初心
ビアンカがその現場を目にしたのは、戦闘も終盤の頃だった。周囲は全部敵、その中で十四郎は一人で戦っていた。怖くないのとか、絶望はしないのかとかの思考が頭を過るが、十四郎の超絶な戦い方より、その表情が目に焼き付いた。
神憑りな強さで敵を圧倒しているのに、その表情は悲しみと切なさを背負っていた。
「悲しそう……」
呟いたビアンカの胸が締め付けられる。
「たった一人で、これだけの敵を倒したんだ……誰なの?」
唖然と呟く馬がビアンカを見上げた。
「覚えてないんだ……」
呟くビアンカの声は寂しそうに周囲に溶けた。
「それって、前は知ってたって事?」
「そうみたい」
馬の質問に、ビアンカは他人事の様に答えた。
「でも、あの人に会いに来たんでしょ?」
「ええ……」
頷くビアンカの目に、飛び込んでくる三人の赤い仮面が映り、その後にローボが続いた。局面は一変し、戦いは収束した。
「何でローボ様が出てくるの?」
驚く馬が声を震わせ、ビアンカも事態が把握出来なくて体を小刻みに震わせるしか出来なかった。
「……とにかく、行こう」
少し震える脚で、ビアンカは十四郎の元に近付いて行った。
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「これは、何の余興だっんだ?」
足元のローボが十四郎に首を傾げた。十四郎は簡単に経緯を説明すると、ローボは溜息を付いた。
「確かに協力を得る為には対価が必要だが……普通は無理だぞ」
「そうですね」
呆れ顔のローボに、十四郎は苦笑いした。
「ホントウニ、ヤルトハナ……」
ウーノも唖然と呟き、ドゥーエやトーレもポカンと撤退する討伐隊を眺めていた。
「……あの、十四郎……」
そこに、俯き加減のビアンカがやって来た。
「ビアンカ殿……」
唖然とする十四郎を余所に、ローボが先に声を掛けた。
「何しに来た? 今のお前では戦力にはならないぞ」
「ビアンカ! どうしたの?!」
慌てた様子でシルフィーも駆け込んで来る。
「私は……」
口籠るビアンカを見て、ローボが核心を突く。
「記憶を取り戻すには十四郎が鍵になる。外見的には焦りは無い様だが、お前の中では焦っているんだろう」
図星だった。確かにビアンカの胸の奥では、十四郎の存在が大きくなっていた。ラナの言葉が、また胸の中で黒く渦巻く。
「確かに、焦ってるのかも……」
ビアンカは正直な言葉を吐くが、十四郎を真っ直ぐに見れなかった。
「思い出せないなら、初めからやり直せばいい。真っ白な状態から、十四郎と向き合え……正直に自分のココロに従え、それだけでいい」
薄笑みを浮かべたローボの横顔は、ビアンカに”答え”を投げ掛けた。
「……正直に……ココロのままに……」
光が見えた。単純な事だった……自分の気持ちは、自分にしか分からない。
「ビアンカ殿が全てを忘れても、私はビアンカ殿の事を覚えてますよ」
十四郎の笑顔は、ビアンカの全てを包み込む。それだけで、ビアンカは救われる思いがした。
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アリアンナの元に戻る道すがら、ビアンカはシルフィーに小声で聞いた。
「……私、十四郎の事……どう思ってたの?」
「……最初は反発もしたけど、一番大切に思ってたよ」
シルフィーは背中で呟き、その言葉はビアンカの胸に浸透した。
「一番、大切な……人……」
思わずビアンカの口元から漏れる言葉。呟くだけで、ビアンカの胸はドキドキした。
「ローボも言ったでしょ。思い出せないのなら、最初からって……きっと、ビアンカは十四郎の事が大好きになるよ……ほら」
シルフィーは少し先を行く十四郎の背中に、ビアンカの視線を誘う。その背中を見るだけでビアンカのドキドキは更に増し、タイミング良く十四郎が振り返る。
「ビアンカ殿、大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、はい」
ビアンカは赤面し、胸の鼓動は周囲に聞こえる位に高鳴った。
「ホントウハ、ナニモノナンダ?」
ウーノは横を歩くローボに聞いてみた。
「何者か? それは私が聞きたい位だ」
振り向いたローボは、ウーノに向けて曖昧な笑みを漏らした。
「ナゼ、アイツヲタスケル?」
「アイツニ、キョウミガアルノカ?」
矢継ぎ早にドゥーエが聞き、トーレも言葉を被せた。ローボはフンと鼻を鳴らすと、少し笑いながら答えた。
「助ける理由は、多分お前達と一緒だ……興味はあるさ、だから一緒にいる」
「オナジ、リユウ……」
「そうだ。一緒にいるだけで、楽しいだろ?」
唖然と呟くドゥーエに向かい、ローボがまた笑顔で言った。
「……ソウダナ、ナゼカワカラナイガ……タノシイ……」
十四郎の背中を見ながら、ウーノがポツリと呟いた。
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「まさか、こんなに上手く行くとはな……」
トントン拍子に進む食料奪取の作戦に、マルコスは唖然と呟いた。
「商売の基本は儲けです。目前の儲け話が確実なら、必ず成功しますよ。何せ、こちらは儲け度外視ですから」
当然と言った顔でダニーが微笑み、マルコスは更に唖然と呟く。
「それにしても砦の担当者が、あんなに簡単に食料を売るなんてな」
「それは、パルノーバと言う砦が難攻不落だからですよ。まさか、襲われるなんて、夢にも思わない。それは油断ではなくて、常識なんですよ……我々の方が異常ですから」
「確かに、そうだな」
自信に満ちたダニーの言葉に、マルコスは改めて自分達の行動に大きな溜息を付いた。
「フォトナーさんや、ココさん達も順調に砦の情報を集めてます」
報告するダニーに向かい、マルコスは信頼の顔を向けた。
「お前はもう、立派な戦士だな」
「いいえ。商人ですよ……ただの」
ダニーは十四郎の口癖を思い出して呟いた。そして、自分の中に自信と誇りが存在している事が嬉しかった。