強行
「十四郎……本当に百人も相手するの?」
「まさか、そんなの無理ですよ」
討伐隊に近付くに連れ、シルフィーは不安になった。十四郎は笑顔で否定するが、百人くらい十四郎なら倒すと確信に近いモノも存在した。だが、それは希望と言うより恐怖に近くて、シルフィーは出来るなら十四郎にさせたくないと心から思った。
十四郎は正面から討伐隊に近付く。シルフィーは止めようと思ったが、振り向いて見た十四郎の穏やかな顔に仕方なく従った。
「止まれ! 何者だ!」
当然、前衛の見張りに十四郎は止められた。
「指揮官にお会いしたい」
「だから、何者だ」
「……その、モネコストロの魔法使いです」
やはり抵抗はあるが、十四郎は仕方なく”魔法使い”という名を名乗った。指揮官に会う為には、ただのサムライでは無理だと分かっていたから。
「何だと!」
直ぐに伝令を向かわせ、十四郎は暫くの後に指揮官の面前に連れて行かれた。シルフィーは無理やり引き剥がされるが、十四郎の言葉に従った……”危なくなったら、助けに来て下さい”と言う言葉に。
「お前が魔法使いか? して、用件は?」
指揮官の男は立派な髭を蓄え、屈強な顔付きと頑強な身体付きで周囲とは一線を画し、十四郎の銀色の瞳を見ても臆する事はなかった。
「単刀直入に申し上げます。今回の討伐を止め、お帰り頂きたい」
「何を言うかと思えば……我らは国王の命令で討伐に来ている。アリアンナを討伐するまで、帰るつもりはない」
十四郎の真剣な眼差しを、強い視線で返す指揮官は凛として言った。
「そうですか……仕方ありませんね」
向かい合う十四郎は呟いた後、少し距離を取ると刀に手を掛けた。
「まさか、たった一人でこれだけの手勢をどうにかすると言うのか?」
驚く指揮官を見据えて、十四郎は穏やかに言った。
「この目は毒に犯され見えません。よって、手加減出来ない事もあります故、どうかご容赦を」
「見えないだと? 気は確か……」
指揮官の言葉が終わらないうちに、十四郎は超速抜刀! 擦れ違い、通り越した時には指揮官は地面に倒れていた。
「何だ? 今のは……」
横にいた副官の目にも、十四郎の動きは見えなかった。だだ、残像として指揮官の横を通り過ぎるのを感じただけだった。
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「ドウスル? ミニイクカ?」
ウーノは振り返ると二人に聞いた。
「ミタイ……」
「デモ、ココデマテト、イワレタ」
ドゥーエは直ぐに頷くが、トーレは首を横に振った。
「マホウツカイノ、タタカイ……イヤ、サムライノ、タタカイ……ミタイ」
十四郎が去った方向を見ながら、ウーノは呟いた。
「ヘンナキブンダ……ムネガ、イタイ」
「タシカニ、モヤモヤスル」
胸の辺りを押さえるドゥーエに、トーレも賛同した。
「タスケニ、イクノハドウダ?」
急にウーノが声を上ずらせた。
「ソウダ! タスケニイコウ!」
また直ぐにドゥーエが賛成するが、トーレは慎重だった。
「アイツハ、テキダッタ……」
「イマハ、チガウ。アリアンナノタメニ、タタカオウトシテイル」
「アリアンナノ、タメ……」
その言葉は慎重なトーレをも動かす。三人は顔を見合わせると、脱兎の如く十四郎の後を追った。
「全く……何時の間にか十四郎を心配している……本当に不思議な奴だ」
陰で見ていたローボが、苦笑いで姿を現した。そして、大きな溜息を付くと三人の後を追った。
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ビアンカは馬に話し掛けていた。
「アリアンナって盗賊知ってる?」
「聞いた事無いな」
初めは話し掛けられ驚いていた馬も、ビアンカの穏やかな優しさに何時の間にかココロを開いていた。
「そうだ、森の主なら知ってるかも」
「森の主?」
「そうだよ、何でも知ってるんだ」
「居場所は分かる?」
「多分、一本杉の所」
「案内、お願いね」
「少し、怖いけど……仕方ないな」
馬はブルっと震えた後、笑顔で一本杉に向かった。
その杉は森の中心部にあった。樹齢は千年に達している巨大な杉で、ビアンカは馬を降りると周囲を歩いた。程なく、野太い声が背中に降り注いだ。
「ほう、普通の人ではないな」
「あなたが、主様ですか?」
振り向いたビアンカの目に、巨大な梟が飛び込んで来た。
「そう、呼ばれておる」
梟は穏やかな声で肯定した。
「アリアンナと言う盗賊の居場所を知りたいのです」
「その前に、教えて欲しい。なぜ、お前は我々の言葉が分かる?」
反対に梟が聞いた。ビアンカは正直に顛末を話した。
「そうか……記憶をな……その盗賊に会えば、記憶が戻るのか?」
「いいえ。盗賊に会いに行った十四郎と言う人が、記憶を戻してくれるかもしれないのです」
言葉にしながら、ビアンカは胸の隅に痛みが走った。
「何者だ?」
「モネコストロの魔法使いと呼ばれてます」
「あの魔法使いか? ローボ様のお気に入りの……」
「ローボの事も知ってるんですか?」
「これ、呼び捨てにしてはならん!」
身を乗り出すビアンカに、梟は羽を広げて声を上ずらせた。
「すみません。ローボ、いえ、ローボ様は何時も十四郎と一緒に居て助けてくれるので」
恐縮したビアンカを見て、梟も大きな目を見開いた。
「とにかく、盗賊の居場所を教える……その、ローボ様には良しなに……」
少し頬を染める梟に、ビアンカは笑顔で返事した。
「分かりました。伝えます」