パルノーバ攻城戦 1
群青色の空に星が瞬く頃、十四郎が号令を掛けた。
「一人二本の松明をお願いします」
「一人二本じゃ、大軍とは言えないんじゃないか?」
両手に松明を持ち、周囲を見回したマルコスが首を捻った。
「手は二本しかありませんし、火事になったら危ないですから」
「お前なぁ、これは戦いだぞ……」
呆れた声で溜息を付くマルコスに、ダニーが苦笑いで言った。
「砦を囲む配置で、かがり火の為の器具を用意してますから、手分けして点火して下さい」
「そうか……でも、あれはマジか……」
マルコスは安堵の溜息を付くが、直ぐに目を見張った。居並ぶアリアンナ配下の盗賊達の向こう側にローボ率いる狼の集団がいた、それも口々に松明を咥えて。
「ローボ殿にも、お願いしました」
「お願いねぇ……」
平然と言う十四郎を、マルコスは唖然と見ていた。
「ウーノ達に聞きました。あなたは、人の言葉が分かるのですね」
ローボに近付いたアリアンナは、微笑みを向けた。
「ああ……お前、十四郎を振り向かせようとしても無駄だ」
ローボは松明を咥えたまま、アリアンナを横目で見た。
「振り向かせる? 私が?」
「お前が十四郎を助ける理由だ……」
唖然と呟くアリアンナに、ローボは静かに言った。
「お見通しですね……あの娘にしか無理だと?」
少し笑ったアリアンナはビアンカに視線を向け、ローボも嬉しそうに十四郎を見た。
「それはどうかな。何せ、何を考えてるか分からない奴だからな、十四郎は」
「あなたも十四郎の事が好きなんですね」
「……まぁ、な」
アリアンナの言葉に、ローボは照れた様に視線を逸らした。
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「凄いね、地図通り」
リズが驚くのも当然で渡された地図はとても分かり易く、かがり火の場所を示していた。目印の少ない山間部なのに木の形や岩の形などを目印に、正確かつ丁寧に指示してあった。
「これに火を点ければいいのね」
ビアンカが松明で、かがり火に明かりを灯す。周囲はオレンジの明かりに包まれ、ほんのりリズの顔を照らした。
「見て」
リズが指差す方向には、かがり火の明かりが点在して星空との美しいコントラストを描いていた。
「綺麗……でも、これって戦いってるのよね」
「そうよ。これは戦いなの……」
呟くビアンカの言葉にリズが被せる。リズは祖国の家族を思い決意を新たにするが、家族の記憶を失ったビアンカには、祖国や家族と言う大切な絆が脳裏で霞んでいた。
「ビアンカ……」
「えっ?」
不安そうなビアンカの顔が淡い光に照らされ、リズは穏やかに声を掛けた。
「あなたが覚えてなくても、モネコストロには優しいお母様とお爺様が待ってるのよ……あなたには、家族がいる」
「私の、家族……」
呟くビアンカだったが、母親や祖父の顔は思い浮かばない。だが、思い出せなくても家族の存在はビアンカを後ろから支えた。
「自分の名前を呼ばれても、正直ピンと来ないけど……ありがと、リズ」
薄暗い中でビアンカの表情は霞んで見えるが、確かにリズには分かった……ビアンカは大丈夫だと。
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かがり火点火を終えたマルコスが集合地点に戻ると、十四郎の元に皆が集まっていた。
「ご苦労様です」
「見えないから、お前は留守番だったな」
出迎えた十四郎にマルコスが軽口を叩く。
「見て下さいマルコス殿、ここからでも大軍がいる様に見える」
「しかし、この配置は絶妙だな。多くの軍勢が分散配置され、砦を取り囲んでいる様に見せている」
興奮気味のフォトナーがマルコスに詰め寄ると、マルコスも満足そうに頷いた。
「多くのかがり火を灯した訳ではありません。多過ぎず、少な過ぎずに見事な塩梅です」
ダニーも嬉しそうに話に加わり、成果を喜んだ。
「配置は君が考えたのか?」
「いえ、十四郎様です」
「十四郎殿は何も見えないんじゃないのか?」
感心した様に聞くフォトナーにダニーは首を振るが、フォトナーは不思議そうに首を傾げた。
「見えないからこそ、見えるモノがあるそうです」
「凡人には分からんな……」
ダニーの説明を聞いたフォトナーは、大きな溜息を付いた。
「各自、交代で休憩して下さい。斥候は捉えて下さいね、先は長いですよ」
指示を出す十四郎の言葉で各自散開した。そして、歴史に残る攻城戦は静かに幕を開けた。
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「見張りより報告! 周囲を取り囲まれました」
パルノーバの指揮官、ロメオの寝室に伝令が駆け込んで来た。イアタストロア一の知恵者と呼ばれたロメオも寄る年波には勝てず、数年前からパルノーバに云わば左遷させられたいたロメオだったが、伝令の言葉に目を輝かせた。
「やっと来たか……」
「今、何と?」
思わず口に出したロメオは嬉しそうに笑うが、伝令は唖然と聞き返した。
「何でもない。直ぐに斥候を出せ! 各警備隊指揮官を召集しろ!」
直ぐに起き上がったロメオは、着替えながら指示を出す。直ぐに伝令は伝えに走り、ロメオは一人になると、改めて呟いた。
「長かったな……さて、一花咲かせるか」
一人で鎧を身に着け、剣を腰に差すとロメオは真紅のマントを翻す……その後ろ姿は、歓喜に満ちていた。年老いてはいるが精悍な顔つきは昔と変わらず、体型さえ若い頃を維持していた。それは、閑職と言われたパルノーバに対する、ロメオの意地でもあった。