偉才
「まずは、パルノーバの食料調達地点より食料を買占めます。そして、パルノーバ自身の食料も買い取ります」
普通に言う十四郎に、全員が固まった。あまりにも分かり易いツッコミ所に誰も言葉が出なくて、茫然とするしかなかった。
「お前……気は確かか? パルノーバが食料を売るとでも思ってるのか?」
全員を代表して、呆れ顔のマルコスが聞いた。
「やり方にもよりますね」
照れ笑いの十四郎を余所に、真剣な顔のダニーが呟き全員が視線を向ける。
「どういう事だ?」
「エスペリアムの人々はご存知の様に、女と金には異常に執着します。パルノーバに出入りする取引商人を引き込み、パルノーバの食料管理者を抱き込めたら可能だと思います」
マルコスの問いに、ダニーは自信に満ちた表情で答えた。
「それはそうだが、根拠は?」
「私の父は行商人でした……私も幼い頃から諸国を一緒に回り、この国の人々の気質は知っています。必ず成功します……ただ、それなりの金額は必要ですが……」
確かに一理あるとマルコスも思ったが、何より買収に必要な資金など持ち合わせも無く、本国に頼むにも膨大な時間が必要だった。
「お金なら、なんとかなりますよ」
普通に言う十四郎をマルコスが睨む。
「何とかなるって、莫大な金額なんだぞ!」
「はい……アルフィン殿を担保にお金を借ります」
「そうだ! アルフィンなら莫大な金額が借りれれる!」
十四郎の言葉に目を輝かせたダニーが見を乗り出した。
「十四郎様……本当にいいのですか?」
心配そうなリズを見て、十四郎は微笑みを返した。
「アルフィン殿は分かってくれました。それに、必ず迎えに行きますから」
「この国でもアルフィンの価値は変わらない、後は交渉次第ですね」
ラナはマルコスを見詰め、マルコスはダニーに視線を向けた。
「値段の交渉は出来るか?」
「ええ、父に叩き込まれましたから」
マルコスの問いに、ダニーは即答した。その顔には自信が溢れ、本当の自分はこれなんだと言う気概が満ちていた。
「後は人数の確保だ……この方が難しい……千、否、二千は欲しい……普通に考えれば無理だ」
一瞬、光明が差したマルコスだったが、直ぐに現実に引き戻された。
「人は私が何とかしますよ」
また普通に十四郎が言うが、今度もマルコスが声を上げる。
「金で雇ったとしても、危険なパルノーバに行きたがる奴がどれ程いる? イタストロアと違ってエスペリアムの人々は金だけでは動かないぞ!」
「いえ、イタストロアの人を雇いますから。ビアンカ殿、シルフィー殿をお借りしてもいいですか?」
「ええ、いいですけど……」
ビアンカは十四郎の笑顔を真っ直ぐ見る事が出来なくて、思わず目を逸らせた。何故かと言う疑問が出て来る前に、苦しくなる胸を痛みを押さえる事に必死だった。
「それでは、アルフィン殿を頼みます」
一礼して出て行く十四郎の背中を、皆が唖然と見送った。言葉には出さないが、何故が期待感に包まれていた。
________________________
「アルフィン、大丈夫かしら……」
宿を出ると、シルフィーが小さな声で呟いた。
「アルフィン殿は大切な家族です、必ず取り戻しますよ」
「本当?」
「ええ、私の為にアルフィン殿は行ってくれました。その恩義に報いるのは家族として当然ですから」
何度も十四郎の口から出る”家族”と言う言葉に、シルフィーの胸は熱くなる。
「ビアンカ……私の事、思い出してくれるかしら」
「ええ、シルフィー殿は家族ですから、きっと思い出しますよ」
十四郎の言葉に小さく頷いたシルフィーの脳裏には、今までビアンカと暮らした日々が走馬灯の様に駆け巡った。そして、街を抜け森に入るとローボが姿を現した。
「全く……何時まで待たせる気だ?」
「すみません。これからはローボ殿に、お願いする事が沢山あります」
「何だ? 頼みって?」
何だか嬉しそうにローボは口角を上げる。
「まずは、アリアンナ殿の居場所を探して頂きたいのですが」
「アリアンナ? あの盗賊の娘か?」
「はい」
「分かった」
ローボは頷くと遠吠えを上げる。
「お呼びですか?」
直ぐに大鷲が現れ、ローボに頭を下げた。
「アリアンナの居場所を探せ」
「あの、ダンテの娘ですか?」
「そうだ」
「ダンテはもう駄目です。今ではアリアンナが実権を握り、ラドロの時代より更に盗賊団を大きくしています」
「そうか」
「それでは行って参ります」
鷹は簡単に状況を説明すると、大空に飛び立った。
「さて、お次は?」
ニヤリと笑ったローボは、視線を十四郎に戻した。
「アリアンナ殿を頼り、人員を確保します。ですが、それだけでは到底足りません。是非、ローボ殿の配下もお願いしたいのですが」
「人と獣が共同戦線だと?」
ローボは十四郎の言葉を受け大笑いした。
「笑わなくても、いいじゃない」
少し渋い顔をしたシルフィーが、ローボを睨んだ。
「人と獣は互いに相容れない敵。まして獣が人の為に戦うなど、あり得ない」
「ローボ殿は、私を助けてくれてます」
吐き捨てる様なローボに、十四郎は穏やかに微笑んだ。
「それは、その……お前は特別だからな」
何故か照れた様なローボは、少し声を震わせた。
「そうよ、ローボは頼みもしないのに何時でも十四郎に付いて来るじゃない」
「私は別に……」
更に突っ込むシルフィーに向かいローボは言い返そうとするが、適当な言葉が見つからずに言葉を詰まらせた。
「ローボ殿は見返りも求めず、何時も私を助けてくれました。恩も返せないうちに、都合のよいお願いばかりして、本当に申し訳ありません」
そんなローボに十四郎は深々と頭を下げる。その光景は人と獣の確執など、どうでもいいとローボに思わさせた。
「……全く……不思議な奴だ……分かった、何とかしよう」
「ありがとうございます。これだけは、お約束します……人も獣も誰も被害を出さないと」
「何だそれは……」
ローボは十四郎の言葉に驚いた。だだ、そんな途方も無い事も、何だが信じられる気がして思わず笑顔になった。そして、心の中で呟く……”この男、本当は何者なんだ”と。