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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第三章 確立
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可能性

「失礼しました」


 刀を仕舞った十四郎はアレックスに頭を下げると、エイブラハムに向き直り跪いた。


「今のは魔法であるか?」


 驚きの声がエイブラハムの口から洩れた。その驚きは、少し裏返る声が顕著に表していた。


「いいえ、魔法などではありません」


「ならば、何じゃ?」


 顔を伏せたまま十四郎が答えるが、エイブラハムには納得など出来なかった。


「幼き頃よりの、鍛錬の賜物です」


 静かに言う十四郎の言葉が、アレックスの胸に激突する。


「私だって、物心付く前より剣を握っていた!」


 今度はアレックスが声を上げた。当然、納得など出来ない。


「それでは”型”をお見せしましょう」


「カタ? 何だそれは?」


 訝しげな顔でアレックスは眉を潜めるが、十四郎は平然と言った。


「剣術における基本の形です。実戦では、その型を応用して戦います」


 十四郎は立ち上がると、一礼の後に中央に出た。そして、ゆっくり刀を抜くと正眼に構え、一度静止した。そのまま振りかぶり真っ直ぐ斬り降ろすと、素早く刀を返し横薙ぎ、今度は下方から斬り上げる。


 その動きは的確で、特に足元の動きはダンスを踊る様にしなやかだった。ただ、その刀を振る動きは優雅だったが、迫力などは感じさせなかった。


 だが一通り終わると、初めの構えに戻る。そして、次の瞬間! 十四郎が同じ”型”を繰り返し、アレックスやエイブラハム、フェリペが同時に目を見開いた。


 その動きの速さは尋常ではなかった。正に目にも止まらぬ速さで、刀と体の残像さえ一瞬で霞んでいた。そして、空間には空気を切り裂く音が遅れて響き、その剣速の凄まじさを物語っていた。


 刀を仕舞い、一礼した十四郎がアレックスに微笑んだ。


「如何ですか?」


「……何なんだ、今のは……」


 唖然と呟くのはアレックスだけではなかった。エイブラハムは言葉を失い、フェリペもただ、目を見開いていた。


「綺麗……」


 ビアンカは網膜に残像をとして残る十四郎の剣技に、溜息を漏らした。


「全く……本当に底の知れない奴だ……動きが見えないじゃないか」


 動体視力の優れたマルコスでさえ、残像としてでしか十四郎の動きを追えずに、ビアンカ同様に大きな溜息を付いた。武闘大会で初めて戦って以来、十四郎の強さには何度も驚いて来たが、マルコスは悪寒すら感じていた。


 ビアンカの脳裏では十四郎の強さに対する思考が、混乱していた。初めて見た感覚と、見覚えのある感覚が入り乱れ、眩暈がする思いだった。


 だが、演武を終えた後の十四郎の笑顔が、そんな気持ちの悪い感覚を吹き飛ばす。その優しい笑顔はビアンカの胸を浄化した。


_______________________



 長い沈黙を破ったのはエイブラハムだった。


「そなたは否定するが普通の人間には、その様な動きは無理じゃ……魔法使いよ」


「はっ……」


 十四郎は、その言葉に黙って頭を下げた。


「そなた達の願いを叶える為には、パルノーバを落とす事じゃ」


「期限は切らない……存分にやるがよい」


 エイブラハムに続きフェリペも言葉を掛け、十四郎達は一礼の後に王室を後にした。


「フェリペよ、どう思う?」


 十四郎達を見送った後、エイブラハムが玉座に片肘を付きながら聞いた。


「普通なら、あれだけの人数でパルノーバを落とすことは不可能です……しかし……」


 答えるフェリペが顔を曇らせた。


「どうした? 可能性など、なかろう」


 フェリペの顔を覗き込んだエイブラハムも、言葉とは裏腹に胸騒ぎがした。


「可能性があるとすれば、あの魔法使いです。確信はありませんが、予感はあります」


 どちらとも取れる含みを持たせ、フェリペが呟いた。


「我等がモネコストロに助勢するなど、有り得ないが……もし、パルノーバが落ちるようなら……」


 肘を付いたまま、エイブラハムが呟く。


「可能性は限りなくゼロに近いのです……ですが、ゼロではありません。これが、成功するのは奇跡と呼ばれてもおかしくはありません。仰る様にパルノーバが落ちるとすれば、我が国にとっての啓示と受け取ってもよいかと存じます」


「どの様な啓示じゃ?」


「……モネコストロと共に、歩めとう言う……」


 フェリペの言葉に、エイブラハムは大きな溜息を付いた。少し離れた場所で聞いていたアレックスは、背筋に悪寒とは少し違う衝撃が走った。


 それは正しく啓示であり、十四郎の姿が脳裏に蘇った。


____________________



「あなたは、怖くはないのですか?」


 帰り道、ビアンカが横を行く十四郎に聞いた。


「怖くは、ないですね」


 顔を向けた十四郎は、穏やかに言った。


「ビアンカ、まだ十四郎の事思い出せないの?」


 心配そうなアルフィンがビアンカを見詰め、シルフィーが代わりに答えた。


「まだ、みたい……ワタシの事も覚えてないの」


「シルフィー殿、大丈夫ですよ。例え思い出せなくても、何も変わりませんから」


 ”何も変わらない”と言う十四郎の言葉が優しくシルフィーを包んだ。


「何も変わらないって、どう言う事?」


 今度はアルフィンが十四郎を見上げた。


「ビアンカ殿には、皆が付いていると言う事ですよ」


「そうか、ビアンカが覚えてなくても、皆がビアンカの事を覚えてるもんね」


 嬉しそうに笑うアルフィンの言葉が、ビアンカの胸の中を優しく癒した。十四郎も笑顔になり、ビアンカも自然と笑顔になった。


 だが、マルコスは目前のあまりにも大きな壁の事を思い、胃の辺りに激痛を感じて喉がカラカラになって、思わず聞いた。


「十四郎……自信はあるのか?」


「自信ですか?……そうですね、ありません……ですが、やり遂げなければなりませんね」


 笑顔を向ける十四郎の顔を見たマルコスの背中が、見えない何かに押される。それは、とても大きくて暖かい感触だった。


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