様、砦の正門が半分開いたままになってます。伝書鳩も、早馬も物凄い数です。おそらく、全部解き放ったと」
「鳩と馬は全力で捕まえて下さいね」
緊急連絡をしたつもりのココは、十四郎の様子に肩透かしを食らうが直ぐに微笑んだ。
「先に敵が動いたか……だが、罠だな」
腕組みしたマルコスは、渋い表情で言った。
「それではマルコス殿、後をお願いします」
ペコリと頭を下げる十四郎に、唖然とマルコスが言う。
「聞いてなかったのか? 罠だぞ」
「私もそう思います」
直ぐにココも同意するが、十四郎は穏やかに微笑む。
「多分、そうでしょうね」
「多分って……お前、まさか一人で行くなんて言うんじゃないだろうな?」
「はぁ……」
頭を掻く十四郎を見て、マルコスの顔色が変わる。
「確かにお前に頼るしかない。だがな、少しは俺達を頼れ」
「砦から出て来た者を捉えて下さい。お願いしたいのは、それだけです」
「殆ど出て来た場合は?」
ココは茶化すが、マルコスは更に語尾を強めた。
「何をするか、考えを聞かせろ。納得出来る答えじゃなけりゃ、行かせない」
「話をします。包み隠さず、全て」
十四郎は即答した。
「話なんか通じるか! 三千だぞ! 如何にお前でも……」
「師匠、十四郎様は魔法使いですよ」
興奮するマルコスの肩を叩いて、ココが笑った。
「そんな事、分かってる! それよりお前! 付いて行く気だなっ!」
「あっ、はい」
更に顔を真っ赤にするマルコスに向かい、ココは嬉しそうに笑う。その笑顔は、幼い頃のココにダブってマルコスも肩の力が抜けた。
「リルには言うなよ」
ココの耳元で囁くが、肩を上げたココが無言で後ろを指す。
「聞こえてる。アタシも行く」
「……これだ……」
大きな溜息の向こうには、ツヴァイ達もいた。聞かなくても顔を見れば分かる、その顔は決意と言うより当然と言う顔だった。
「分かったよ。後は任せろ……」
観念したマルコスは、大きな溜息を付いた。早く行かせないと、散らばっているフォトナー達まで行きそうだと苦笑いしながら。
「十四郎……」
今度はビアンカが十四郎に近付くと、刀を手渡した。
「私はまだ、付いていけない……だから」
受け取った十四郎は腰に差す。
「二本差しか……」
マルコスは呟いて、違和感の無い姿に大きく息を吐いた。
「十四郎様。敵の食料は、もってあと十日です」
ダニーの報告に、十四郎は笑顔で頷く。ダニーの後ろには、精悍な顔付きになった仲間達も勢揃いしていた。
「ダニー殿、後を宜しくお願いします」
真剣な顔で頷いたダニーにも分かった……決戦の時が来たと。
「私は行かないからな。ラナ様とビアンカ殿を守る」
少し離れた場所で、木に凭れたランスローが少し大きな声を上げた。
「宜しくお願いします」
頭を下げる十四郎を見ないで、ランスローは小さく頷く。
「ランスロー。頼りにしてるぞ」
ラナはその横で微笑み、バンスも穏やかな表情を浮かべていた。
「ラナ様……もうすぐですね」
「十四郎は大丈夫だ……魔法使いだからな」
バンスの囁きに、ラナは無理して笑った。