パルノーバ攻城戦 7
「伝書鳩が多くなって来たぞ」
「全部捕まえてますか?」
一旦解散するした後、ローボがやって来て報告する。他の皆はポカンとするが、十四郎は直ぐに状況を聞いた。
「ああ、鳩は好物だそうだ」
キラリと牙を光らせ、ローボは笑う。
「気付かれたでしょうから、まだ多くなりますよ」
「気付かれただと?」
ローボは目を光らせた。
「はい。意図は気付かれてますよ、だから連絡を取る為に鳩を増やしてる」
十四郎は平然と言うが、ローボは溜息を付いた。
「分かった。もっと、食欲を旺盛にしろと言っとくよ」
「気付かれたって、本当ですか?」
言葉が分かるビアンカは、二人? の会話に割って入った。
「気付かれました。多分……」
「そうですか」
穏やかに微笑む十四郎の笑顔が、ビアンカの胸を優しく包んだ。
「で、どうするんだ?」
「そうですね、このまま行くしかないでしょうね」
ローボの問いに、十四郎はまた穏やかに答えた。
「十四郎は怖くないんですか? 相手に物凄く強い人がいるんでしょ?」
何時もと変わらない十四郎の態度が、ビアンカの中で不自然に思えた。
「はぁ……」
「どうしてですか? その自信は何なんですか?」
照れた様に頭を掻く控えめな十四郎の態度は、ビアンカには自信の裏返しの様に見えて、思わず声を上げた。
「簡単に言うな……見て来た訳じゃないが、きっと小さな頃より、努力に努力を重ねて来たんだ……天武の才だけで、あれだけ強くなれると思うか?」
「……」
例え血の滲む努力をしたとしても、十四郎は言わないだろうと思えるが、頭では思うが言葉が出ない。それは記憶を無くしたビアンカにとって十四郎の事を知らない、覚えてないと言う事が大きな足枷になっていた。
「ビアンカ……私と手合せしよう」
そんなビアンカの様子を見ていたリズは、皆を掻き分け傍に来た。
「リズ様、無理です!」
慌ててツヴァイが割って入るが、リズは視線をビアンカから外さなかった。
「どうする? このままじゃ、お前は戦力外だぞ」
ローボはビアンカの瞳を見据えた。
「でも、何も覚えてないの……」
「ビアンカ! あなたは近衛騎士団のヘッドナイト! 私の最高ライバルであり、目標なのよっ!」
全く記憶の戻る兆候さえ無いビアンカは不安そうな声で呟くが、リズはビアンカの腕を取って叫んだ。ビアンカは顔を背けると、ローボに聞いた。
「私に出来ると思う?」
「知るか……自分の事だろ? 自分で決めろ」
ローボが吐き捨てると、ビアンカは長い睫を伏せて俯いた。
「ローボ! ビアンカに何を言ったの!」
そんなビアンカの様子を見たリズがローボに食って掛かった。
「じっ、自分で決めろと言ったんだ」
リズの剣幕に驚いたローボは、人の言葉で答えた。リズは今度はビアンカに向き直った。
「自分で決められないなら、私が決めてあげる」
そう言ってリズは刀ではなく、レイピアを手渡した。
「これ……」
「そのレイピアは、あなたの愛剣……その剣で、あなたは騎士団一と言われた騎士になったの」
刀とは全く違う手触りと重さ……ビアンカの中で、小さな何かが蘇った。
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「ロメオ様、私が兵を率いて打って出ます」
部屋に飛び込んで来たマリオは、顔を紅潮させた。
「使える兵は五百か……それだと、五分だが?」
落ち着いて分析するロメオは、敵兵の数を思い浮かべた。
「五分ではありません。戦いが膠着した時、こちらは増援が出せます」
「増援? 出ても役に立たない老兵がか?」
マリオは声を上げる。戦力にならないにしても、敵を消耗させる駒には出来ると考えていて、その考えは言葉になる。
「波状攻撃で敵を消耗させ、本隊の援護に当たらせます」
「兵を捨石にすると?」
ロメロの眼光が鋭くなるが、マリオも負けじと眼光を返す。
「仕方ありません。敵を殲滅する為です」
「……お前は人の命を何だと思ってる?」
ロメロの声が迫力を増すが、マリオは怯まない。
「我々の使命は砦を死守する事。死守とは即ち、命を懸けて守る事です」
「お前の考えは分かった……下がれ」
声のトーンを落としたロメオは、マリオから視線を外した。
「まだ、攻撃の許可を頂いてません!」
声を荒げるマリオに対し、ロメオは言い放った。
「下がれと言っている」
「……はい」
仕方なく返事したマリオが部屋を出て行くと、ロメオは大きな溜息を付いた。
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対峙するリズに向かい、ビアンカもレイピアを構える。
「さあ、ビアンカ! 突いてきなさい!」
リズは叫ぶが、ビアンカの構えは様になってなかった。だが、リズは御構い無しに剣を打ち込む、ビアンカは必至で受け流そうとするが、その動きは緩慢だった。
「いいのか? あいつ、本気だぞ」
リズはローボの目から見ても、手など抜いてなかった。
「そうみたいですね」
「どうした? 止めなくていいのか?」
ローボは小さな声で聞くが、十四郎は答えなかった。
「何をしてる? ビアンカ殿はまだ治ってないんだぞ!」
騒ぎに気付き血相を変えたランスローが止めに入ろうとするが、十四郎が素早く前に立った。
「どけっ! 邪魔するな!」
「リズ殿に任せてもらえませんか?」
「任せられるかっ!」
立ちはだかる十四郎に、ランスローが叫ぶ。
「ランスローっ!!」
今度はラナが大声でランスローを制した。
「例えラナ様の命でも聞けません!」
「ビアンカ! このままでいいの?!」
興奮するランスローを無視して、ラナはビアンカに叫んだ。
「このままで……」
リズの剣を受け流しながら、ビアンカは呟く。
「……あなたの力が必要なのっ! 少しでも十四郎様の負担を減らすの!」
リズの叫びは本音だった。ビアンカも救いたいし、十四郎も助けたい……リズは泣きそうになりながらも、剣を振るった。そして、ビアンカが怯んだ瞬間! リズの突きがビアンカに迫った。
剣が凄い速さで迫って来る、それがスローモーションで目の前で大きくなる。その刹那、ビアンカの視野の片隅で、心配顔の十四郎がストップモーションになった。
「……十四郎……」
声にならない声が、ビアンカの唇から零れた。