武闘大会 弓4
走り込むマルコス。勝利を確信し、空中の十四郎に何処に矢を射るか考える余裕まである。
「取り敢えず脚だな」
呟くとゆっくり矢を放つ。しかし、その瞬間に十四郎は空中で向きを変え矢を避ける。
「何っ!」
理解不可能、常識が大音響で崩れる。向きを変え着地した十四郎が目前に迫る、咄嗟の事で二の矢を取る右手が若干遅れた。その瞬間、十四郎が正面から飛び掛かり、そのまま背中から地面に押し倒された。
気付くと十四郎が弓を構え、身体の上から狙いを付けている。両腕は十四郎の脚に抑えられ最早見動きは出来ない。
「負けたよ……」
呟くと、十四郎はさっとマルコスの上から降りる。差し出された手に掴まり起き上がると、マルコスは聞いた。
「何故だ? 何故、空中で向きを変えられる?」
「あれです」
十四郎が差した先には、無数の矢が刺さっていた」
「マルコス殿の矢の威力は凄い、足場にもなるし、こうして弓を引っ掛けると身体の向きを変えられます」
十四郎は弓を刺さった矢に引っ掛けて見せた。確かに矢はビクともせず、マルコスは溜息を付いた。
「俺の矢が、お前の逃げ道を作ったんだな」
「おかげで助かりました」
頭を掻く十四郎を残し、マルコスは背中を向ける。負けたのに、何故かマルコスは気分が良かった。不思議な感覚……自分でも分からない感覚に自然と笑みを残しながら。
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「自分から窮地を作り相手を誘い込む……そして、刺さった矢を使い、寸前で逆転」
「そう言えば十四郎、マルコスの矢の刺さり具合を見ていた」
リズが呟き、ビアンカが補足した。視認したが、理解出来ないビアンカは考えの整理が出来ない。ただ、十四郎が無事だった……それだけが思考が混乱する中でも、なんとか把握出来た。
「全く、常識では考えられんな」
心底ザインは思っていた、圧倒的不利と思われた初盤から相手を翻弄、中盤は罠を仕掛け、最後は計算通り勝利を掴んだ。今になって考えれば、全て十四郎の手の内……果たしてそこまで出来るのか?。
強いという形容詞さえ曖昧に思える、その先にはもっと違う何かがあるのではないか? 疑問は確信に近かったが、まだ先を見たい……欲望、そんなモノが答えを敢えて伏せていた。
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「まるで魔法じゃ、空中で向きを変えよった……全て、あやつの思い通りじゃ」
貴賓席からは全てが見えた。ライアは戦慄に包まれ、うわ言みたいに呟いた。
「姫殿下……」
バンスの心配は他に移った、ライアが魔法に掛けられたかもしれない、と。
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「十四郎、勝ったの?」
状況が見えなかったメグが聞くが、ケイトにも分からない。やがて大観衆は歓喜の声に包まれる。誰もが惜しみない拍手を送った。
「どうやら魔法使い様は、勝ったみたいですよ」
隣の紳士の言葉にメグは飛び上がり、ケイトはただ十四郎の無事に感謝した。
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エオハネスは十四郎の戦いに、予感が確信に変わりつつある事を実感した。国王、アレクシス・ド・グリマルディ不治の病に侵され、王には兄弟は無く、一粒種の王女リシェルはしっかりしてると言え、まだ子供だ。王妃アレクサンドラはすでに他界し、王室は存亡の危機に面している。
しかも隣国との小競り合いは、無視できる範疇を越えそうになっている。国王の統制は当然弱体化し、多くの騎士団や元老院は手綱の無い暴れ馬に近い状態で、フランクル王国の後ろ盾があってこその平穏が、今の現状なのだった。
この状況での魔法使いの出現は、王室どころか王国自体の危機であった。しかし、自分でも分からない曖昧な心の揺れ。言葉には出来ないが、ただ一つ言えるのは怖さや不安ではない、と言う事。
言い換えれば、そして思いたくはないが……希望? としか、思い当たらなかった。