交渉
鷹が戻って来たのは夕方近くだった。
「ここからは、そう遠くありません。シルフィー殿の脚なら夕刻には到着するでしょう」
鷹は簡単に道を説明し、ローボは頷きながら聞いていた。
「ご苦労だった。ルーに来るように伝えろ……総動員だ」
「分かりました」
ローボの言葉に鷹は一礼すると、大空に飛び上がった。
「さて、場所は分かったが、宛てはあるのか? あの盗賊が素直に協力するとは思えないが……」
ローボは訝しげに首を捻った。
「宛てなどありませんよ。出たとこ勝負ですね」
「全く……」
平然と言う十四郎の顔を見て、ローボは大きな溜息を付いた。
「大丈夫だよ、十四郎は」
シルフィーは笑顔でローボを見る。その笑顔にローボは苦笑いしながら、もう一度十四郎に視線を向けた。何時も通りの落ち着いた眼差し、全く動じていない落ち着き感。それはローボを不思議な感覚で包み込んだ。
「まあ、行くしかないからな」
溜息と共にローボは呟き、先頭を走り出した。
________________________
三つ程山を越えた辺りで、急にローボが立ち止まった。
「多分盗賊だ……五人だな。四人で取り囲み、一人が報告に走る」
的確に分析したローボは、鋭い視線で遠くを見詰めた。
「そうですか。それは丁度いい、道案内を頼みましょう。それではローボ殿、何処かに隠れていて下さい」
「隠れるって、お前一人で行く気か?」
平然と言う十四郎を見ながら、ローボは呆れ顔で言った。
「はい。ローボ殿が一緒だと、多分……怖がられますから」
「そうだよ、ローボは怖いもん」
笑顔の十四郎にシルフィーも笑顔を被せる。
「お前達……まぁ、いい……私は姿を隠す」
小さく溜息を付くと、ローボは藪の中に消えて行った。
「行きましょうか」
「うん」
十四郎とシルフィーは、真っ直ぐに道を進んだ。程なく前方に盗賊と言う風情の男達が道を塞いでいるのが見えた。
「止まれ。何者だ?」
先頭の男が剣を抜いて十四郎を睨んだ。
「アリアンナ殿にお会いしたい」
「お頭に? 誰だお前は?」
アリアンナと言う名前を聞くと、男は少し後退るが十四郎の容姿を更にマジマジと見た。
「私は柏木十四郎と申します……その、モネコストロの魔法使いと言えば直ぐに、お分かりになると思います」
不本意だが、十四郎は”魔法使い”と言う言葉を選んだ。
「まさか……あの、魔法使いか?」
顔面蒼白の男は、ラドロの惨劇を思い出し更に後退った。
「どの、かは分かりませんが……一応、そうだと思います」
「け、剣をよこせっ!」
完全にテンパった男は大声で怒鳴る。
「あっ、はい」
十四郎は素直に刀を手渡すと、受け取った男は唖然とした。
「どうするんだよぉ?」
「とにかく、アリアンナ様の処に連れて行く」
半泣きの男の問いに、剣を受け取った男も泣きそうな顔で答えた。
「うぅ、後ろを向け!」
「あっ、はい」
後ろ手に縛られる十四郎だったが、あまりの素直な態度に盗賊達は? マークを団体で頭上に浮べるが、とにかく連れて行くしかないと十四郎を馬に乗せ、シルフィーは少し離れて後を追った。
____________________
アルフィンを連れ、有名な金貸しの所に来たマルコスは交渉に挑んでいた。
「天馬アルフィンですか……如何ほど、ご入り用ですかな?」
老人にしては艶のいい主人は、斜め下からマルコスを見て笑う。
「……金貨五千枚」
一度、大きく息を吸ったマルコスが答えた。
「いえ、アルフィンの価値は金貨二万枚に相当します」
「二万枚って……」
横から口を出すダニーに、マルコスは溜息を付いた。
「ほう、二万枚と言えば中堅の貴族の領地に相当しますね」
驚く顔を見せない主人を見たダニーは、ほんの少し口角を上げた。
「はい。実際のアルフィンの価値はそれらを大きく凌ぎます。元はモネコストロ国王への献上品……そして、今の所有者はモネコストロの魔法使い……金貨二万枚でも、少なく言ってるつもりですが」
「そうですね……本物のアルフィンなら」
主人は遠くで草を啄むアルフィンを見ながら、薄笑みを浮かべた。
「証拠ですか?……アルフィン! 来いっ!」
ダニーが叫ぶと、アルフィンは直ぐにやった来た。
「アルフィン。この人が、お前が本物かって疑ってるんだ……見せておやり」
ダニーの言葉に頷いたアルフィンは、颯爽と走り出す。勿論、ダニーの言葉は完全には理解出来ないが、ニュアンスは伝わった。
その速さは主人の予想と常識を根底から覆す。まるで稲妻の様な走りに、主人は鳥肌が立つのを押さえられなかった。
「アルフィン! もういいよ、戻っておいで!」
ダニーの叫びで、アルフィンが戻って来る。その利口さも、主人を驚かせる要因となった。
「生憎、全ての金貨を合わせても一万五千しか用意出来ません」
「仕方ないですね。その変わり利息は一割で、どうですか?」
苦笑いの主人に、笑顔のダニーが答える。マルコスは完全に蚊帳の外で、目をテンにしていた。
「一割は勘弁して下さい。最低でも一割五分は頂かないと」
「こちらは金貨五千枚負けているんですよ、そちらに損はないと思います。それに、アルフィンを欲しがる人達なら、軽く三万は……」
「分かりました。ご融資しましょう」
顔を顰める主人の耳元でダニーが囁くと、主人の顔は直ぐに薄笑いに変わり頷いた。主人の頭の中では打算と煩悩が大きく入り乱れ、完全にダニーのペースになっていた。
「ツヴァイさん達を呼んで下さい。何分、大金ですので」
「あっ、はい」
振り向いたダニーが告げると、背筋を伸ばしたマルコスが裏返った声で返事した。自分では五千借りられたら御の字だと思っていたのに、あっさり三倍を借りるダニーをマルコスはとても頼もしく思った。